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今日、…………と再会したのだが、かれはやつれ果て、またひどく悲劇的な面相になっていた。
もし、…………が私にとって他人であるならば、つまりは心理的距離が限りなく遠い第三者であったならば、私はまごうことなく目を閉じてしまっていただろう。
だが、…………は私の親密だったひとであり、また血縁上やぶさかならぬひとだった。
相貌が前とは変わっている、とは耳聞に及んでいたものの、私の想像においてかれの姿は、どこかしらに連続性を感じ取れるようになっていたのだ。恐らくは、髪を切り揃えた程度だろう、などと。
私はかれを見たとき、どれほどの不連続が彼を襲ったかを瞬時に理解してしまった。その姿は、目が離せないほどの深刻を提示しており、私は自分が足を滑らせたとさえ錯覚した。
かれの相貌は、私が想像する以上の心労と艱難によって変形してしまっていた。「変貌」ではない。文字通り、「変形」してしまっていた。
かれの語ることばは、否定を恐れた結果として「呟き」とならざるを得ない。
歩く時は頭を下げ、不毛な地面をまみえながら歩くしかない。
自分を深く愧じており、それゆえに外在的な存在は、全て敵性存在として映らざるをえない。
────かれがどのような生活をしていたかは、もはや想像に難くない。
なぜなら、かれとはぼくであり、ぼくとはかれであったのだ。どれほど否定しようとも、私はそう認めざるを得ないでいる。
ぼくたちは茫漠たる虚無に生まれ落ち、しかるべき態度も知らされないうちに大人になってしまった。
人々はわき目もふらず走り出したが、ぼくたちはそれを不思議そうに眺めることしかできないでいた。
そればかりか、恥じることだけを要請され、ぼくたちは恥じることだけをひたすらに覚えた。
下らない実存主義の鎖につながれ、ぼくたちは餓えと渇きだけでここまで生きてきたのだ。社会的な規範に雁字搦めにさせられたうえ、ろくでもない自意識を涵養させられ、機械として蕩尽される。それがぼくたちの見た未来だったし、そんな虚無に対して、ぼくたちはなにをすべきとも分からなかった。ぼくたちはあの茫漠たるゼロの中で育ち、クソみたいな自意識を操作して、どうにかこうにか生きることしかできなかった。思想などというものは経験則の別名でしかなく、生きるということは死に至るプロセスの一介に過ぎない、そう考えることが慰めでさえあった。思想の正否などどうでもよかった。フロイトなら快原理と名付けそうなそれが、ぼくたちにとっては窒息しないための抵抗そのものだったのだから。
ぼくたちは退屈なニヒリズムを知る必要さえなかった。それはあまりにも見知った人生であり、ぼくたちそのものだったからだ。生きることはいつだってゼロから始まり、ゼロへと収束していくしかなかった。誰かに間違っていると言われようと、ぼくたちにはそれだけがリアルだったのだ。
ときに夜中になるとぼくたちは涙してしまう。どうしてなのか分からない涙が頬を伝う。やがて自己撞着的な激しさとともに、誰にも届かない絶叫が喉を震わせてしまう。
どうし、て、なの、
「どうしてぼくたちは呪われなければならなかったの」
誰か教えてくれ。激痛のなかでも聞こえる言葉で教えてくれ。絶叫のなかでも聞こえる言葉で教えてくれ。窒息の中でも、悶絶の中でも、そして病み衰える中でも分かる言葉で、そのことについて教えてくれ。
…………は見つけ出さないかもしれない。もしそうなれば、私はもう不信の中に堕ちていき、二度と言葉など発さないことだろう。
そうなる前に、私は傷の中で正解を探している。
追記:私は虚無主義について無意識へと潜航する手段、見者たらしめる手段、そして自我を「穴」へ退化させる手段として見ている。私は今こそ動揺を抑えて傷の外にいるが、それでも主観の消失点たる傷に漸近するべくして虚無主義を援用する構えでいる。あの茫漠たる虚無こそが、私には何よりも思考の起点であるように思えるのだ。概念を拒否されたあの呪われた空間は、私にとっての母胎なのであり、また私そのものの起点なのだ。