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《プロローグ 映画祭にて 》
「佐野雷次」という名前を聞いてピンと来る人は、かなりの映画通だろう。
現在の日本における彼の知名度は、あまりにも低い。
佐野雷次は大映京都撮影所で監督デビューし、約22年間に渡って映画界で活躍した人物だ。多くのヒット作や話題作を手掛け、監督だけでなく俳優としても活動していた。1970年代後半にはアメリカへ渡り、監督としても俳優としても地位を築いた。
実は、アメリカにおける佐野雷次の評価は、かなり高い。
2009年に映画雑誌『ホッパー』が発表した各ジャンル別の映画トップ100では、アクション映画部門で『魔銃変』(英語題『ヒットマン・フロム・マッド・ゾーン』)と『邪法兵衛 完結篇』(英語題『ホーベー・ザ・ヴァガボンド3』)、ホラー映画部門で『監禁地獄』(原題『ママ』)と、3つも雷次の作品が選ばれている。
しかし、それほど活躍した人物であるにも関わらず、日本では一部の映画マニアを除き、ほとんど知られていない。そして、映画界への貢献に見合うだけの正統な評価も受けていない。
佐野雷次の熱烈なファンである私は、そんな状況を歯痒く感じていた。 そこで、多くの人々に彼の偉大な功績を知ってもらうため、彼の伝記小説を執筆することにした次第である。
2011年7月7日、私はアメリカの映画祭「ローカスト・ムービー・パーティー」に参加するため、ロサンゼルスのパロット・シアターを訪れた。
ローカスト・ムービー・パーティーは映画専門のネットマガジン「ローカスト」が主催する映画祭で、今年で7回目を迎える。毎年、一人の映画人にスポットを当てて、特集を組むというスタイルの映画祭だ。その人選は、映画マニアから注目の的となっている。ちなみに前回は、多くの映画で悪役として強烈な存在感を発揮した俳優、リチャード・ウィドマークが特集された。
そして今回の特集が、佐野雷次なのである。
既に雷次の伝記小説を書き始めていた私としては、是非とも行かなければならないイベントだ(もし書かなかったとしても、たぶん足を運んでいただろうが)。
映画祭は一週間に渡って催され、雷次がアメリカで監督・出演した作品だけでなく、日本で手掛けた映画も上映された。最終日には、正式な形ではアメリカで初お目見えとなる1964年の監督デビュー作『弥太郎笠』が字幕付きで上映され、集まった大勢の観客が喝采を送った。
私は映画祭の主催者でローカストの編集長でもあるバンター・チャフと会い、話を聞くことが出来た。彼は新聞で映画評を担当するコラムニストだったが、2000年にローカストを立ち上げ、今や映画会社にも大きな影響をもたらす媒体に成長させた人物である。
「今回、佐野雷次を特集した理由を教えてください」
「誰を特集するかは、編集会議で決めるんだ。編集者がそれぞれ候補を挙げて、その中から話し合いで絞り込んでいく。ただ、いつもは全員がバラバラな人を挙げるんだけど、今回は複数の編集者がライジ・サノを挙げたので、決定にはそれほど時間が掛からなかったね」
「編集長は、佐野雷次をどのように評価しておられますか」
「そうだなあ、ライジは美味しいハンバーガーを食べさせてくれる監督かな」
そう言って彼は微笑した。
「ハンバーガー?」
その意味が分からず、私は首をかしげた。
するとバンターは、
「世界的に有名な日本の監督と言えば、真っ先に挙がるのはクロサワ(黒澤明)だろう。ヨーロッパに限れば、オヅ(小津安二郎)、ミゾグチ(溝口健二)、ナルセ(成瀬巳喜男)といった面々も評価が高い。最近では、タケシ・キタノ(北野武)が人気だね」
「ええ」
「彼らに共通するのは、みんな芸術的な映画を撮る人だということだ。それは高級料理店のディナーのようなものだ。それに対して、ライジは徹底して娯楽映画を撮り続けた。芸術には見向きもしなかった。彼の映画にはB級と呼ばれる物も多いけど、とにかく理屈抜きに面白い。だから、美味しいハンバーガーなのさ。僕のような人間は、敷居の高い高級料理店より、気軽に行ける店で美味しいハンバーガーを食べる方が幸せなんだ」
説明を受けて、私は納得し、そして賛同した。私も彼と同様に、高級料理よりも美味しいハンバーガーを食べたいタイプの人間だ。
次に私は、会場に来ていた人気の女性ブロガー、ジョーダン・H・オラにインタビューした。彼女は映画批評のブログをやっており、マニアックな視線と秀逸なコメントで高い人気を誇っている。最近は、ローカストでも記事を執筆している。
「貴方の佐野雷次に対する評価は、どのようなものですか」
「監督としてはアバンギャルド。俳優としては、クールでありながらワイルド。そんな感じかな」
ジョーダンは、そう答えた。
「最初に知ったのは俳優としてのライジで、ドン・シーゲル監督の『デッドリー・ダンス』(日本語題『悪党どもの宴』)を見たの。あの映画のライジは、完全に主役のジェームズ・コバーンを食っていた。とにかく強烈な凄味で、目の芝居だけで圧倒されたわ」
『デッドリー・ダンス』で、雷次はジェームズ・コバーンが演じる主人公のギャングを付け狙うヤクザ役だった。あまりにも怖すぎたせいで、公開された当時、雷次を見掛けた本物のギャングが逃げ出したという逸話が残っている。
「もちろん、監督としてのライジも素晴らしいわ。私のフェイバリットは、『ホーベー・ザ・ヴァガボンド3』(原題『邪法兵衛 完結篇』)よ。あの映画のライジは、監督としても俳優としても最高よ。ライジの監督作は、クエンティン・タランティーノやロバート・ロドリゲスに、間違いなく影響を与えているわね」
辛口で知られるジョーダンが雷次を絶賛するので、私は思わずニンマリしてしまった。
さらに私は、もう一人、重要な人物に話を聞くことが出来た。映画祭のゲストとして来場していた俳優のジェスト・フィバーである。
ジェスト・フィバーは雷次がアメリカで最初に撮った映画『トランスファー・スチューデント』(日本語題『恐怖の転校生』)に主人公のクラスメイト役で出演し、次の監督作『ママ』(日本語題『監禁地獄』)ではヒロインを追い込む重要な役を演じた人物だ。現在はテレビドラマを中心に活動している。
「雷次と初めて会った時の印象を覚えていますか」
「『トランスファー・スチューデント』は僕の映画デビュー作だったし、監督のことは良く覚えているよ。日本人だから通訳が入るだろうし、コミュニケーションが上手く取れるだろうかと心配していたんだけど、ライジは普通に英語で喋っていたね。後から、英語の勉強を始めて一年ぐらいだと聞いて驚いたよ」
「次の『ママ』で抜擢されたのは、雷次が貴方を気に入ったからだと聞きましたが」
「そうなんだ。実は、『トランスファー・スチューデント』の後で、すぐに話があった。次の作品の構想があって、ある役にピッタリだって言われたんだ。まだ企画が通るかどうか分からないけど、もしゴーサインが出たら出演してほしいと頼まれてね。もちろん、僕はイエスと答えたよ。まさか、あそこまで大きな役だとは思わなかったけどね」
「一緒に仕事をして、どういう監督だと感じましたか」
「とにかく熱い監督だったね。どうすれば観客を怖がらせることが出来るか、常に考えていた。ただし、熱いと言っても、役者に怒鳴ったりすることは無かった。誉めて伸ばすタイプだったよ。それに、面白いアイデアがあったら、どんどん出して欲しいと出演者にリクエストしてきた。そして実際、面白いと感じたら、積極的に取り入れるんだ。『ママ』で、オモチャのトラックが横転してタイヤが空回りするシーンがあるけど、あれは僕のアイデアなんだよ」
「では、貴方が選ぶ雷次のナンバーワン映画は、やはり『ママ』になるんでしょうね」
「もちろん。未だに僕は、『ママ』に出ていた人ですよねって、声を掛けられることが多いんだ。それぐらい、あれはホラー映画の歴史において重要な作品だと思うよ」
彼の言った通りで、『ママ』は前述したジャンル別映画トップ100のホラー映画部門に選出されている他、アメリカのホラー映画ファンの間でも極めて評価が高い。
関係者から話を聞き、映画祭を満喫した私は、帰国して原稿の執筆に戻った。
https://note.com/tasty_aster504/m/mdabec7cd3aaa