映画「怪物」妄想/想像/考察②「ライン」
ライン後の仲違いの期間が長いのはなぜ?という話
おことわり
この記事は、坂本裕二さん脚本/是枝裕和監督作品『怪物』に関する個人的な見解を書いたものです。何の根拠もない話かもしれませんが、気の向いた方は感想をお聞かせいただけると嬉しいです。
映画『怪物』
この記事は2023年ロードショーの映画『怪物』に関する記事です。
以下ネタバレも含み、妄想/想像/考察を記載しています
まだ映画をご覧になっていない方も、映画をご覧になった方もご注意ください。
基地でのラインのやり取りとその後
オリジナルシナリオによると、その出来事は6/7の夜の話。
基地でみなと君がより君を待つシーンです。
その時のラインのやり取りは映画ではわからないですが、シナリオと小説版には描写があります。
シナリオ版は省きますが、「来ない」という依里くんに「ありったけの気持ちを込めて」ラインをしたそうです(小説版p280)。
ここで、二人はお互いを好きでいることは確信したはず。
(性愛としての「好き」なのかかどうかはわかりません)
なのに翌日以降長く二人は離れていたようです。
湊くんが夜に星川家を訪れた日も含め、出来事の翌日の6/8~7/21の間、ろくに口もきいていない様子(日付はシナリオより)。
小説では依里くん側がよそよそしい、との表現も(小説版p284)。あまりにも長すぎますよね。
また、転校話が出てからもかなり日が空いていますが動く気配がない。
もし本当に転校するなら夏休み間近になったらさすがに学校で「星川くんは転校します」くらい言うでしょう。
たくさんのなぜ、が残る、転校話からの空白期間。
その間に起きていたかもしれないことを、妄想/想像/考察しました。
唐突に出た「ライン」というツール
夜の基地のシーンで気づくのは、二人ともスマホ持ってたんだ、ということ。
湊くんは時々使っていましたが、依里くん側の描写は二人がラインでやり取りするシーンが初出です。
二人が基地通いを始めたのは、オリジナルシナリオによると5/14です。
そこから一か月近く、二人でいるときにスマホを触っている様子もありません。
映画ではピーナツバターをパンに塗って食べるシーンがあります。
この時、わざわざ依里くん、学校でこっそり直接「とっておいて」と伝えたようです(小説版p266)。
学校では関係を隠すなら、ラインでやり取りすればいいのに…。
もしかしたら、やり取りが直接残る形は極力避けていたのかもしれません。
依里くんはお父さんに、湊くんはお母さんからの追求を何かと避けてます。
二人の関係を知られたくない
知られると大変なことになるかもしれない
二人の状況からすると納得するところです。
あの二人の親なら、こっそり息子のスマホを見かねないですからね。
あの夜の基地の中。
直接話もできない中で、湊くんが最後の望みとしてすがったであろう「ライン」というツール。
形に残ってしまったやり取りが、その後の展開に波及していったのではないでしょうか。
トンネルでのやりとりの後で(依里くん目線の想像)
依里くんは絵具事件の日の夜、ラインのやり取り後に、基地に行きました。
トンネルの中で、湊くんと母親のやり取りを目撃します。
踵を返す依里くん。
きっと失意の中で帰宅したことでしょう。
こういう時、嫌な偶然は続くもの。
もしかしたら、運悪く父親が家にいた、ということはないでしょうか。
いつも行っていたガールズバーはもう無いし、保利先生が来た時のように、急に昼間に帰宅することだってあるわけですから。
そうなれば、父親から「こんな遅くまで何してたんだ」「言え!」と詰められるでしょう。
湊くんは、この間も弁明のラインは絶えず送っていたと想像します。
「ごめん」「多分電車は見つかってないから大丈夫」なんて。
依里くんが怒鳴られている中、スマホの音が鳴り「なんだ?!誰からだ?見せろ!!」的なこともあり得る話です。
スマホを見られれば、発覚するのは湊くんの存在と、その日の深いやり取り…
二人が惹かれあってることをやっと確信できたラインを見たら
「なんだこれは?!」となるでしょう。
心を殺してでも近くにいることを選ぶ
(すみません、妄想が続きます)
カッとなって怒鳴る人は、何を言い出すかわかりません。
決まっていないことも思うがままにしゃべり、収拾がつかないことになりがちです。
父親「こんなんだったら今から転校だ!」
依里くん「ごめんなさい、許してください」
父親「うるせぇ、やっぱりお前は豚の脳だな」
依里くん「治します。むぎの君とも離れます。好きだなんて思っていません」「だからここにいさせてください!」
よりくんからの着信も下手をするとお父さんからの怒鳴り込みの可能性だってあるわけです。
(本当にこれは考察ではなく、根拠のない妄想です)
そうでなくても「縁を切れ!」とこのタイミングで湊くんに電話をかけさせた可能性もあります。
でもつながりません。それでは父親の怒りが収まらない…。
「もう遊ばない」「誘ってこないで」なんて電話口に向かって言う姿を想像します。
つながっていないのに、つながっているふりをして。
依里くんを引き取るくらいですから、父親も依里くんに対し愛情はあるでしょう。
首の皮一枚つながり、父親が折れてくれたのかな、と思います。
依里くん「ちゃんと『もう遊ばない』って言ったよ」
父親「チッ、早く寝ろ。スマホはもう返せ!」と取り上げられた、と。
こんな心に痛いドッキリを依里くんにさせたくありませんが。
一緒の学校にいられることだけを励みに、学校ではそっけない態度をとる依里くん。
湊くんが絶交を恐れ、思いを募らせていった描写が小説版にはありますが、依里くんは断腸の思いで関係を断ちます(小説版p284)
切ない、の一言です。
深夜の訪問で伝わること
依里くんの父親が、依里くん=同性愛者と確信したのは、あのラインのやり取りだと感じます。
だから、以降、依里くんの父親の言う「豚の脳」は「同性愛者」と同義になってしまったと想像します。
深夜の星川家への訪問の際の「教えてあげたら?」「僕ね、病気直った」のやり取りは「同性愛者じゃなくなった」という文脈の会話だと思います。
湊くんの心境を察すると言葉にできません。真っ黒な泥の中の気持ちだったでしょう。
でも、最後に依里くんが「ごめん、嘘!」と言い、全てが嘘だったことが伝わります。
そっけない態度をとっていたことは君と一緒にいるための嘘
女の子が好きになったというのは君を遠ざけるための嘘
依里くんの「やっぱり嘘はつけない、つきたくない」という態度は、湊くんに好意としてちゃんと伝わったはずです。
(繰り返し言いますが性愛としての愛かはわかりませんよ)
体を張ってでも、ちゃんと自分の気持ちを正直に言った依里くん。
でも、その行動が、さらなる虐待の引き金となったことを目の当たりにしました。
もしかしたら、以前自分の送ったらラインが原因で依里くんが窮地に立たされたと気づいたのもしれません。
その後、湊くんは家で暴れます。きっと自分が心底イヤになって。
気遣う依里くんの優しさと強さと孤独感
その後みなと君は学校を休み、その間に母親はより君を訪問したようです。
湊くんの母親に尋ねた、依里くんの「まだ風邪治らないの?」は、みなと君が自分のことを気に病んでいないかの探りだと想像します。
手紙を書こうとしたり、やたら元気にふるまったりしたのは
「より君に会ったよ」
「元気な子だね」
「手紙預かったよ」
って、伝えてほしかったから。
母親をしてみなと君に「大丈夫!」って伝えたかったのではないでしょうか。
しかも手紙なら証拠が残らない。
当たり障りのない言葉の中に、自分たちだけでわかる暗号を混ぜて伝えよう。
「み」が鏡文字だったのは…
その後「な」「と」を鏡文字にして、メッセージを織り交ぜたかったのかも…なんてのは完全な妄想です。
それを指摘されて、台所に逃げ、コップの水を無言で飲む依里くん。
「最後の手が潰えた…」と動揺してしまったんだととらえています。
どうにもできないけれど、きっと依里くんはチャンスをうかがっていた。
小説版では、台風の日、父親が外にいたシーンで
「苦しそうにしながらも決して屈さない依里の顔を見ているうちに、何もかも嫌になった」という記述があります(小説版p303)
依里くんが屈さなかったのは、湊くんとの関係を何よりも大事にしたからでしょう。
優しいなぁ、と思いますし
したたかだなぁ、と思いますし
それだけ思いが強いんだなぁ、と思います
でもそれは「それしかない」の裏返し。
湊くんへの愛情が、ある意味固執にも感じます。
いうなれば、つらい日常に垂らされた一本の弱い蜘蛛の糸のようだと。
それを必死につかもうとする依里くんの姿に心が痛みます。
5年生が抱えるには大きすぎる孤独感を感じるからこそ、ラストの二人のシーンが光りますね。
まとめ
ラインのやり取りで、二人の思いが通じたはずが、長い中違い。
そこには、依里くんの一途で健気な思いがあったと感じています。
湊くんとの関係がばれても、必死で残した一すじの関係の糸
どうにかこの糸が切られないように
いつかまた一緒に楽しい時を過ごせるように体を張った依里くん。
そんな孤独と情愛の両面を想像させる、空白期間の存在でした。
おまけー転校話はどこから
さて、ちょっと話は戻り、依里くんの転校の話。
これはラインのやり取りの前なので、若干の疑問が残りますね。
転校の話は、みなと君からより君を引き離すためではないのかもしれません。
父親のした虐待はネグレクトではなく、愛情の矛先が鋭すぎて、間違った方向に向かったから、という見立てをしています。
愛情を伝えたいけれど伝わらないし、依里を変えてあげられない。
父親が「自分一人で育てきれない」と限界を感じて出た話と考えました。
湊くんは転校話を聞いた時「お父さんに捨てられるんだ」と表現しましたが、おばあちゃんちなら一緒に行くと考えるのが普通でしょう。
だから、転校の話は単に「依里くんを奮い立たせたかった」だけなのかもしれません。
「ちゃんとやらないと鬼が来るよ!」「お菓子泥棒が来るよ!」的な。
湊くんと楽しく遊んでいる頃は、きっと笑顔がお家でもいっぱい出ていたはず。
遊んでいる、楽しそう。
でも、お前がやらなきゃいけないことはもっと別のことだろ。
勉強に身をいれろ。男らしくあれ。
自身も「男らしさ」の闇を恐れ、ジェンダー意識の恐怖を敏感に察知しちゃう人なのかもしれません。依里くんの父親は。