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お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#67 セントレアの空港島で(上)

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? ご無沙汰! いやあ、ほんと疲れたわ。

――た、たにがわさんじゃないですか! お元気でしたか? 今夜もお疲れのようですね。半年ぶりですか。ずっと無理を重ねてらっしゃったんでしょう? お疲れさまでした。
 いやいや、そうじゃないんだよマスター。何から話したらいいのかな。そう、とにかく会社を変わったんだ。なんとこのオレが、外資だぜ。

――長話になりそうですね。まずは一杯。いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「くじらのねぎしょうが炒め」かぁ。いいねぇ、くじらかぁ。年明けに広島の呉で食べたよ。あの辺りはよくくじらを食べるみたいだね。

――ご存じかどうか、今日は節分。明日から立春で新たな季節を迎えるんです。山口県辺りでは、節分に鯨肉を食べる風習があるようです。私も最近、すっかりくじらに魅了されているんですよ。
 じゃあ、それもらうわ。マスターの博識ぶりは、いつも感心するよ。久しぶりに店に来たけど、な~んかこう落ち着くんだよなぁ……。


 例のほら、セントレアの空港島で去年開催された展示会の会場でさ。2日目の昼あたりかなぁ、自社のブースで小間番してても、休憩がてら他社のブースを見物しててもさ、何かこう視線というか、誰かに見られていると感じてたんだよね。

 オレは別に悪いことしてるわけでもないし身に覚えもないから「気のせいだろう」って放っておいたんだ。オレみたいな仕事してるとさ、講演とまでは言わないまでも、たまにどこかのセミナーでプレゼンとか、なんとか組合とか業界団体向けの説明会とかで話すこともあったから「まぁ、過去にあいさつでもした人だろう」って思ってた。それに、会場では名刺をぶら下げてるし、小間番の時は胸に名札も付けてるからね。

 会場内ですれ違うのはマスク姿の人ばかりだし。「あれ、今すれ違った人はたしか…」なんてキョロキョロすることよくあるしね。オレは時代遅れの喫煙者だから、喫煙所でマスクを外した時に「ああ、やっぱりたにがわさんでしたか」って声をかけられることもあったしね。

 そんなオレでも「さすがにおかしいなぁ…」と思い始めたとき、キッチンカーが並ぶ一角のテーブルでコーヒーを飲んでたら、スマホに知らない番号から着信があったんだ。

 「たにがわさんですか?」って聞くもんだから、そうだと答えたら「今少しだけ話せますか? 5分ほどで済みます」と言うもんだから、いいよと言ったんだ。そしたら横からすぅーっと男が現れて「はじめまして。こういうものです」って名刺を渡されたんだ。

 アラキ・ヒューマニティーセンターのディレクターで、山田なんとかって書いてあった。「ある会社からの依頼で訪ねて参りました」って言うんだ。「今日はご挨拶だけさせてください。後日あらためてご連絡を差し上げます」って、バカ丁寧なぐらい慇懃(いんぎん)に話すんだよね。やってることは、探偵ばりの尾行のくせにさ。山田何とかだって名前も、ありきたりで怪しいだろ。

――まあまあ、たにがわさん。まずは半年ぶりに乾杯しませんか。くじらのねぎしょうが炒めもすぐにお出しできますから。節分の今夜までが冬で、夜はまだまだ長いですから。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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