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お好きでしょ、こんなのも……!?

割引あり

お嫌いですか、ロボットは?#85 暑い日は何もせず、だったらいいのに……。


――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? 今夜もお疲れのようですね。しかも今夜も汗だくで。大丈夫ですか?
 いや、そうじゃないんだよマスター。そろそろ夏休みじゃない。って、オレじゃなく客の方ね。客が夏休みを取る前に、まとめられる話はまとめておこうと思ってさ。休みから戻ると客も、あれっそんな話だったっけ? なんてすっとぼけるから、今のうちに言質取っておこうと思ってさ。今日も朝から5件も客先を回って、まるでブラック企業の新人営業マンみたいに働いてきたよ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「カマスの一夜干し」かぁ。へぇー! なんだかうまそうなんだけど、バーじゃなくて割烹のメニューみたいだね。今が旬なの? 温暖化とか環境とか、面倒くさいこという人が多いけど、日本は物流網がしっかりしているから、国内のどこかで旬を迎えたら、大体の物は全国に届くからねぇ。オレは産地にこだわらないから、日本中の旬のうまいものが食べられたらそれで満足なんだけどね。それにしても物流現場って、今じゃとんでもないことになってるんだよなぁ……。


 むかしから、日本に限らず世界でも、トラック輸送ってのは不人気業界でね。航空や海運なんかに比べて、給料が安くて仕事がしんどくて、長時間労働なんだ。そりゃそうだよねぇ、朝10時に配達って言えば10時前後に持ってきてくれるし、夜の9時にと言えばその前後に持ってきてくれる。

 再配達だって、手元のスマホから自動で受け付けてくれる。「ダメです!」「ムリ!」って絶対に断られない。長距離輸送は真夜中だから、いくら役割分担があるとはいえ、そりゃあ、しんどい仕事だと思うよ。最近じゃ、重いものやかさばるものはネットで注文なんて人も増えたし、運ぶのがしんどいものが、どんどん運送会社に回ってくる。

 大手の運送会社なら、夜の宅配業務は外部に業務委託として回すから、ますます中小業者の仕事はきつくなる。経済原理だから仕方ないんだろうけど、大手と中小じゃ、同じ物を運んでも給料が全然違う。

 トラック輸送の次にしんどいのが、倉庫の物流センター業務かな。アマゾンドットコムの物流センターにフリーのジャーナリストが潜入取材して書いたルポで、仕事のしんどさが一般にも知られるようになった。

 それを見越したように、本国の米国ではロボットの導入が進んだ。1960年代から集荷作業を機械化した自動倉庫はあったんだけど、米アマゾン・ドット・コムが2012年に、物流ロボットの大手メーカーを買収して以降、自律走行タイプのロボットの現場投入が進んだ。これが知られると、世界の物流ロボットの市場規模は倍増したんだ。

 そして、一連の中国発の流行り病が、物流センター業務でのロボット導入を爆発的に普及させたんだ。割増された失業手当をもらった労働者は、誰もきつい仕事なんてしたくない。仕事なんてしなくても、余りある失業手当で株にでも投資した方が、働くよりもうかるんだから。

 そうこうしているうちに、倉庫作業員の時給は米国でも最低賃金から一気に20ドル程度まで上がり、今もまだ上がり続けている。アマゾンがいくらロボットを入れて省力化を進めても、ヒトが集まらない。そうこうしているうちに、センターの商品棚を歩き回って指示通りピッキングする作業から、機械の前に立ってりゃ、ロボットが勝手に商品を持ってくるようになった。ヒトはそれを箱に入れるだけ。それでも時給で25ドルだったり、30ドル近くもらえる。もちろんその分、物価も高くなったんだけどね。

 日本でもようやく、1000~1300円ほどだった物流センターの時給が、人手不足の深刻化で急騰してきた。1人当たりの採用コストが50万円ともなれば、随分と安くなってきたロボットを導入した方が手っ取り早い。50万円かけて採用しても、3日で辞められたんじゃ、人事担当者は目も当てられない。

 だから最近じゃ、物流センターのロボット導入が、せっせとPRされている。まぁ早い者勝ちだよね。そのうちに中小業者にも、同じようなロボットやシステムが導入されるんだから。そうやってPRしなきゃ、社員もパートもアルバイトだって集まらない。「おたくだけじゃないから……」のセリフは、かつて採用担当者から求職者に向けられたセリフだったけど、今じゃ求職者から採用担当、いや役員面接に並ぶ社長に向けられるセリフとなった。

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