映画「怪物」妄想/想像/考察⑤~「なぜ隠す」
依里くんがなぜ保利先生に言わなかったのかを考えた
おことわり
この記事は、坂本裕二さん脚本/是枝裕和監督作品『怪物』に関する個人的な見解を書いたものです。何の根拠もない話かもしれませんが、気の向いた方は感想をお聞かせいただけると嬉しいです。
また今回はジェンダーに関するデリケートな記述があります。
あくまでも個人の見解ですので、その点だけご了承ください。
映画『怪物』
この記事は2023年ロードショーの映画『怪物』に関する記事です。
以下ネタバレも含み、妄想/想像/考察を記載しています
まだ映画をご覧になっていない方も、映画をご覧になった方もご注意ください
依里くんの心の支え
以前の記事で、依里くんの気持ちの源には、お母さんの存在があるのではないかと書きました。
泣きたくても泣かない、というより、泣けない。
そんな生き方を小さいながらに身に着けてしまった依里くんの人生に、救いがあることを願ってやみません。
湊くんと仲を深めたあの期間は、依里くんにとって人生で一、二を争うくらい楽しかったはずです。
でも、つらいこともたくさんあったでしょう。
それを誰とも相談せずに、何とかしようと歯を食いしばったのはなぜ?
心の支えである「麦野くん」との生活を自分の力で守ろうとしたのではないかと思うのです。
二人は「男らしさ」についてどう思っていた?
保利先生がよく使うのは「男らしく」という言葉。
誰かの強さを引き出したり、背中を押したりしたいときに使っています。
でも、それが二人にとっては嫌だった、という描写がいろんなところにあります。
”男らしく””女らしく”…LGBTQと言われるマイノリティの人たちにとったら、性を型にはめるその言い方は気になるところ。
「男らしさ」はジェンダー差別、ともとられかねない発言です。
実際に、基地の屋根の上で、湊くんが依里くんに相談を促したときも「男らしくないって言われるだけだよ」と返しています。
さて、前にも書きましたが、この記事を書いている本人は同性愛者です。
LGBTという表現を使えば「G」にあたります。つまりゲイです。
あくまでも個人的な意見を言うと、「男らしく」という言葉は別に嫌いじゃありません。
だって、私は”男性が好きな男性”ですから、男性が好きなんです。
(全員が見境なく好きなわけじゃないですよ。当たり前ですが)
自分が女になりたいわけでも、好きな人が女の人になってほしいわけでも、中性的なものが好きなわけでもないんです。
自分を指して「男らしいね」と言われたらうれしいし、男らしくないぞ、と言われたら「頑張ろう」と思います。
「男だから女の人が好きじゃないと変だ」と言われたら抵抗しますがね。
隠してたので特に言われませんでしたが、思春期にそんなこと言われたらショックだったでしょう。
(この歳になると「しょうがないじゃないか、ごめんなさい」くらいしか思いません)
依里くんも、湊くんもクィアの段階とはいえ、性自認は多分男性性。
性自認自体に疑問を持ち、その葛藤が深まっている、という気はあまりしません。
きっと「男らしさ」に対する疑問は、性役割、ジェンダーの問題なのかな?
二人の「お父さん」への複雑な感情、コンプレックスと紐つく課題なのではないでしょうか。
”自分の人格や存在を否定される言葉”というより、”自信や自己肯定感を揺らす言葉”であったのかな。
保利先生のことを、湊くんは「優しいよ」と言っていますしね。
なぜ相談しなかったのか
先に書いたように、依里くんの支えは「麦野くん」
「小学校に入ってから男の子の友達がいない」と伝えれば「僕が友達になるよ」と返ってくる(小説版p232)。
温かいコーラの話にも乗ってくれるし、秘密基地のひみつは守ってくれる。
突拍子もないビッグランチの話や、生まれ変わりの話もいちいちちゃんと聞いてくれる。
火を使った悪いことはちゃんと止めてくれる。しかも、それでも友達でいてくれる。
そりゃうれしいですよね。
(友情か愛情かはおいといて)大好きになるはずです。
学校では一部の男子から、家ではお父さんからの暴力と暴言。
麦野くんの存在は、一人の子どもが抱えるにはしんどい毎日に差し込む、一すじの光だったと思います。
保利先生に相談しなかったのは、麦野くんとの生活を守るため。
話すことで、全てが明るみに出ることを恐れたのではないかと思うのです。
「いじめられています」と言われたら、まずは先生は情報を集めるでしょう。
それが深刻なものなのか、それとも子ども自身の力で解決できるものなのか判断し、動く必要があるからです。
その中で、体のあざに気づいたら?
次は児童相談所など、公的機関の介入の可能性があります。
依里くんのご両親がどのような経過をたどったのか分かりませんが、虐待の通報や調停離婚の経験があったとしたら児童相談所の介入はあり得ます。
折り合いがつかない中、母子生活支援施設や、児童相談所の一時保護のお世話になる子もいます。
幼き日の依里くんが、そのお世話になった可能性もあります。
意に添わぬ、強制的な親子分離措置や施設入所措置があったとしたら、依里くんの心に強く残っていたでしょう。
何かがきっかけで、父親の暴力が明るみに出ればここにいられなくなる。
そうなったら、麦野くんともお別れになっちゃう。
ようやく差し込んだ光は途絶え、また闇の中さまようことになる。
そんなことを思ったら、怖くて動けなくなるのは当然です。
クラスメイトの暴力・暴言に対して、事を荒げないスタンスでいるのも、同じ理由かもしれません。
それだけ「麦野くん」が大切だったのでしょう。
言葉に出さない、不器用な「好き」
依里くんは、麦野くんとの生活を守ろうと耐えていることをひとことも言いません。
「僕のせいで、星川くんがつらいことを飲み込もうとしている」
なんて湊くんに思われたら、関係が崩れてしまうかもしれないですからね。
「保利先生に言ったら?保利先生優しいよ」って言われても
(いやだよ。麦野くんと一緒にいたいもん)という気持ちを隠して
「男らしくないって言われるだけだよ」とごまかす
それでも湊くんは食い下がり、「嫌?」と聞かれて
(僕はそんなこと大したことだなんて思っていないよ。麦野くんとここで遊べることが一番だからね)と伝えたくて
「豚の脳だからね」と返す
「星川くんのお父さん、間違ってるよ」と言われてびっくり仰天。
(やめてよ、お父さんのひどいことが知られたら、一緒にいられなくなっちゃうよ)と思い
「お父さん優しいよ」と取り繕う。
傍から見ていると切ないです。
でも、それは全部「麦野くんが大好き」という気持ちに感じられるのです。
超カーブボールで、湊くんには届いていないのが残念なところ。
「せっかくできた友達に『好き』を押し付けすぎてもな」と依里くんも工夫していたのではないかと思います。
この二人、改めて思いますが、とっても可愛いなぁ。
まとめ
「男らしく」という言葉はちょっと引っ掛かるけれど、保利先生を嫌うほどじゃない。
保利先生に頑なに相談しなかったのは「麦野くんとの時間を大切にしたかったから」
相談すると、今のままじゃ多分いられない。
相談しようとしない依里くんの裏にあったのはきっとこんな願い。
大好きな「麦野くん」との時間が少しでも長く持てますように。
依里くんのささやかな願いにいつも涙してしまいます。
おまけ
少し話は変わりますが、基地の中での「転校話」について。
最近思うのですが、「転校の話」は直接お父さんから聞いたわけじゃないのかもしれない。
夜、誰かと電話しているお父さん。
「依里をそっちで預かってくれないか?」「転校の手続きとか面倒なことはこっちでやるから」
話から察するに、相手はおばあちゃん?
「どうしよう、もう一緒にいられないかもしれない」
「転校はすぐの話?」
断片的に聞こえてきた会話だから、「考え事をしていた」のかも、と思うのです。
「今までお父さんのこともいじめのことも頑張って隠してきたのに、どうして麦野くんと一緒の時間が終わっちゃうの?」
その悲しみが「なんかさ、転校するみたいなんだよね」につながっている気がしています。
皆さんはどう思いますか??