#068 ほろ苦い体験
旅の話の続き。
タルタルの町について二日目。その日に出発しようと、前日と同じように憲兵隊庁舎の食堂に朝ご飯を食べに行きました。そして、部屋に戻るとどうもお腹の調子が悪くなり、トイレに行くと水のような下痢に見舞われました。
昨日招待してもらった昼ご飯で、生の貝のレモン漬けが出され、不安に思いつつも食べたのですが、それがあたったようです。
翌日になっても、調子があまり良くならなかったので、強面警官に連れられて病院に行きました。タルタルの病院には専門医がおらず、大学卒の研修医だけが在籍しているとのこと。背に腹は代えられず、注射を1本打ってもらい、部屋に帰って休みました。
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強面警官からの「ご飯は憲兵隊庁舎の食堂で食べていけ」という言葉に甘えて、昼ご飯と夜ご飯を食堂へ食べに行きました。お腹をくだしているということを知っているはずなのですが、用意されたのは牛肉。こんなときに牛肉か?と思ったのですが、お腹をくだしているときだからこそ、脂身のない赤肉を食べるようです。
ご飯を食べていると憲兵隊の職員の一人が、「Te quieroは日本語で何ていうんだ」と尋ねてきました。「あなたが欲しい、っていうんだ」と伝えると、「あなたが欲しい」と連呼しながら、片膝をついたり、片腕を挙げたり、体を使って面白おかしく、でも少し真剣に繰り返し練習し始めました。体調を崩して元気をなくしていたのですが、その光景をみながら、久しぶりに声をあげて笑いました。
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次の日も同じように、憲兵隊庁舎の食堂で職員3人と一緒に昼ご飯を食ベていたときのこと。大分体力が回復してきたので、明日出発することを話していると、次第にその3人の中の一人の女性職員が自分に好意を持っている、という話題になってきました。
そして、次の瞬間「私、あなたに恋しているかもしれない」と彼女がみんなの前で宣言しました。食事が終わり、彼女が仕事に戻ろうとその場を離れる時には、投げキッス。
突然のことで、恋愛経験のない私は戸惑うばかり。笑ってごまかすことしかできませんでした。
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夜になり、同じように憲兵隊庁舎の食堂でご飯を食べていると、男性職員たちが集まり、彼女がこのあと22時に来るから食事に誘え、と仕切りに煽り立ててきました。とはいえ、明日出発する予定であり、出会って1日しか経っていないこともあり現実感がなかったのが正直なところでした。
22時になり彼女が庁舎に来たときには、逆に自分が変に意識してしまいドキドキ緊張してしまいました。そして、彼女が用事を済ませて帰る時に合わせて一緒に帰ることになりました。
二人で憲兵隊庁舎を出る時には、夜警に立っている職員が銃を片手にはやし立ててきます。この手のことにはめっぽう弱く何となく気まずい雰囲気に。そして、二人で夜道を歩き始めてからも妙に緊張して何も喋れず、帰って寝る、とだけ言って別れてしまいました。
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部屋に入った途端、きちんと向き合って自分の思いと感謝を伝えられなかったことで後悔に襲われました。とはいえどうすることもできず、せめてものお返しと思い、その晩、折り紙工芸を作り始めました。