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お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#99 いつかは本家超え。ウデを上げたのは弟子と……。


――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? 今夜もお疲れのようすですね。スーツもよれよれですけど、大丈夫ですか?
 いや、そうじゃないんだよマスター。今週は、週の初めと終わりに2度も東京出張が重なっちゃってさぁ。さっき新幹線で帰ってきたばかりなんだよ。さすがに疲れて、駅からここまで地下鉄じゃなく、ふだんは使わないタクシーに乗っちゃったよ。週に4回も富士山が見られるのは幸せなんだろうけど、それにしても疲れたよぉ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「北海道産タラのフィッシュアンドチップス」かぁ。なんか一転、急にバーらしくなったね。タラって年中揚がるものじゃないんだ。へぇ~! フィッシュアンドチップスって言えば、何だかおしゃれな感じがするけど、英国じゃ日本で言うキッチンカーみたいなので町中で売られているからね。かれこれ30年近く前に一人旅で行ったときは、通ぶってよく食べたなぁ。味付けとかで何となく、外国の味って感じがしたんだよなぁ。そうそう、味と言えば思い出すよ、ロボットうどん店の案件を。本家の大将よりもウデを上げて、すっかり人気店だもんなぁ……。


 マスターは覚えてないかなぁ……、1年ぐらい前にここで話したと思うんだけど、阪急の塚口駅のさんさんタウンで、元同僚がうどん屋やったって話したの、覚えてないかなぁ。

 ロボット2台がうどんをゆでる店を始めたんだけど、調理の合間に掛け合い漫才をさせたら漫才の方がうけちゃって、肝心のうどんの注文が入ると見物客からブーイングが起きたって話。覚えてないかなぁ……。

 で、ロボットを漫才の専任にしたら普通のうどん屋になってしまって、結局は廃業に追い込まれたんだ。で、その元同僚はうどん屋をたたんで貯めた金で渡米して大学に入って、ロボットを本格的に学んだ。現地で学生をしながらロボティクス技術で起業したらしいんだけど、例の中国発の“流行り病”で店を閉じて。卒業を機に日本に帰国したんだ。

 帰国して何を始めたかっていうと、性懲りもせずまたうどん屋を始めたんだ。もちろん今どき、ロボットが調理する店なんて山ほどあるし、PR会社にプレスリリースをまいてもらったところでメディアは食いつかないし、客なんて呼べない。そこで元同僚のヤマさんは、食いもん屋の原点に立ち返って、遅ればせながらまずは味を追求することにした。

 で、うどんと言えば大阪、って言うと四国や九州の人からあれこれ言われるんだけど、ヤマさんにとってはうどんは大阪だったワケ。で、通天閣近くのうどん屋、それも一杯420円でお稲荷さんが90円の店。これでも十分安い、いや安すぎる値段なんだけど、去年まではうどん一杯が380円でお稲荷さんは80円で、30年ぐらい値段が据え置きだった店なんだ。

 多少手直ししたと言っても、50年前の大阪万博のころから店はほぼそのまんま。カウンターに8席と、2人が掛けられるテーブル1つの小さな店で、大将から「弟子なんて取ったことないし、こんな小さな店で店員なんて邪魔なだけ」ってけんもほろろに断られた。「それじゃ店の切り盛りを見せてもらうだけでも」と、勝手に弟子として大将に付きまとってた。

 大将も「勝手にしてくれ」と、いつも通り店を続けていた。ふた月だか三月もたったころかな、御年80近くの大将が朝の仕入れの時にも付き人のようにカバン持ちというか、買い物カゴ持ちをしてたんだけど、海産物を仕入れてた黒門市場で国人観光客とぶつかって足を骨折しちゃったんだ。

 この日はあらかた仕入れも終わってたから、大将から「お前、やってみるか?」って聞かれたんで、ヤマさんはふたつ返事で「やらせてもらいます」と即答したらしい。

 通天閣下の店に戻って、仕込みから何から大将に言われるままというか、怒鳴られるままにあれこれこなしていった。50も半ば近くの新入りが頑張ってる姿に通天閣界隈の老店主たちも心打たれて、店に食べに来て応援してくれたらしい。隠居暮らしの元店主なんかも、うどん屋が暇になる昼の3時、4時ごろからワンカップ片手に店に顔を出し、きつねや揚げ物をアテに一杯やりだした。そのうちご隠居さんたちの憩いの場になった。

 そうしたら、和風バルと勘違いした外国人観光客も集まり始めて店内がいっぱいなんで、行き場をなくしたご隠居さんたちは自分の店でかつて使ってた丸いすやテーブルを持ち込んで店の前で飲み始めたんだ。まああの辺りなら、警察も役所もうるさいこと言わないしね。

 弟子だけでは手が回らなくなって、松葉づえをついた大将もあれこれ手伝いながら店を切り盛りしてた。そうこうするうちに、大将の松葉づえは普通のつえになり、そのうち山登りのアルミのストックみたいなものになり、3カ月過ぎたらついに杖から解放された。治りが遅い年寄りでも、月日さえ経てば骨は固まる。

 そんなころ大将から「俺もそろそろ歳やし、お前ウチの店を継がへんか?」と漏らされたらしい。ヤマさんは、この歳まで働きづめだった大将が店を引退したら、気を張り詰めるものがなくなってぽっくりと逝ってしまうんじゃないかと考えたらしい。そこでこう言ったんだってさ。「言葉はうれしいですが、この店を継ぐなんておこがましい。その代わりのれん分けさせてください。分けたのれんの味を大将に認めてもらえた時に、この店ののれんをあらためて継がせてください」ってね。

 で、ヤマさんは今、さんさんタウンの2階で頑張ってるよ。性懲りもなくロボットを入れてさ。今はまだ試行錯誤で手もかかるけど、いつかは「大将の味を継承し、いつか大将を超える」ってさ。大将の味を再現出来たら、通天閣の店に、ロボットを入れて大将を楽にさせたいんだってさ。大将は驚いたらしいけど、そのうちロボットの動きを見ながらアドバイスしているんだってさ。の日が来るまでは、大将も日々味を追求し続ける。その日がいつ来るのかは、まだ誰にも分からないけどね。

――どんな店も、そこでしか出せない味ってものがありますからね。きっとロボットは、同じ味を再現できるんでしょう。でも、その大将やヤマさんみたいな方が進化を止めなければ、きっと老舗と同じようにロボットを使いながら、味を進化させて、そこでしか出せない味を作り続けていくんでしょうねぇ。まだまだ話は尽きないようですね。今夜もとことん、お付き合いしますよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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たにがわじろう
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