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お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#118 どこからともなくやって来る

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――おや? 今夜はスーツじゃなくてポロシャツにジャケット姿なんですね。すでに赤ら顔で、何かの集まりの帰りですか? そういえば先週は祝日に店にいらっしゃったとか。隣の割烹の女将が「たにがわさんが来てたわよ」って言ってましたけど…。

 この界隈じゃ悪いことできないなぁ、必ず誰かに見られてるんだから。いや、そうじゃないんだよマスター。今日は得意先からゴルフに誘われちゃって、終わってからクラブハウスでビール飲んできたところなんだ。バックは宅配便で送って、身軽になって出てきたんだよ。得意先がメンバーのゴルフ場は老舗で、今どき珍しくルールが厳しいんだよ。ショートパンツの時はひざ下までのホーズにしろとか、パンツにはアイロンかけろとか、女性もクラブ内はスカートを履けとか。今どき珍しいでしょ。リベラルな人が聞いたら激怒しそうだよねぇ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。

 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「ホタルイカとワカメのからし酢味噌あえ」かぁ。もうそんな季節なんだねぇ。どれどれ、うんたしかにうまい。冷酒に合うのは当然だけど、ウイスキーでもいいね。一時期仕事で一年半、富山に通いつめたけど、北陸はホント、海の幸の宝庫だね。町のローカル回転ずし屋でも外れがないもん。何を食べても、どこで食べてもうまい。どこと言えばそうそう、オレたちの業界では今、どこからでもやってくるんだよねぇ……。


 仕事柄よく展示会に行くんだけど、最近はカタカナやアルファベットの聞いたことがない名前の会社が多くてね。初めは、中国や韓国の会社だろ、ぐらいにしか思っていなかったわけ。ブースの展示も、あまり熱心に見ることもなかったんだ。

 それがさ、最近は違うんだ。ちゃんとした日本の企業で、創業から何十年もたつような立派な会社で、手に取ってみたら、これが結構しっかりしたものなんだ。

 なんで急にこの分野で仕事を?って聞いたら。いやぁ、ロボットは注目されていますからねぇ、ってさ。この前なんか、タイヤメーカーがガチでロボットハンドを展示しててびっくりしたよ。タイヤ作ってるぐらいだから、当たり前だけどゴムにめっぽう詳しいんだ。

 大会社だから、ブースは大きいし、デザインは洗練されているし、そのうえ出展製品も美しい。オレたちみたいにずっと製造現場にいる人間には、それだけでまぶしすぎるんだ。説明員の説明は明快だし、ロジカルだし、オトコはイケメンだし女性は美しい。今どきルッキズムだなんて言われるけど、その通りなんだからしょうがない。まぁ、実際にその会社の商品の良し悪しなんて、使ってみなきゃ分かんないんだけどさ。

 別の展示会では、機械加工用のジグを作ってたところがロボットハンドを作ってたりとか、そのハンドを置く台を作ってたりとか。ほんと、いつの間に?って、どこからともなく新規で参入して来てるワケ。この前なんか、400年も続く老舗中の老舗の鋳物の会社が、ロボット用の機器を出展しててびっくりしたよ。随分とあか抜けたなぁって。
 

 でもこれって、業界にとってはとてもいい事なんだ。既存の会社も新規の会社も、自慢の品を持ってきて競う。これがあるから発展するんだよね。正本で競合しても、そこから競争が起きて商品も磨かれる。
 
 逆に、新規参入がないような業界は、活気を維持するのが難しいよね。外国からでもいい、異業種からでもいいから、業界内にざわつきを起こすような会社が現れると、良くも悪くも活気づくから。

 活気づくと言えばそうそう、例のZ世代だよ。この前尋ねた会社では、入社5日目に辞めた新入社員がいたらしい。4月1日の入社式の後にそのまま研修が始まり、5日目の金曜の午後に配属先の辞令が出て、その数分後に人事部の担当者にLINEが届いたらしい。営業に配属されるなんて聞いてないから辞める、ってさ。その会社は本人の希望だとか要望だとかを、事前に全く効かない会社だったんだよね。

 こういうZ世代に対するネガティブなニュースや話があるけど、オレは結構好意的に見てるんだ。まぁなんて言うの、こういうヤツが現れると、現場は「なんでだろう?」って考えるわけだし、一瞬でも緊張感が走ってピリリとするじゃない。「あ~、これだからZ世代は…」なんて考えるんじゃなく、これまでのあたり前がなぜあたり前になったのか、なぜ当たり前として長く続いたのか、一度でも考える、いいチャンスだと思うんだよね。

 そうすれば、さっきの話じゃないけど、ロボットの分野で通用する商品を作ろう、だとか、機械業界に食い込めるものは? なんて考える変人も、社内から出てくるかもしれないのに。

 パワポの資料だけはやたら上手くて、現場の事はまったく知らず、興味もないようなコンサルタントの意見を聞いて、その通りのことをやらされるよりも、どこからともなく社内の変人が上司や仲間を巻き込んであれこれ始める会社の方が、おれは健全だと思うけどなぁ。

――たしかに、この店の辺りでもいろんな店が出ては消えていきますけど、そうして新規で店を出そうって人がいるうちは、この街は健全なのかもしれません。辞めるに辞められない店ばかりだったら、活気も生まれないでしょうしねぇ。ロボットの業界でも、いい効果を生むといいですね。まだまだ話は尽きないようですね。今夜もとことんお付き合いしますよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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たにがわじろう
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