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お好きでしょ、こんなのも……!?

割引あり

お嫌いですか、ロボットは?#93 選ばれし者の指示を聞き分け?

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? 先週は来られなくてごめんね。いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――いえいえ。部下のマミちゃんとの月見はいかがでした? テレワーク続きで、ゆっくりと話すのも久しぶりだったでしょうし。
 いや、そうじゃないんだよマスター。彼女はいわゆるデキるヤツで、普段からチャットやメールで「ここが違う」「このやり方で」なんて言われてるからさ。それに、チャットやメールなんて、オレはほとんど見ないから、結局は日に何度も電話がかかってくるんだよね。目の前に本人がいるかいないかだけの違いで、普段とあまり変わらないんだよねぇ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「鶏肉と栗のうま煮」かぁ、へぇー。そういえば、そろそろクリの季節なんだねぇ。今年は夏が長かったから気づかなかったけど、あさっては寒露だし、秋も晩秋なんだね。今週末あたりは、子どもの運動会なんて人も多いみたいだし。そうそう、運動会と言えば応援の声って、あれだけ人がいると誰の声だか聞き分けられないじゃない。この前研究所で、チラッと最新のロボットを見せてもらったんだけど、時代が変わったなぁと実感させられたんだよなぁ……。


 先週、いや先々週だったっけなぁ。東京の大学の研究室に、米国の研究者が遊びに来るってんで、研究室のタナカ先生に「よかったらたにがわさんもおいでよ」って声をかけてもらったんだ。人としては全くダメな奴なのに、研究者としてはアタマ一つ飛びぬけたヤツってのがウリらしくて、とにかく会ってみたいって思ってさぁ。

 ホレ、忘れて名前が出てこないんだけど、パソコンに入ってる……、そうそうインテル、だっけ? むかしはIBMとかグーグルとか、政府の機関だとかで働いたこともあるらしくてさ。髪が長いひげ面の不潔な外人のおじさんが、そのフィリップ博士なんだ。タンクトップにスウェット、ワラで編んだ草履姿なんだよ。

 そうだなぁ、タバコを3箱ぐらい重ねたような、小さなスピーカーみたいなものを10個ぐらい持ってきてさ。「これで世の中を変える」なんて言い出すんだ。ジュラルミンのアタッシェケースに入れて、大事そうに扱ってたよ。

 それを研究室の協働ロボットの周りに置いて、システムのパソコンにつないであれこれ入力してた。15分か、20分ぐらいだっけなぁ。何が始まるんだろうなぁって、手元を見てたのさ。

 そうしたらフィリップ先生が「ジロー、何かしゃべれよ」って、マイクを突き出すから、本日は晴天なりとか、マイクのテスト中ですとか、意味はないけどあれこれしゃべったさ。そうしたら「次は高い声を出せ」とか「次は低い声で」とか言われて、言われるままにしゃべったわけ。

 で、タナカ先生から「左に回れ、ターン・トゥー・レフト」って書かれた紙を渡されて、あ、日本人には右の発音が難しいだろうってことらしいんだけどね。で、3人が「せーのっ!」で話すのさ。オレだけが左で、タナカ先生とフィリップ先生は右に回れって。そうしたらロボットは左に回った。つまり、あらかじめ指示したオレの声に反応して、オレの命令だけに従う設定になったらしい。

 研究室の学生も呼んで、音楽を流したり、歌を歌わしたりして、わざとうるさい環境にしてみたんだ。ささやくように、左に回れって言っただけで、ちゃあんとロボットは左に回るんだ。

 今回はロボットにつなげたから、こんな実験になったけど、本来は大勢の中で、特定の人同士が会話できるような仕組みらしい。周りの雑音を打ち消すような、それでいてヒトの耳では聞き取りにくい音を出して、特定の人同士の会話だけが聞き取れるシステムらしい。らしいというのは、何度説明されても、オレが理解できない仕組みだからなんだけどね。

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