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お好きでしょ、こんなのも……!?

割引あり

お嫌いですか、ロボットは?#79 眠る猫……(中)

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? 今夜もお疲れのようですね。雨の中での来店、ありがとうございます。
 いや、そうじゃないんだよマスター。今週はオフィスでの慣れない事務仕事がずっと続いて大変だったんだよ。先週だったかに、八田部長、いや正しくは八田秀一アジア地区担当社長からメールで念押しされたんだ。多分お前の意識にはないだろうから言っておくけど、ウチはガイシだから今月末が上期の締め。部下の分までちゃんと売り上げの数字をまとめておくんだぞって。お前の売上数字なんか全く心配してない。部下の分を含めて、ちゃんと数字をまとめる、まとめる事務作業をしておくんだぞ、ってさ。図星だよね八田部長、いやアジア地区担当社長様は。いかんねぇ、どうも意識が前職時代の肩書のままで。それで今週はずっと、パソコンの画面とにらめっこ。目がショボショボだよ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「朝採れヤングコーン」かぁ、へぇー! って、これ生のままで食べられるの? ゆでるか焼くかするのだと思ってたよ。たしかに、皮が青々として、いい香りがするねぇ。さすがマスター、おいしいもの、おいしい食べ方をよく知ってるねぇ。そうそう、先週途中まで話した蛾(ガ)なんかの害虫も、育ちがよくておいしい作物から荒らしていくらしいんだよ。逆に、農家の人なんかは虫が荒らした身を味見することもあるんだってさ。そりゃあそうだよね。他は全部、売り物なんだし、虫が選ぶほど、おいしい身なんだよなぁ……。


 農学研究者、大学の農学部で万年准教授、かれこれ四半世紀も准教授を続けてた飯山センセーから、ガの急所を探してる。なんかいい方法はないか?と聞かれて、オレもいろいろ考えてみたんだ。まずは敵のガについて知ろうと、あれこれ調べてみた。

 そうそう、蝶々を研究する人ってさ、オレたち素人みたいに、きれいな羽の蝶にはあまり興味がないらしいんだ。いわゆるガと呼ばれる色気のない地味な種類の中で、ここの模様がちょっと違うって、わずかな違いを見つける事に心血を注ぐらしい。別の蝶の研究者を訪ねたら、似たようなというか、ほとんど同じにしか見えない蝶の標本、つまりピンで留めた標本が部屋中で山になってるんだ。

 なんで同じ蝶ばかり集めてるのか?って聞いたら「同じじゃないだろう。これはここが、あれはここが……」って説明してくれるんだけど、その違いがさっぱり分からなかった。

 それで話を基に戻すんだけど。飯山センセは、別に蝶の研究者じゃなくて、害虫駆除の方法をあれこれ研究してきたセンセなんだ。正しくは「病害虫」って呼ぶらしいんだけど、病害虫の駆除には、これまで農薬が使われてきたんだけど、最近は病害虫が薬剤抵抗性、つまり農薬に対してだんだん耐性を持って、農薬が効かなくなってきたことが研究で明らかになったんだ。

 薬剤抵抗性って言うと難しいんだけど、たまたま農薬が効かない遺伝子を持った害虫の個体が生き残り、その後、世代交代を繰り返すうちに大半の個体が抵抗性遺伝子を持つようになる。つまり、言い換えればこれも害虫の進化。農薬が効かない害虫へと進化するってこと。

 別の農薬を作ったら作ったで、人体への影響なんかも調べなきゃならない。害虫とのイタチごっこを続けるのは大変なんで、農薬に頼らない病害虫の駆除方法を考えようって流れになったらしいんだ。

 そこで飯山センセーの登場だ。インターネットの動画投稿サイトを見てるうちに、レーザーで撃ち落としたら面白くないか? と漠然と思いついたらしい。レーザーって言ってもさ、オレは前職の機械商社時代に扱ったレーザー加工機とか、3Dプリンターのレーザー発振器ぐらいしか知らないからさ。あれこれツテを頼ってレーザーの研究者を紹介してもらったんだ。

 見つかったんだわ、レーザーの研究家が。神戸のレーザー研究所で所長を務める教授でさ、半導体レーザーの専門家だった。

 所長に聞くと、レーザーを使った病害虫の駆除には先例があるってことも教えてくれた。アフリカでマラリアを媒介する蚊をレーザーで撃ち落とすシステムが使われたことがあるんだってさ。それでオレも、かつてのツテや他の分野のセンセ―らに聞きまわったら、あれこれ教えてくれた。海外ではニュースとして取り上げられるぐらい有名な話なんだってさ。それで……。

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