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記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。

映画「怪物」妄想/想像/考察④「ゲイとノンケ」

湊くんの依里くんへの思いの性質を考える

おことわり

この記事は、坂本裕二さん脚本/是枝裕和監督作品『怪物』に関する個人的な見解を書いたものです。何の根拠もない話かもしれませんが、気の向いた方は感想をお聞かせいただけると嬉しいです。

映画『怪物』

この記事は2023年ロードショーの映画『怪物』に関する記事です。
以下ネタバレも含み、妄想/想像/考察を記載しています
まだ映画をご覧になっていない方も、映画をご覧になった方もご注意ください。


湊くんの胸の痛み

前にも書きましたが、この記事を書いている本人は同性愛者です。
LGBTという表現を使えば「G」にあたります。つまりゲイです。

こんな二人のようなドラマはなかったですが、それでも思春期は混沌としていました。
人に言えない切なさ、人とは違うことを認められない葛藤、絶対に報われない恋心などなど、今でも思い出すとしんどいですね。

傍から見ると二人は最初から両想い。
確かにマジョリティではないけれど、大切にしたい相手はこちら側の人間。
なのにあそこまで悩むのも不思議だな、と思って湊くんの目線と痛みを考えてみました。


ノンケに恋をしたゲイの苦しみ

ゲイは性自認が男性で、性指向も男性という人を指します。
ノンケというのは隠語。
日本のゲイの男性は時に「異性愛者(ヘテロセクシャル)」の人を指してこう呼びます

ノンケに恋したゲイ
悲恋であり報われぬ恋です。
相手は他に好きな人がいて、こちらを向くことはありません。
仲が良くなればなるほど、恋愛の相談とか性指向の話とかを聞かされるのです。
切ない。

湊くんの中では「ノンケに恋をしてしまったゲイ」の体験に近いのではないかと考えました。


湊くんの目線は?

小説では前日談として二人のやり取りが追加されています。
音楽係に一緒になり、準備室で話したときにこんなやりとりがあったそう。

依里くんは小学校に入ってから男子の友達がいないと話しました。
それを聞いた湊くん「僕が友達になるよ」。
突飛な話が出てくるのも面白くてついつい長居をしてしまったと書かれていました(小説版p230-232)

その後は二人の距離は縮まっていきます。

音楽室で「みんなの前で話しかけないで」と伝えたものの髪の毛を触られたことは”嫌な気持ちにはならなかった”(小説版p233)
依里くんのマンホールドッキリの後、一緒に帰って、秘密基地を教えてもらった。

放課後、基地に行っては花の名前や色んな遊びを教えてもらった。
家族の話も包み隠さず話せた。
ビッグランチの話や生まれ変わりの話を教えてくれた。
一緒に準備をビッグランチの準備をして、二人の世界を作った。
そして、依里くんの転校の話を聞き「いなくなったら嫌だよ」と迫る。
図らずも密着することになってしまい、自分の気持ちを自覚した。

湊くん目線で起きた「事実」はこんなところでしょうか。
依里くんがゲイだと確信できる事象は起きていない、と思うのです。

一方で「豚の脳」の話は、早い段階で依里くんから湊くんに伝わっています。
しかし以前の記事に書いたように、この段階では”豚の脳=同性愛者”とは湊くんの中でも結びつかないんじゃないか、と思うのです。

実際湊くんも、音楽準備室にタンバリンを返すとき「なんの病気?」と聞いています。
依里くんが「僕男の人が好きなんだ。だから豚の脳なんだ」などと言っていればこの疑問は出ないでしょう。

だから湊くんはこう思っていた可能性もあります。
「依里くんは僕のことを友達だと思っている」
「この気持ちは伝えられない。友情が壊れるかもしれない」
「笑われたり、人に言われたりしたら怖い」
「ならこのままでいい。でもすごくつらい」

でも、依里くんは、作文に湊くんの名前を忍ばせたりしてくるんですよ。
なんて罪作りな男なのでしょう。


絵の具事件の後のラインのやり取り

とはいっても、ずっと確信が持てないまま進んでいったわけではありませんね。
好きな気持ちを自覚してから起きた絵の具事件。
そして、その夜、基地から依里くんに送ったラインは”ありったけの気持ちを込めて””絶対に人にばれてはいけない””本当の気持ち”を綴ったものだそう(小説版p281)

シナリオ版のやり取りとは違う中身の可能性は大いにありますが、とにかく好意を包み隠さず書いたはず。
そして、依里くんから”基地に行く”旨の返信があったようです。

それはそれはうれしかったと思います。
ノンケに恋をし続けたゲイの立場からすると、大喜び&大泣きですよ。
結局その日二人が会えなかったのは、本当に残念でなりません。

終ぞ語られぬ依里くんからの「好き」

その後の経過についても冷静に考えてみます。

結局、その後二人は会えず、小説版によると依里くんは学校を休みがちに。
学校で声をかけたがよそよろしい態度で、基地への誘いも断られます。(小説版p284)
一方的に絶交したかのようになったわけです。

あの夜、基地からのラインで湊くんは好意を(多分)伝えました。
でも、返事はきっと「待ってて」「今行く」くらいのもの。
そして今はそっけない。
星川家に突撃した日も、最後に依里くんが言った言葉は「ごめん、嘘!」だけ。

やはり、愛を実感できるまでのやり取りでないと思います。

「態度でわかるでしょ」は第三者の意見。
当事者は死にたくなるほど思い悩むものです。
だから、僕は湊くんに対して、この上なく情がわくのです。


シナリオでは両想い想定?設定の相違の意味

脚本の方は、基地でのラインのやり取りで両想いが確認できるようなやり取りです。
依里くんの方から告白しているような素振りのやり取りです(シナリオp131)
むしろ、二人とも「同性愛者」であることを示す表現がちょくちょくあります。
依里くんの父親も、あからさまに依里くんの性指向を指して「豚の脳」と表現しているような雰囲気の書かれ方です。

でも、映画本編を見ると、二人の性指向はゲイではなく「クィア」で描かれているように感じます。
途中までは、まだ性指向も定まっていない中での「好き」の描写。
大多数の人が「仲がいいわね」で済ませる範囲だったと思います。

話が進むにつれて、性指向も含めて描写が増えていきますが、結局
二人とも「ゲイ寄りのクィア」とまでしか言えないと思います。
もっと言うと、湊くんから見た依里くんは「クィア寄りのノンケ」に見えます。

だからこそ湊くんはあんなに苦しんだんだと感じるのです。
ノンケに恋をしたゲイの気持ちは、茨の道以外の何物でもありませんから。

だからこそ、全力で気持ちを隠したり、依里くんを傷つけてしまったり、嘘をついてしまったり…
心の中に「怪物」を飼ってしまったんだと感じました。
苦しんだんだね、頑張ったね、と言ってあげたいくらいです。

この映画の「怪物」テーマが際立ちますね。
是枝監督の意図を感じます。


二人の間に住む「怪物」

この映画に出てきたのは、色んな人の心に住まう「怪物」。
怪物は気持ちと言葉のすれ違いから生まれるものでした。

怪物は大人と子どもの間だけにいたと思っていましたが
湊くんと依里くんの間にも「怪物」がいたのだと解釈しています。

依里くんの気持ちがわからず不安になってしまった湊くん
依里くん目線でも、湊くんの気持ちがわからず、人知れず泣いたこともあったのかもしれません。

結局二人は打ち勝ちましたがね。
本当に頑張りました。その姿に涙と感動の拍手をいつも送っています。

まぁ、本編後を想像すると、湊くんは依里くんの気持ちの確認作業をするのでしょう。
結局告白した返事を聞いていませんから。

そして、その確認作業を依里くんは逆手にとって弄びそう、というのは不謹慎な解釈ですかね。


まとめ

第三者から見ると二人は両想い。
でも、湊くん目線では依里くんの気持ちはわかりません。
友情なのか愛情なのか。

分からないまま進むのは勇気が要ったでしょうし、葛藤も大きかったでしょう。
ノンケに恋したゲイのような報われぬ気持ちを、湊くんは乗り越えました。
思いを通じ合わせた二人に祝福あれ。


おまけ

二人とも「生まれかわり」を願っていた描写があります。
別に二人の世界があるならいいじゃん、何でかな、と思っていました。

諏訪市にある諏訪湖間欠泉センターの企画展示に出ていた二人の作文を読んで合点がいきました。
二人が互いの名前を隠したアレです。

二人とも「自分の親が望む自分には、なれないから」生まれ変わりたかったようです。
親たちに自分たちを祝福されたかったんですね。

嬉しいことは一番身近な人に伝えたいものですから。
切ない話です。





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