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認知症の母がホームに入るまで⑦~母の笑顔

(見出し画像は母が好きなシクラメンです)

1ヵ月後おそるおそる面会に行くと、母は
「良く来てくれたね」
と笑いながら言った。こんなに穏やかな笑顔は一人暮らしをしている時は見たことが無かったし、ひょっとしたら生まれて初めて見たかもしれないと思った。わたしは2ヵ月前のできごとが無かったかのように、母と楽しく過ごすことができた。

それからは定期的に母に会いに行き、
ホームの許可を得て外食することもある。
母は
「こんな老後もあるんだねえ。考えたこともなかったよ」
と言って笑う。

毎月送られてくる施設からの手紙には、
「他の入居者さんと楽しくおしゃべりしています。食器洗いや洗濯物畳みも進んでやってくれて助かります」
としばしば書かれている。一緒に暮らしている頃、母が洗濯物を畳んでいるところを見たことが無かったわたしは少々驚いている。

最近ホームに行った時には、スタッフのかたが母がいない時に
「お母様はイケメンがお好きなんですね。最近若くてハンサムなスタッフが入ったんですが、その子と話す時とても嬉しそうなんですよ」
とこっそり教えてくれた。
わたしは母の独身時代の恋愛事情を聞いたことが無かったし、イケメン好きということは初耳だったので、母にもそんな女性らしい一面があったのかと非常にビックリした。

その後面会に行った時、母は若い男性スタッフに連れられて玄関にやって来た。母を見るとうつ向いて恥ずかしそうにしていたから、あ、この人だな、とピンと来た。母はまるで少女のようだった。

母はずっと何かと戦って生きて来たと思う。貧困に苦しんだ幼少時代、お見合いで決まった好きでもない人との結婚生活、娘の死。だからあんなに攻撃的な性格になってしまったのだろう。

だが今は誰と戦う必要も無い。少女の頃を取り戻すかのように恋もしている。今が一番穏やかな日々なのだろう。今はこの生活が母にとっての幸せなのだと感じる。いやそう思いたいだけなのかもしれないが、母の晴れやかな笑顔を見ると、そう思わずにはいられないのだった。


認知症の母がホームに入るまで  ~了~


読んでくださりありがとうございました!

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