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お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#120 しっくりくる……か(上)

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? 今日はリネン、麻のスーツですか。洒落てますね?
 いや、そうじゃないんだよマスター。オレは無精者だからまだ、服の入れ替えが終わってなくてさぁ。昨日まで連日、暑くて暑くてたまらなくて、何かないかと探し回って出てきたのがこのスーツだったんだ。去年の11月ごろタイに出張したとき、この時は逆に服の入れ替えを早々に済ませていて、しまい忘れて残っていたのがこのスーツだったんだけどね。麻のスーツを着るには、まだちょっと早いと思うけど、今日ぐらい暑いと、麻のスーツぐらいがちょうどいいかもねぇ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「ハモの湯引き」かぁ。もうそんな季節なんだねぇ。ウイスキーにも合いそう。いやぁ、とろりと脂の乗った魚の刺身もいいけど、おじさんになると、湯引きぐらいがしっくりきてうまいんだよね。しっくりと言えばそうそう、見方を変える、発想を変えるとたしかにしっくりとくるってあるんだよね。オレ個人としては、そういうしっくりし方って、あまり好きじゃない時もあるんだけどねぇ……。


 仕事がら、いろんな展示会にカオを出す。で、ときどきだけど、この人はどんな仕事をしてるんだろう? っていう人を見かける。なんて言うかな、視点というか、目の高さというか、じっと見つめる先が、ほかの来場者とは明らかに違うんだ。

 たとえば工作機械の展示会が開かれているじゃない。出展者のスタッフは、開幕日に向けて機械を小間に降ろして、当初の計画通りの場所、向きに据え付けて、同時並行で進む看板や壁などの装飾の横で黙々と組み立てていく。

 機械を実演展示しようと思えば、その動作を繰り返し、微調整を繰り返す。開幕の前日には、プレゼンテーションで司会進行する人のしゃべりと合わせ、背面のスクリーンに映し出す映像とタイミングを合わせたりと、開幕に向けて準備が進められていく。

 周りの他の出展者たちも同じような状況だから、ひと区切りつくまでは、他社の作業の進み具合なんて、目に入らないぐらいなんだ。機械商社にいた時の、自分自身がそうだったからね。

 工作機械の調整時は、作業をしやすいよう、だいたいがカバーを外したむき出しの状態で進めることが多い。そうするとさ、どこからともなく、じっと一点を見つめて、今なら時おりスマートフォンを向けたり、昔ならデジカメ、ビデオカメラなんかを向けている人が現れるんだ。

 基本的に、開幕時間外は部外者は入れないから、関係者とか出展者証をぶら下げてはいる。海外からの出展者もいるから、日本人を含めたアジア人だったり、欧州や欧米に人など、人種もさまざま。でも、どうも様子や動きが違う。

 これはさ、あまりメディアでは伝えられなし、表にも出ないことなんだけど、紛れ込んでいるんだよね。その筋の人が。その筋ってつまり産業スパイとか、違法な手段を使ってでも、自国のために最新技術の動向を探ろうって人がさ。

 それは、取り締まる側も分かっていて、会場の中には顔を出せないお巡りさん、つまりドラマなどに出てくる外事警察などの、相応の役所の相応の部署の人たちも、関係者を装って開幕前の準備中から会場を巡回しているんだ。これ以上話すと、ある日突然、この世から消されてしまうかもしれないから、言わないけどさ。

 話は逸れるけど、最近ロボットの展示会で知り合った人が面白いんだ。広島の呉にある防衛省のとある研究所の人でTさんて言う、階級は三等海佐なんだけどね。二足歩行や四足歩行のロボットを一生懸命見てるんだ。オレたちじゃ関心もなく、見もしないんだけど、動きを止めて足の裏を見せてくれって言い出すんだ。説明員が動きを止めて足の裏を見せると、指先でなでたりひっかいたり。

 横で見てたオレが、どうしてそんな所が気になるんですか?って聞いたら、、仕事で使えないかなと思いまして、ってね。

 俄然面白くなって、あれこれ話し出したら、海上自衛隊の研究所の人で、オレがSIerだと知ったら名刺まで交換してくれた。その日は泊まって翌日も会場を回るって言うから、じゃあ夜は一杯やりませんか、となったワケ。聞けばこのT三等海佐、それから親しくなってオレは少佐って呼ぶんだけど、少佐はこうした民間のロボットの動向が気になって、ちょくちょく顔を出しているんだって。それで、

――ちょっ、ちょっと待ってくださいたにがわさん。いつもより前置きが長くてこんな時間です。とことんお付き合いしたいところですが、そろそろカンバンです。続きは次回、ゆっくりお聞きしますよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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たにがわじろう
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