ロボットなんて大っ嫌い!
お嫌いですか、ロボットは?#28 祝!宣言全面解除(中)
――いらっしゃいませ。
マスター元気? いやぁ、今週も疲れたわ。先週も言ったけど、今月20日から名古屋で展示会があって、その準備に追われててんやわんやだよ。まぁ、先週から緊急事態宣言が解除されて開催は確実だから、「中止」や「ウェブ開催」を心配しなくていいのが救いだけどね。それでもずっと疲れっぱなしだわ。
――いつものでいいですか? ジャックソーダ、いやジョンソーダでしたっけ?
うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。え~っと、今夜のおすすめは「ズッキーニとチキンのトマト煮込み」か、いいねぇ。今年は暑さが続くから、今も旬なんだね。今夜もJBLスピーカーとアンプが、いい音してるねぇ。そういえば、何かの話の途中だったよね。あ、そうそう梶が谷運送、今は社名が変わって「梶が谷トランスポート」の件だったね。あれこそ、追い込まれた挙句の、必死の自動化だったなぁ……………。
厚木街道沿いにあった、当時の「梶が谷トランスポート」。オレが呼ばれたのはまだ機械商社勤めの時で、社名もまだ梶が谷運送だった。大手酒造メーカー「イチノトリ」に可愛がられて一気に業績を伸ばした運送会社だった。酒類を扱う運送会社って、とにかく仕事がキツイんだ。液体が入った容器って、実際の重量以上に重く感じるし、ビン同士もケースの中で微妙に揺れるから、持ち運ぶのが相当大変なんだ。
誤って輸送途中に割ってしまおうものならもっと大変。流れ出した酒の処理より、濡れた作業着のことよりも、まず真っ先に割れたビンのフタを探し出さなきゃならないんだ。ビールなら王冠、日本酒や洋酒ならキャップ、ワインならコルクだね。今はどうだか分からないけど、当時はこれをメーカーに返却しないと大変だったんだ。
酒類は製造後、出荷した時点で酒税がかかる。今はどうか知らないけど、当時はフタを見せて売り物にならなかった事を証明できなきゃ、売れなかった酒にも酒税がかかる。酒造メーカーにとっては、これが結構バカにならない金額なんだ。逆に税務署は、破損したと偽って闇で転売したり、酒税の徴収漏れだけは避けたいから管理も厳しいんだ。
運送会社の営業担当は毎回、荷主の酒造メーカーに対してわび状を兼ねた始末書と、破損したフタを返却しなきゃならん。フタがなければ、始末書に加えより詳細を記した顛末(てんまつ)書を添えなきゃならない。
鉄道コンテナや大型トラックでの輸送中の破損事故ならまだしも、酒問屋や店舗への配送時は本当に大変なんだ。マスターのこの店は半地下のフロア以外はエレベーターで行けるけどさ、4階建ての古い雑居ビルの居酒屋なんてエレベーターのない店も多い。
狭い階段を上がらなきゃならんし、ましてや雨なんか降った日には、道路も階段も滑るからね。トラックから荷物を降ろすときだって、雨に濡れて荷物同士が滑るから、勢いがついてそのまま地面に落としたりね。店内だって、客から見える場所はキレイに見えても、厨房の中はお構いなしで、衛生管理の面から床面に水を流して掃除する店もあるからね。
定着率の低さ――。梶が谷だけでなく、運送会社や倉庫会社などの物流企業の多くが、この問題を抱え続けている。ヤマト運輸や佐川急便、日本通運などの大手企業は集荷、つまり荷物を取る営業部門などのコアな部分を自社に残し、手間のかかる長距離輸送や末端の配送部分を子会社や協力会社に委託している。
でも、梶が谷のような卸や店舗などの配送部分をコアに据える会社は、なかなか子会社や他社に委託できない。できたとしても、大手の酒類卸会社に大量に納品する部分ぐらい。一般にはあまり知られていないが、居酒屋やバーなどの店舗への配送は、店主から店のカギを預かり、店主が出勤する前に、店舗に配送している。配送する客の店の鍵の束を、防犯面でも他社に委ねるわけにもいかない。まぁ、マスターは水商売だから知ってよね。
では、酒造メーカーの商品を大量に保管する、物流センターでの業務はどうだろう。ここ20年ほど、外資を含む倉庫系の物流会社が、5階建て、6階建ての巨大な物流センターを開設し、複数の依頼主のセンター業務を代行している会社もある。しかし、こうした会社は缶入りの商品ならともかく、割れやすいビンの商品はなかなか扱いたがらない。ましてや、ウイスキーやワインとか、海外から輸入する商品はね。
日本みたいに、何もかもがきっちりしている国ならともかく、特に欧州や南米からの荷物には時々“ネズミ”がたかるようでね。現地からはケースごとに決まった本数の酒が出荷されたはずなのに、なぜか途中でネズミがたかって、そのままどこかに行ってしまう。本数が足らなかったり、本数は合っても何本かは空瓶だったり。さっきの破損事故の時のように、国をまたいだ酒税の処理となると、何かと面倒くさいんだ。そんな事情もあって、洋酒の輸入や通関代行などは、倉庫系の物流会社はやりたがらないんだ。
――業界によって、いろんな裏事情があるんですね。ウチも酒を扱うんで先を聞きたいんですが、来週いっぱいまで午後9時までしか営業できません。今夜は看板。続きは来週にでも聞かせて下さい。
■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。(2021年10月8日(金)にウェブマガジン『ロボットダイジェスト』に掲載されたものです)本家の掲載『お嫌いですか、ロボットは?』がなぜか読めなくなり、問い合わせが多かったので、一時的にこちらで掲載します。本家での掲載が復活したら、こちらでの掲載は破棄します。悪しからず。
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