お好きでしょ、こんなのも……!?
お嫌いですか、ロボットは?#71 フツーじゃ無理だよなぁ、フツーじゃ。
――いらっしゃいませ。
マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。
――おや? 今夜もお疲れのようですね。年度末ですが、仕事の区切りはつきそうですか?
いや、そうじゃないんだよマスター。ウチは一応は外資だからさ、1月から12月までの1年間で区切るから、日本企業のような3月の年度末はほぼ関係ないんだよ。けど、来週から新入社員が来るって連絡がおとといあって、突然のことに大慌てでさ。急いでパソコンと名刺を発注して、名刺を発注する段になって、初めて履歴書を見て名前を知ったよ。営業のマミちゃんは、やっと後輩ができると喜んでいるけどさ。年金や健康保険の手続きとか、これまでそんな管理仕事なんかやった事がないからホント大変でさぁ。
――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「牛タンのさくらスモーク」かぁ、へぇー。よく分からないけど、春でサクラなんだね。今年はあったかくなるのが早くて開花も早かったから、今週末でサクラも終わりかねぇ。葉桜になると、いよいよ青葉がまぶしくなって夏に向かっていくんだよなぁ。そうそう、このご時世でウチの新人も、マミちゃんみたいに長く勤めてくれるといいなぁ。ヨソでは「若い社員がすぐ辞める」って悩んでいるらしいねぇ。そう言えば思い出すよ、羽島建設の案件を。あのおかげで、3年で3割辞めた社員が、辞めなくなったんだよなぁ……。
職業には、職業それぞれのプライドがある。何々の仕事をした、初の何々をこなした、何々を達成したなど。ゼネコンマンのプライドのひとつに「地図に残る仕事」というものがあるらしい。それまで載ってなかった道路や橋、建物の名前が、完成を機に新たに地図に書き加えられる。ゼネコンマンにとって現場の「安全第一」の達成に次ぐプライドの礎(いしずえ)らしい。オレにはそういったプライドはよく分からないけどさ。
この前の東京五輪の前だから、5年ぐらい前かなぁ。東京の臨海部に、選手村のマンションが建ち並んだじゃない。新しくなった競技場もそうだったけど、選手村の建設も、人手不足で思うように作業が進まず、ゼネコンの担当者は完成まで、冷や冷やし通しだったらしい。
羽島建設で現場監督を務めた田嶋君もその一人だった。しかも、その田嶋君も、辞めた先輩の穴を埋めるために急遽、別の現場との兼任の形で監督に指名されたのだった。「東京五輪の選手村を作った」と、本来なら胸を張れる仕事で、やりがいもひとしおだったと思う。生まれたばかりの娘にも、将来は自慢できるしね。けれども胸を張れたり、やりがいや達成感を感じるより、肉体的・精神的な苦痛の方が上回ったらしい。それほど五輪施設の現場はきつかったのだ。
田嶋君は、選手村の1棟の監督に指名された時点で「フツーじゃ無理だよなぁ」と感じ、とある覚悟を決めていた。ある覚悟と言っても、具体的な案は何もない。フツーじゃない方法を取らなきゃ、完成まで見届けられず、先輩と同じく辞めた監督の一人になるだろうと。フツーじゃない方法とは何か? そればかりずっと考えていた。
そこでふと思い出したのが、前の現場近くの定食屋で相席だった、くたびれたスーツを着た汗かきのおじさんだった。「ここ、相席いいですか?」と聞かれたと思ったら、返事も聞かずに自分のアジフライ定食のトレーを置き、プラスチックのコップにお茶を入れはじめたのが見えたらすかさず「お兄さん、お茶がカラだけど、入れとこうか?」と聞かれた。味の濃いニラレバ定食を食べてた田嶋君は「ありがとうございます。いただきます」と礼を言ってコップを差し出した。
そしたらそのスーツのおじさんは「田嶋さんってさ、そこのマンションの現場の人? あそこは良さげだね。朝方に通りすがりのオレにもあいさつしてくれるもん」って言うんだ。何で名前を知ってるのかと驚いたけど、作業着の胸のネームプレートを付けたままだった。
「ありがとうございます。そうです、そこのスカイハイツの現場監督しています」と言ったとたん、それからあれこれ質問攻めにあった。
スーツのおじさんは「いやね、私こういう仕事をしていましてね。人手を使ってでしかできないキツイ仕事を、自動化してラクしましょう、って仕事をしているんですわ」といって、胸ポケットから少し角が折れた名刺を差し出した。
そう、田嶋君が思い出したスーツのおじさんって、オレのことね。
でさぁ、田嶋君から話を聞いて選手村の現場を見に行ったよ。ヘルメット被ってさ。建設現場の自動化なんて初めてだからさぁ。何ができるのか、何が求められているのかなんて、まるで見当がつかなくてさ。建設業界は建設業界で、建機メーカーなんかと組んだ自動化ってのが、独自に進化してるのよ。初めて見るようなものばかりでさ。まずは、選手村で一番建設が進んでいる現場に連れて行ってもらって、二番目、三番目と進み具合を見せてもらったわけ。
そこであれこれ聞いた話の中で印象に残った言葉がさ「足場士」って言葉なんだ。
マンションやホテルってさ、まずは鉄骨とコンクリートでドンガラの建物を作るじゃない。そのあとに内装工事を進めるわけなんだけど、電気やガス、水回りとか、それぞれの専門分野ごとに業者がいるじゃない。その業者の人たちそれぞれが、自分たちが作業をしやすいような足場を組むんだ。例えば、同じ部屋の中で3回も4回も、よそ者からしたら大した違いもない、違いが分からないような足場を組んだり、解体したりを繰り返すんだ。そりゃそうだよ、それぞれの専門業者が自社の備品の足場を持ち込むんだもん。
それを担うのがさっきの「足場士」で「3次元の魔術師」とか「空間士」とも言われるんだ。足場士は足場士で、ゼネコンとは真逆で「仕事をした痕跡を、現場に一切残さない」というのがプライドなのさ。痕跡を残すってことは、傷や汚れを残すことになるからね。
だからオレ、田嶋君に言ったんだ。「足場を田嶋君のところで面倒を見て、共通の足場で作業してもらったら?」って。作業手順やスケジュールはゼネコンが決めるわけだから、共通の足場で作業をしてもらって、使いにくさは部屋やフロアが変わるときにカイゼンしていけばいいんだからってさ。
予想通り、電気やガス、水回りの作業をするそれぞれの職人たちからは「ああだ」「こうだ」と文句が出たらしい。でも元請けのゼネコンから言われたら、その手順通りやるしかないわね。はじめは混乱したけど、途中で、作業手順や足場の仕様を見直しながら、低層階から高層階へと作業を進めていくと、思いのほか手際よく進んだらしい。
もうひとつ、SIerとしてオレが提案したのが、正式発表前だった「天井施工ロボット」だった。
2台のロボットが通信し合って、正しい位置情報を指示しながら、吊(つ)りボルトやT字バー、天井板の運搬と施工、つまり、現場まで運んで天井板を張りつけるまでを自動でやってくれるものなんだ。
その現場の状況判断をして、資材の運搬や位置確認、その後の施工を担当するロボットと、現場までの自動運転や位置の調整、ロボットや作業員との衝突回避とか、全ロボット共通の台車ロボットとを組み合わせた。機能を分散することで、それぞれのロボットを小型化して、現場への搬出入も楽なんだ。都会の建設現場って、現場に出入りするトラックなどの車両管理がけっこう大変なんだ。でかいトラックを路上駐車したら、近隣の住民からすぐに警察に通報されちゃうし。
で、田嶋君はどうしたって? 仕事はちゃんと地図に残ってるよ。選手村はその後売却されてタワマンの名前に変わったけど。小さな娘には、グーグルマップのストリートビューとか立体画像なんかで自慢しているらしい。オレが提案した工法やロボットも、現場で認めれて使われ始めてるっていうんだ。今じゃどこも人手不足だしね。便利だと思ったら使ってくれたらいい。オレなんかそう思うけどね。
――職人は口数が少なくて気難しさを感じますけど、専門分野が違っても、職人同志は敬意を払って付き合いますし、根は同じだからすぐ打ち解けて意気投合しますよね。現場監督に対しても遠慮がないからぎすぎすした雰囲気になりますけど、「根は同じ」と感じたら、監督を立ててくれますからね。この前も言いましたけど、がんばってる若い人には、つい応援したくなりますね。まだまだ話は尽きないようですね。今夜もとことん、お付き合いしますよ。
■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。
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