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ナイキの凋落 打開策とは?
先日大谷翔平選手の野球界での成功について記事を執筆しました。しかし、大谷選手の成功は決して野球界にとどまりません。大谷選手は数多くの一流企業のスポンサーを務めることで、ビジネス界でも成功しています。例えば、三菱UFJ銀行や伊藤園、セイコーなどがそうした企業の一例です。企業側はブランド認知度の向上や新規顧客の開拓につながり、大谷選手側は多額の報酬や信頼を獲得します。お互いにとってWin-Winの関係であり、このようなスポンサー契約は一般的によく行われる契約です。アディダス×スタン・スミスや、プーマ×ネイマールなどが有名です。
しかし、この企業とアスリート間の契約において、最も成功した契約はナイキ×マイケル・ジョーダンではないでしょうか。史上最高のスポーツ用品メーカーと、史上最高のアスリートのコラボです。
ナイキとジョーダンのコラボは、1980年代に遡り、2023年公開の「AIR」という映画にコラボ初期の様子が克明に描かれています。「AIR」にも描かれているように、アディダスや、コンバース、アシックスに先を越されていた当時新興メーカーのナイキは、不振のバスケットボール部門を立て直すために、ソニー・ヴァッカロという1人の男に白羽の矢を立てます。通常スポーツ用品メーカーは、新人の選手と契約する際はリスクヘッジのために、毎年複数の選手と契約を行います。しかし、大学時代のジョーダンのプレーを見て魅了されたソニー・ヴァッカロは1984年は多額のお金を払ってジョーダンのみと契約したいとナイキ創業者のフィル・ナイトに持ち掛けます。当然フィル・ナイトや、社内の多くの従業員が当初反対しましたが、最終的にはジョーダンの名前を冠したスニーカー「Air Jordan」を発売することになりました。
そして、「Air Jordan」はこれまでの常識を覆す靴でした。例えば、「Air Jordan」は当時のNBAの規則に違反していて、もしジョーダンがこの靴を履いて試合に出場した場合、罰金を払わなければならないところを、ナイキがその罰金を肩代わりしていました。また、ジョーダンの母親は、ジョーダンがまだNBAでデビュー前の無名選手であるにもかかわらず、この靴が売れた際の売上について、レベニューシェアを持ち出しました。このような前代未聞の伝説と、ジョーダンのその後の神懸かり的な活躍が組み合わさり、「Air Jordan」は毎年のように発売され、社会的な一大ブームを巻き起こしました。そのブームの1つ例として、現在ではナイキの供給量削減戦略も合わさり、「Air Jordan」シリーズの靴が定価をはるかに上回る高値で転売されている状況が挙げられます。また、ジョーダンのジャンプマンのロゴは、靴にとどまらず、「ジョーダンブランド」として多数のユニフォームや服に採用され、日本でも原宿にジョーダンブランド専門のストアが出来ています。この靴から服などへのブランドの横展開が奏功し、「ジョーダンブランド」は現在1年で1兆円近い売上を上げるブランドに成長しています。
この「ジョーダンブランド」の様な好調なブランドを傘下に持つナイキ本体の調子もさぞかし好調かと言えば、実はそんなこともありません。ナイキの直近2024年5月期の決算を見ると、売上高は513億6200万米ドル(日本円で約8兆円強)、純利益は57億ドル(約8000~9000億円)でした。確かに、この業績は立派ですが、この記事を執筆している2025年2月7日のナイキの時価総額を見ると約811億ドル(約12.2兆円)であり、52週安値を記録していました。同日のユニクロなどを運営するファーストリテイリングの時価総額を見ると約15.5兆円でした。ナイキの方がユニクロより売上高や純利益など決算の数字では上を行っているものの、時価総額的にナイキとユニクロは似通った規模の企業と言えます。これは、ユニクロの好調とも言えますが、ナイキの不調であるとも言えます。
では、なぜナイキは不調なのでしょうか。ここからは私個人の分析となりますが、要因は大きく分けて下記の2つにあると考えます。
①スニーカー市場における新興メーカーの勃興
②「ジョーダンブランド」以降尖ったブランドを生み出せていない
①はよく取り沙汰されている要因です。数年前まではスニーカー市場はナイキとアディダスが市場の多くを占めていましたが、近年はプーマやニューバランス、アシックスの復活、またホカやオンなどの機能性を重視した新興スニーカー企業の台頭もあり、市場におけるナイキのシェアが下がっています。
スニーカーと言えばナイキかアディダスという時代は過ぎ去っており、ナイキがレッドオーシャンの普通のスニーカー市場で戦っていても、新興メーカーにシェアを削り取られるだけです。だからこそ、ナイキはあえて独自戦略として尖った靴を売り続けることが必要だと私は考えます。
しかし、ナイキは②の通り、「ジョーダンブランド」以降の尖ったブランドを生み出せていません。先ほど「ジョーダンブランド」の成功を述べたものの、ジョーダンは1990年代が全盛期の選手です。そのため、現在40~50歳代の人々は少年青年時代にジョーダンの神懸かり的な活躍を見て、ジョーダンに憧れ、自分もジョーダンの威光にすがれたらと考え、多額のお金を払って、「Air Jordan」を履いていたかもしれません。しかし、現在20代~30歳代、特にZ世代の人々はジョーダンの活躍を見ていません。彼らからすれば、確かに名前は聞いたことはあるが、実際に見たことがなくイメージが湧かないというのがジョーダンに対する本音ではないでしょうか。
むしろZ世代でいうジョーダン的な存在は、リオネル・メッシとクリスティアーノ・ロナウドでしょう。この2人は2010年代にサッカー界で圧倒的な活躍を見せ、2人共がサッカー界史上最高の選手の座を争っています。また、ジョーダンと同様、2人共がアスリート長者番付1位を獲得した経験があり、Instagramのフォロワー数が最も多い人物世界1位、2位が彼ら2人です。本業のアスリートとしての活躍や、それに伴う桁違いの報酬額、SNSを駆使した圧倒的な知名度からもまさにジョーダンに並ぶに相応しい2人です。中でも、メッシはアディダスとスポンサー契約を結びましたが、ロナウドはナイキとスポンサー契約を結んでいます。
しかし、ナイキとロナウドとの関係は、ジョーダンとの関係ほど強い関係ではないと言えます。名前を冠した靴を毎年のように発売する、ロゴを作成して1つの独立したブランドとして展開するといったジョーダンレベルの最上級の関係ではなく、ナイキとロナウドとの関係はあくまで他のアスリートとの関係とほぼ同等です。先ほど述べたロナウドの偉業から考えれば、「Air Ronaldo」のようなスニーカーを毎年発売し、独自のロゴを作成して1つのブランドとして展開しても全く不思議ではありません。しかし、ナイキはジョーダンの時ほどロナウドに入れ込んでおらず、非常に保守的です。
このように、ナイキは自身が築き上げた普通のスニーカー市場の牙城を新興メーカーに崩されつつあり、かつ売り上げを急成長させるような尖ったブランドの創出不足による業績低下の懸念から企業価値を下げていると言えます。
そこで、ナイキがここから復活するには、ロナウドなど現在スポンサー契約を結ぶ超一流アスリートの価値を「ジョーダンブランド」レベルにまで引き上げ、売上を急成長させるより尖ったブランドを創出し、独自のポジションを取ることだと私は考えます。