お好きでしょ、こんなのも……!?
お嫌いですか、ロボットは?#102 誰もいない店内に……。
――いらっしゃいませ。
マスター元気? 先週はごめんね。いやあ、今週もほんと疲れたわ。
――おや? 今夜もお疲れのようですね。今日は帽子まで被られて。
いや、そうじゃないんだよマスター。ここんところ、暦なんて気にかけていられないほど忙しくてさ。先週も寒い中ずっと、出張で展示会を回ってたんだけど、ある人に「帽子をかぶると想像以上に暖かいですよ」なんて言われてさ。だまされたと思って、帰りに東京駅の上の百貨店に寄って帽子を見に行ったら、店員にこれを勧められてね。ツイードの鳥打帽みたいなんだけど、これがあったかくてさぁ。手放せなくなっちゃったよ。毎日おんなじ帽子じゃアレなんで、先週末に帽子屋を見つけて、おんなじような色違いの帽子を買っちゃったよ。見た目はおっさんみたいなんだけど、まぁれっきとしたおじさんなんだからいいやって。ここのところ毎日かぶってるんだよぉ。
――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「かぼちゃとベーコンのホットサラダ」かぁ。あ、そうか、昨日は二十四節季の冬至だったんだね。だからなんきん、カボチャなんだ。旬の今はスーパーの店頭で、おいしそうな色をしたカボチャが並んでいるもんね。うまそうだから、買おうか買うまいかいつも悩むんだけど、結局は買うのをやめちゃうんだよね。おじさん一人でカボチャを一個丸ごとは、なかなか食べきれないからねぇ。スーパーと言えばそうそう、スーパーマーケットやドラッグストアはここのところ、人手不足で店員が集まらないだけでなく、例の“流行り病”の前と比べて、客足は戻ったのに売り上げも利益も減ってるんだってさ。あれこれ聞いて回って調べてみたら、えらいことになってるんだねぇ……。
そっか、マスターは店の仕入れがあるから、日常的にスーパーや食材の店に通ってるんだよね。40、50代のおじさんと言えばだいたい、ヨメの買い物に運転手兼荷物持ちとして連れていかれるぐらいで、品ぞろえがどうだとか、鮮度がどうだとか、あまり気にすることはないだろうね。
オレだってかつて結婚してたころは、最初は買い物かごを持ってヨメの後ろを歩いて、それを幸せな生活と勘違いしてた時代もあったし。それが勘違いだって気づいたのは、週末に好きな料理を自分で作るようになって、おいしそうな食材を自分で探し始めたころからかなぁ。それまでは旬や鮮度なんて感心がなくて、言われたものを言われた数や分量だけ、買ったらよかったし、せいぜい賞味期限ぐらいは気にするだけで、値段さえ気にしたことはなかったもんね。
話がそれたから元に戻すと、仕事帰りにスーパーやドラッグストアに行くとさ、商品棚が空っぽとまでは言わないけど、スカスカになってることが増えたと思わない? 閉店時間までは、まだ2時間ぐらいあるのにさ。
この前も、紙パックの焼酎を買って帰ろうと思ったら、芋焼酎はすべて売り切れで、麦焼酎のちょっと高価なものしか棚になかったわけ。麦でもいいけど、やっぱり芋だなと思って、試しに店員に聞いてみたんだ。
お兄さん、この芋焼酎が欲しいんだけど、奥に在庫が残ってないですかねぇ、ってさ。そしたら、あ、ちょっと見てきますね、と言って、バックヤードに消えていった。
そしたらものの3分もしないうちに戻ってきて、ありました!1本でいいですか? なって言いながら、12本入りの段ボールごと持ってきてくれたんだ。
ほれ、おれも一応、管理職の端くれだから、店員に言ったんだ。お兄さん、商機を逃すところだったね。在庫を切らしたら、店長や本社のエライ人に怒られないの? ってね。
そうしたらその店員が言うには、全店舗共通の受発注システムで店頭の在庫まできっちり管理してるんだけど、肝心な商品を並べる店員がいないんだ、って言うんだよ。ああ、そういうことか!っと納得したよ。
いまどきのスーパーはどこも、系列スーパー全店共通のシステムが完備されてて、店舗間の物流はもちろん、市況と連動したバイヤーの買い付けシステム、店舗で使うトレーやラップ、氷の発注、店舗での在庫に応じた冷蔵庫の温度管理までできるシステムが整えられているんだ。システムは完璧なんだけど、店頭に商品を並べる店員がいない。バックヤードでは店頭に並べ切らない商品が、カゴ付きの台車に積まれたまま、ずらりと並んでいるんだ。
じつはその台車だって、本来は店舗への配達の後に、ドライバーが空の台車を引き取る仕組みなんだけど、商品が台車に積まれたままだから、回収しきれていないんだ。つまり、物流部門では余分な数の台車の在庫を持たなくちゃならない。台車の保管スペースだって、店や物流センターに確保しなきゃならないんだ。たかがアルバイトやパート店員不足の話だけじゃないんだよ。
だから行ったさ、日を改めて後日、そのチェーンスーパーの本部に。お困りですよねぇ? ってさ。
要するに、オレの提案はこういうこと。開店前の真夜中から早朝にかけて、スーパーの物流センターから各店舗のバックヤードに台車に載せた商品が届くわね。今どき商品だけ手降ろしなんてことはないから、各店舗までカゴ付き台車で運ばれる。だから、カゴ付き台車への商品の積み込みを、各店舗にある売り場の陳列棚ごとに変えてもらう。
そのうえで、店舗には自律走行搬送ロボット(AMR)を用意してもらって、カゴ付き台車の下にもぐって、売り場の棚まで自動で運んでもらうことにした。開店前に店員が出勤すると、陳列棚の前にカゴ付き台車が待っててくれて、店員は目の前の棚に商品を並べるだけでいい。
空になったカゴ付き台車は、AMRが順番にバックヤードに片付けてくれる。店員は店頭とバックヤードとを台車を引きずって行き来する必要はない。開店時間の前までには、陳列作業はあらかた終えられる。今のAMRはかしこいから、カゴ付き台車を自動で畳む機械まで自動で運び、畳んだカゴ台車を一カ所に整理して並べてくれるんだ。
初めは開店前だけ、AMRを使った陳列作業してたんだけど、今じゃキャラクターのカオを張ったAMRに回転するパトライトまで付けて「台車が通ります。ご注意ください!」って自動音声でしゃべらせて、夕方のかき入れ時の前にも棚に商品を補充してる。
ちょうどその時間帯は、親が子どもを迎えに行ったあとの買い物の時間にあたるから、AMRを見た子どもも喜んでるよ。ふだんなら、買い物に付き合わされる子どものご機嫌取りが大変んなんだけどね。チョコレート菓子を買い与えたりとかね。
おかげでそのスーパー、売り上げだけで前年同月比で2割も増えたんだってさ。逆に言えば、これまでは2割も機会損失、つまり店頭に並んでさえいたら上げられたはずの売り上げなんだ。これまで集まりにくかった店員も「あの店はロボットが入っているから仕事が楽」とウワサが広がって、これまではバックヤードでの力仕事を任されることが多かった大学生のアルバイトも増えたらしい。で、学生をレジ打ちや接客係に回したら、若いイケメン店員が多い店って、女性客も増えたらしい、っていうのはあくまでウワサ、なんだけどねぇ。
――たしかに、最近じゃドラッグストアやスーパーで売り切れの棚が多いなぁと感じていました。陳列する人がいなかったんですね。限りある人員をうまく使うためにも、ロボットや機械に任せられることはやらせる。たにがわさんグッジョブ!ですね。まだまだ話は尽きないようですが、今夜もとことんお付き合いしますよ。
■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。
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