お好きでしょ、こんなのも……!?
お嫌いですか、ロボットは?#67 セントレアの空港島で(中)
――いらっしゃいませ。
マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。
――おや? 今夜もお疲れのようですね。それに、今日はもうコットンのスーツですか? 春ですね。
いや、そうじゃないんだよマスター。立春も過ぎたんで、そろそろ着るものでも整理するかってタンスを開けたらさ。虫食いで襟に穴が開いたスーツを見つけちゃって。嫌~な気がしたんで一着一着見ていったらさ、大昔に奮発して買った、高かったものから虫食いが見つかってさ。少しでも程度のいいものはないかと探して出てきたのがこれなんだよ。さすがに虫も、綿までは食べなかったみたいでさ。
――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「ふきのとうとうどのマスカルポーネグラタン」かぁ、ひらがなだらけだけど、洒落てるねぇ。和食だか洋食だか分らんけど、それもらうわ。そう言えば先週出してくれた、くじら何とかだっけ? あれもうまかった。まだあったらそれもちょうだい。先週、久しぶりに店に来たけど、マスターの店はな~んかこう落ち着くんだよなぁ……。
例のほら、セントレアの空港島で去年開催された展示会の会場でさ。アラキ・ヒューマニティーセンターの、山田なんとかってディレクターにあいさつされたって言ったじゃない。バカ丁寧なぐらい慇懃(いんぎん)でさ。展示会場に見合わない、濃い紺のスーツをパリッと着こなした奴でさ。
だいたい展示会って、どこもだだっ広い会場だし床がコンクリートだから、スーツを着てても靴は歩きやすいスニーカーだったり、今はやりのウォーキングシューズだったりするもんなんだ。
それがさ、山田なんとかは歩くとコツコツ音を立てる、ぴっかぴかでいかにも高そうなこげ茶色の革靴履いてんのよ。しかも今どき革底だよ。開会式に来た来賓だって、あいさつした知事以外は誰もそんな高そうな靴なんか履いてないのに。
声をかけられたのが開幕2日目だったんだけど、会期中はオレもまあまあ忙しかったから山田なんとかの事なんかすっかり忘れてたんだ。来場者がただの冷やかしか、商売に結び付くかの見極めって、結構むつかしいんだよ。展示会が終わっても、オレたちには後片付けがあるしね。
来場者には分からないだろうけれども、展示会の撤収作業ってのは、設置作業の比較にならないぐらい皆が殺気立ってて戦場みたいなんだ。閉幕が夕方でしょ。そこから片付け始めるから、出展者だってあまり遅くならないうちに帰りたいじゃない。連日立ちっぱなしで、そもそも最終日は疲れがピークに達してるわけだし。
設置作業の時は、これから展示する見世物を扱うわけだからとにかく作業が慎重なんだ。壊しちゃいけないのはもちろん、キズや指紋の曇りだってつけちゃいけない。床に敷いたカーペットだって、開幕前にキズをつけちゃ気が滅入るじゃない。ブースの装飾だって、これから来場者に見てもらうわけだから、何をするにも慎重さ。
撤収は違う。展示品さえケースにきちんと収めさえすれば、残りはどうなってもいいわけ。ブースの装飾は一回切りしか使わないから、あとは壊して捨てるだけ。カーペットだってそう。テーブルだの、応接セットだのってのは全部リースだからね。使い終わったら扱いは荒っぽいもんだ。
展示会の出展ルールなんてお構いなし。通路さえ開いてりゃ、順番なんてお構いなしに、片づけた荷物を一気に運び、外で待たしてるトラックに積み込んで終わり。あとは週明けの月曜にでも、届いた荷物を片づければいいかなって。それで、セントレアのコンビニで買った缶ビール片手に名鉄に乗って、特急の指定席でやれやれと思った時に思い出したんだ。
あれ、そう言えば山田なんとかって妙なヤツにあいさつされたなぁ……、ってさ。
まっ、でもようやく、必死に準備してきた展示会が終わったわけだしさ。名鉄を降りて駅前の居酒屋で軽く飲んで帰り、そのまま疲れて風呂にも入らずバタンと寝ちゃったんだ。
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