お好きでしょ、こんなのも……!?
お嫌いですか、ロボットは?#96 地味に見える仕事でも
――いらっしゃいませ。
マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。
――おや? 今夜もお疲れのようすですね。足まで引きずって、大丈夫ですか?
いや、そうじゃないんだよマスター。例のホレ、東京モーターショーじゃなくてええっと、ジャパンモビリティショー2023。行ってきたんだよ。どこのどんな縁なのか、なぜか招待状が送られてきてさ。東京ビッグサイトを全館貸し切っての開催で、これまでの東館と西館に加えて、前回展ではなかった南館が増えたのに加えて東館も増築されてて歩き疲れたよ。今日は招待者と障害者向けに原点した開催だから空いてるはずなのに、とても全部見れなかったよ。電動キックボードの乗り比べをしたかったんだけどさぁ。あれも見てこれも見てと歩き回ったら大汗かいて大変だったよ。
――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「白えびの天ぷら」ってマスター、店がだんだん割烹みたいになっていくね。シロエビと言えば、富山の案件を思い出すよ。一年以上も毎月通ったからなぁ。日本酒がうまくてねぇ。「ブリは生じゃない、しゃぶしゃぶぐらいがちょうどいいんだ」なんて居酒屋の大将に言われて。食べ比べてみたらたしかにそうだったわ。比べると言えばそうそう。仕事とか作業ってさ、実際に試してみなきゃ便利になったか簡単になったか分からないものじゃない。去年やった案件がまさにそうだったんだけど、ビルの保全管理ってさ、会社をリタイアしたおじさんや、総務部の人が片手間にやってる印象があるじゃない。あれはまさに大変な仕事なんだけど、そこに目を付ける人が少ないってのがあるんだよなぁ……。
去年の今ごろだったかなぁ、ちがう、おととしだ。オレの同級生が大阪の建設会社で総務部長をやってて「ちょっと相談なんだけどさぁ」って言われたんで行って来たのよ、梅田まで。建設会社で上場もしてて、全国の主要都市に自社ビルも持ってるわけ。自社のオフィスや、運送とか資材関係、人材派遣の関連会社が入居してて、もちろんよその会社もテナントに入れてる。
で、同級生の総務部長、高ちゃんって言うんだけど、自社ビルの管理子会社の社長でもあるんだ。「人手不足で、社員が集まらなくて困ってる」って言うんだ。「何とかならんかなぁ」とぼやいてた。募集すると、定年退職したサラリーマンOBとか、役職定年を迎えて早期退職した50代の人とがが応募してくれるらしい。ビルやマンションの管理人をイメージして、守衛室でテレビでも見てればいいと応募してくるらしいんだけど、実際の業務はそんな生やさしいものじゃないんだよね。
工場もそうなんだけど、ビルの管理って、とにかく歩き回るんだ。共用部分の掃除が行き届いているか、エレベーターは正常に動いているか、照明が設計通りの明るさを確保できているか、地震や停電、火災の時に、避難経路が確保されているかとか、毎日建物の中を歩き回って、安全や品質を保証する仕事なんだ。テナントの会社だって、毎日仕事しているから、大量の荷物が届いたり、人が行き来したり、ある日大量のゴミが出たりで、ビル内の状況は毎日変わるんだよ。10時と3時にお茶ぐらいは飲めるけど、それ以外はほぼ歩きっぱなし。
たとえば、ビル内の照明の明るさを測る作業ってのはさ、どうしても陽が落ちた後の作業になるから、残業なく5時で帰れる仕事でもない。測定担当者と記録担当者が2人1組で、ビル内のすべてフロアを測定するから、体力や時間的な負担も大変なんだ。測りっぱなしじゃいけないから、測った後に事務所に戻ってパソコンで帳票を作成しなきゃならん。ISOとかなんだとかで、記録を取り続けななきゃならないからね。
じゃあロボットでも入れる? って、高ちゃんに勧めたのさ。警備用のロボットなんて、今じゃいくらでもあるから、それに用途別のセンサーを付ければいいからさ。求める性能によってセンサーもいろいろあるから、まずはロボットに任せたい仕事の内容を精査して、センサーの仕様を決めていったんだ。
たとえば、例に挙げた照明では、30メートル先まで計測できる高機能センサーを搭載して、オフィス部分だけでなく、地下駐車場とか荷物の搬入口とかの、天井が高く広い場所でも安定した自律走行ができるように、障害物を確実に検知して回避できる機能を持たせた。
ロボットを実際に運用する担当者の負担も軽くしたいから、現場に基地局アンテナを設置したり、ビル内の地図作成のために事前走行させる負担も減らした。そもそも自社ビルだから、ビルの設計図面やフロアの配置図もある。それを基に、運用担当者は柱や壁の位置を記した図面を登録したタブレット端末で、見回りのスタート地点と測定ポイントを入力するだけでロボットが自律走行して、照度の測定を開始できるんだ。走行中の操作や監視も不要で、それまで測定や記録を担当してた人は、その時間を別の業務に充てることもできる。
あと、パソコンでの帳票の出力は、自社で使ってる建設業向けのソフトウェアと連携させた。ロボットから回収したデータを自動変換できるようにして、会社が欲しい形式で自動出力する仕組みにしたんだ。
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