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ロボットなんて大っ嫌い!

お嫌いですか、ロボットは?#49 人もロボットもおんなじ

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――今夜もご機嫌ですね。何かいい事ありました? デートでは……、なさそうですね。
 いやね、先週3回目のワクチンを打ったって言ったじゃない。急に熱が出るとか、調子が悪くなるとか散々脅されてたからさ。土曜は大人しくしてようと思って何も予定を入れなかったらさ、朝も昼も何もなくてぴんぴんしてるのさ。な~んだと拍子抜けしてねぇ。まん防も終わったんで、久しぶりに駅前まで買い物に出かけてこのカバン買っちゃったよ。久しく買い物なんてしてないからさぁ、うれしくなって調子に乗って奮発しちゃったんだよ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「野菜いろいろ! 春のバーニャカウダー」かぁ。いつも洒落てるねぇ。そうそう、マスターさっきスマホいじってたじゃない。この前も言ったけど、なんだか隔世の感があるよねぇ、マスターがスマホだもん。携帯電話嫌いだったマスターが、ガラケーをすっ飛ばしてちゃんとスマホを使いこなしてるんだから。指で画面をなぞってる姿を見たら、買って1カ月の初心者にはとても見えないもんなぁ。使いこなすと言えば思い出すよ、岐南町の青木精工の案件を。あれこそまさに、マスターみたいだったもん。初めはおっかなびっくりだったけど、今じゃちゃんと使いこなして、台数もさらに増やしてるってんだから。習うより慣れろ、考えるよりやったもん勝ち! って感じだもんなぁ……………。



 県庁所在地の岐阜市の南にある岐南町は、 国道21号と22号、156号が交差する岐南インターチェンジがあり、県内最大の交通量を誇る。木曽川を挟んで南に隣接する愛知県との重要な玄関口で、各国道沿いに経済活動が活発だ。工業も発達して、一時は地方交付税の不交付団体になるなど、経済的にも比較的豊かな自治体なんだ。

 岐南町の青木精工もそんな会社の1つで、かつては愛知県の一宮市にある金属加工会社に勤めて腕を上げた木村雄一が独立し、近くの貸工場から移った先が岐阜県岐南町だった。

 愛知県の北部や、岐阜市や各務原市などの岐阜南部の取引先を何度も往復する内に、中間点で交通の便がいい岐南町に本社工場を構えたんだ。

 自動車はもちろん、航空機の部品にまで手堅く業容を拡大して、ひとつの産業に偏らず、好不況に影響されにくい安定的な経営基盤を築き上げてきた。

 金属部品の加工には、段取り変えとか、加工後の部品の取り出しとか、検査や検品、測定など、部品を削っている時間以外の、言わば「直接金に結び付かないムダな時間」が結構ある。その間は、何千万円もするマシニングセンタや旋盤、複合加工機を止める、スタンバイさせておくわけだから、こんなムダ時間はない。

 従業員の就業時間中はもちろん、時間外にもバリバリ部品を削らせて使い倒してやることこそが、金属加工会社の経営効率に直結すると言っていい。加工機がフル回転して切りくずを飛ばしている間は、実のところオペレーター自身は何もすることがない。

 加工機がフル回転する間は、異常がない限りは、人がやらなきゃならない事、人しかできない事をやるのが最も効率的で、加工プログラムを確認したり、工具の刃先を点検したり、新たな加工に向けてジグを組み立てたりするのが最も効率的なのだ。

 社長の木村もそれが分かっていて、加工機の周辺でこなす作業はほとんどを産業用ロボットに任せてきた。加工前のワークと呼ばれる部品の取り付けや加工後の部品の取り出しや、各加工機へのワークの運搬や加工後の部品の回収などのために、自動搬送装置(AGV)まで導入した。AGVを導入するために、工場の床面まで張り替えた。

 工場のフル稼働を目指し、自動化をとことん突き詰めた結果、加工機の稼働時間は1日あたり20時間近くに達した。残りの時間は、加工機の大幅な段取り変更や日々の点検作業などで、これ以上稼働時間を増やしようがないぐらいのレベルに達していた。

 木村社長がやりたくてもやれなかった事があった。それが、パートや手の空いた社員に手伝わせていた検査や検品作業だった。自動車や航空機の部品は、部品によって全量検査が求められ、不良が出た時には作業工程をたどれるトレーサビリティーも求められる。

 そんな折に、オレが呼ばれた。木村社長とは機械商社勤務の時代からの、長~いお付き合いが続いていたからだ。

 木村社長は、検査作業のシステムをどう組むかに悩んでいた。新たに専用機を設計して導入しようとなると、それなりに時間も費用もかかる。自動車部品なら、モデルチェンジや部品の仕様が変わる度に、専用機にも調節が要る。部品の変わりようによっては、新たな専用機を発注しなきゃならなくなる。

 オレが提案したのは、協働ロボットの導入だった。協働ロボットの導入で、まずは検査や検品作業から「手の空いた社員」を外すこと。社員は本来の業務で効率化を進めることに注力させる。

 それがうまく回り出したら、次は検査や検品作業から、パートを1人1人外していくこと。パートは時間給だから、人にしかできない作業に集中させる。究極なのは、協働ロボットの検査や検品作業を定期巡回させ、異常があれば社員に報告させる方式。社員やパートなど、給料の高い順に、その給料に見合う仕事をしてもらう事だ。

 ただねぇ、木村社長がなかなか、首を縦に振らなかった。全量検査する部品は、仮にその部品の不具合が元で自動車のリコールが発生した場合に、結構な責任を負うことになる。

 「そんな大事な作業を、ほんとにロボットだけに任せていいものか?」

 という疑問と不安が、木村社長の頭から離れなかったからだ。

 「そんなもん、やらせてみなきゃ分からんよ」というのが、オレの偽らざる心の声だった。あれこれ説明したけど、最後は「木村社長だって、ろくに説明書も付いてないスマホやタブレットに仕事の大事な情報を入れて使ってるじゃない。やってみて便利さが分かったら、手放せなくなるから大丈夫だって」と、説明になってるかなってないか分からない理由を付けて、木村社長を無理やり納得させた。タブレット端末を何台か月決めでレンタルして、三脚に取り付けて24時間監視して記録することを条件に協働ロボットを入れた。

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