#054 見ているやかんのお湯は沸かない
途中で中断していた旅の話を書き進めてみようと思います。
南米チリの北端の町アリカから歩き始めて1か月が経というかというとき、トコピアという街に向けて歩き続けていました。一つ手前の大きな街イキケからは海岸沿いの道が続いています。砂丘のような砂沙漠の中をアスファルトの道が一本スッと伸びていて、それ以外に家や緑がない景色が広がっています。
そんな景色の中を歩いているとき、前方に白いものが広がっているものが見えてきました。初めは雪かと思ったのですが、まさか陽射しの照りつける沙漠の中に雪があるはずがない、と思いつつ歩を進めて近づいてみると、白いものは塩でした。
休憩がてら少し荷物を置いて眺めていると、周りは暑いにも関わらず雪を目の前にしているような不思議な感覚になりました。
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この頃には、歩き始めて1か月が経過し歩くことに慣れてきていました。この頃になると、一日に歩く距離は35km前後。道路脇には5kmごとに首都サンチアゴからの距離が書かれた標識が立っており、1kmごとに路面上にもその距離が書かれています。5km歩くごとに立っている標識を、ポンっとタッチして「よしっ」と自分に言い聞かせていました。
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普通であれば目的地に近づいてくると心がワクワクするものです。ところが、歩いていると逆に目的地をとらえると少しイライラしていました。「見ているやかんのお湯は沸かない」とは良く言い得たもので、目的地が見えてからがなかなか進まないのです。
トコピヤの街に到着する日も同じでした。街が見え始めてからが、なかなか進みませんでした。実際は同じように歩いているはずなのですが、全然進んでいるように思えず、イライラしていました。そんな時は、いろいろな妄想をしてみたり、ブツブツ独り言を言ったりしながら、ただ歩き続けるしかありませんでした。
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私は「詰めが甘い」と言われる時があります。目標が近づいてくると手を抜いてしまいがちになるのですが、これも街が見え始めてからの心境が関係しているのだと思います。早く目的地に到達したい、という焦りが強いのでしょう。
イライラしながらも、ブツブツ言いながらも、歩き始めて29日目にトコピヤという街に到着しました。