お好きでしょ、こんなのも……!?
お嫌いですか、ロボットは?#120 しっくりくる……か(下)
――いらっしゃいませ。
マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。
――おや? 今日はノーネクタイなんですね。そろそろそんな季節ですか?
いや、そうじゃないんだよマスター。オレは汗かきだから、そもそもネクタイなんてしたくないんだよう。でもさ、そうは言ってられないじゃない。若い衆ならネクタイなしでも、さわやかとか、若々しさと受け取ってもらえるんだけど、おじさんじゃ単にだらしなく見えるだけだからさぁ。かといって、通勤電車の中は冷房が入っていなかったり、弱かったりで暑いからさぁ。今日は特に誰と会う約束もなかったんで、ボタンダウンのシャツにして、スーツじゃなくてジャケットにしたんだよ。でもだめだね、一度これに慣れちゃうと、スーツにネクタイには戻れんわぁ。
――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「小アジの南蛮漬け」かぁ。へぇ、いいねぇ。夏が来たって感じで。冷酒にも合うし、ウイスキーにも合う。こういうアテを出されると、四季のある日本に生まれて良かったと思うね。年中変わった食材が食べられるし、南北に長いからいろんなところのものが食べられるって、当たり前に見えて、ホントはシアワセなことだよねぇ。そうそう、先週は一週空いてしまったけど、この前はしっくりくるって話だったよね。これが何とも言えないんだよねぇ。。。
仕事がら、いろんな展示会にカオを出す。今週も、スマート工場の展示会や、食品関係の展示会に行ってきたんだ。この前も言ったけど、今回もこの人はどんな仕事をしてるんだろう? っていう人を見かけるんだよね。なんて言うかな、視点というか、目の高さというか、じっと見つめる先が、ほかの来場者とは明らかに違う。
で、この前話したのが、防衛省の研究所の人で、階級は三等海佐のTさん。オレはT少佐って呼ぶんだけど、少佐は民間のロボットの動向が気になって、ちょくちょく顔を出してるんだってさ。で、例のごとく親しくなって、オレはその日はホテルで寝るだけだから、どこかで一杯って話になったんだ。
さすが海上自衛官で、港近くのうまい店をよく知ってるんだ。この時の展示会場はパシフィコ横浜だったんだけど、横浜には関連団体の研究所があって、以前はそこに出向してたって言うんで、小道を入ったところにある小料理屋で乾杯したんだ。
サカナはうまいし、酒の種類も豊富で女将さんがきれいって、三拍子も四拍子もそろった、ドラマに出てくるようないい店でね。なぜか決まって客も少ないんだ。そこであれこれ話を始めたんだ。
そしたらT少佐は、たにがわさんって、ロボット関連のSIerなんでしょう?じゃあ、こんな事にも詳しいの?って、イヌみたいな四足歩行の警備ロボットのパンフレットを取り出したんだ。
オレは随分前に、化学薬品の工場に入れた話をあれこれしたんだな。工場はどれぐらいの敷地で、警備するエリアはどれぐらいとか、ロボットを管理するヒトの数は何人とか。するとT少佐は、へぇ、米国のスターダイナミクス社のロボットの5分の1で済むんだ、って軽ーく話すわけ。スターダイナミクス社のロボットなんて、知る人ぞ知るってロボットで、日本ではまだほとんど知られていないんだよ。
なんで海上自衛隊出身の研究者がそんなの知ってるんですか?って聞いたら、ジプチで入れようかって検討したことがあるって言うんだよ。ジプチって、アフリカのソマリア沖で海賊対策のための拠点があって、自衛隊や協力する各国が拠点を置いてる場所なんだ。
拠点と言っても、要するに世界基準じゃどう解釈したって基地だよね。これを拠点と言い張るロジックを考えるところが、いかにも自衛隊だよね。
話を元に戻すと、ジプチに駐留する各国の軍隊は、基地を守るための兵員を割くけど、そこを効率化したいわけ。効率化で一番手っ取り早くて効果があるのが、自国の兵隊をいかに殺さず、ケガをさせないことなんだ。兵隊一人を育てて海外に派兵するのに、莫大な金がかかる。兵隊が死のうものなら国内世論に与える影響が大きい。だから兵隊にはなるべく危ない仕事はさせたくない。危ない仕事は、機械やロボットに任せようってわけ。
日本の展示会では、警備ロボットなんて言ってるけど、海外ではちゃんとディフェンス、つまり軍事に使えるって明記してある。日本では監視カメラが付いてるだけだけど、そこに小火器を載せたり、爆弾を積んだりすれば、兵器として十分に使えるわけ。そんな発想はオレにはないから、金づちで頭を叩かれたような衝撃を受けたよ。
そりゃそうだよね。海外で、たとえば今のウクライナでドローンと言えば、偵察用のおもちゃのようなドローンもあるけど、重宝しているのは戦闘機並みの大きさの攻撃用ドローンなんだ。東日本大震災で被災した原子力発電所の上空を撮影したのは米軍のドローンで、小型飛行機並みの大きさのものなんだ。小型潜水艦みたいなドローンだってある。
ロボットメーカーも、国内向けには積極的には開示していないけど、カメラだけでなく、重さの制限こそあれ、何でも積める。殺傷力がある兵器だってね。少し考えれば、当たり前の事なんだ。
軍人って、リアリストなんだね。最新の技術を見せられると、国防に使えないかって考えるらしい。それは自国の軍隊であり、国民であり、国そのものを守ることなんだけどね。
民間人のオレには、そういった発想は全くなかったなぁ。でもT少佐には、一番しっくりくるものの見え方なんだ。最新技術はどんなものか、その技術は民生品にどれぐらい転用できるのかって。そういえばロボット掃除機のルンバだって、元は軍事技術の転用だからね。研究費を賄うために、民生品に仕上げて売り出したんだもん。
T少佐とはその後も、機会を見つけてはあれこれ情報交換してる。モノの見え方って、その人その人で違うから、いろんな意味で新しい発見があって面白いよ。もっとも、仕事の話はほとんどなくて、全国のうまい酒やサカナの話がメインなんだけどね。
――たしかに。インターネットだって、元は軍事技術だって言いますもんね。SUVだって、ルーツをたどればジープ、つまり軍用車ですからね。腕時計だってネクタイだって、軍人が使い出したって聞きますし。立場が違えば見え方も違う。見え方こそが、その人の視点なんでしょうねぇ。ほかにも料理はたくさんありますから、今夜はとことん、お付き合いしたいしますよ。
■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。