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お好きでしょ、こんなのも……!?

お嫌いですか、ロボットは?#90 ロボットを入れる、その前に

――いらっしゃいませ。
 マスター元気? 先週は来られなくてごめんね。いやあ、今週もほんと疲れたわ。

――いえいえこちらこそ、先々週は私が体調不良ですみませんでした。今夜もビシっとスーツ姿で。大事な商談でも?
 いや、そうじゃないんだよマスター。暦の上では白露も過ぎて来週にも秋分でしょ。そろそろ格好も、ちゃんとしなくちゃなと思ってさ。そうは言っても、やっぱりまだまだ暑いね。昨日と今日は、東京で展示会巡りをしてたんだけど、東京も暑かったよ。冷房が効いた新幹線に乗ったら、涼しくてほっとしたよ。

――いつものでいいですか? ジャックソーダで。
 うん、頼むわ。レモンをぎゅっとしぼってね。えっと、今夜のおすすめは「アサリのコンソメパスタ」かぁ、へぇー。アサリって潮干狩りの大型連休の頃が旬かと思ってたけど、秋も旬なんだね。知らなかった。旬といえば昨日は物流の展示会を見てきたけど、物流分野はロボットの導入が進んでてね。日本はもちろん、欧州やアジア、中国からもいろんなロボットが出展されてたよ。今が旬の市場なんだ。物流の現場にロボットが入るなんて、ちょっと前までは考えられなかったよ。ロボットはあっても、それを生かせない、独特の商慣習が残ってて、それどころじゃなかったもんなぁ……。


 あれはいつ頃だったっけな。オレがロボットを扱い出したころだから、10年ほど前だっけなぁ。名古屋の運送会社に呼ばれて、とりあえず現場を見せてもらいに行ったんだ。運送会社の支店での、荷物の積み替えを効率化したいなんて言われたんだけど、現場のようすが分からないから、とにかく現場を見せてもらいに行ったのさ。

 名古屋ってさ、実は日本有数の駄菓子メーカーと取扱商社の集積地なんだよ。むかしはって、かれこれ40年ぐらい前、オレが子どもの頃は、嫁入りだと言えばいろいろな駄菓子の袋詰めを配ったし、新築の家の棟上げだと言えば、紅白の餅と駄菓子を撒いたんだ。それぐらい、駄菓子があふれた地域なのさ。

 その運送会社も、真夏を除いて、年中安定した荷物を出してくれる荷主のひとつが菓子問屋だったんだ。JR名古屋駅の北東エリア、西区菊井町や明道町あたりに、菓子問屋や玩具問屋が集まってる。菓子組合ってのがあってさ、そこが関東方面はどこの運送会社、北陸はどこ、関西はどこ、中四国はどこって、運ぶ運送会社を割り振ってたんだ。指名された運送会社は運んだ運賃の何%かを、菓子組合にキックバックするなんて慣習も残ってたな。今も多分、残ってるんだろうなぁ。

 で、菓子問屋に集荷に行ったトラックが、夕方になると支店に戻ってくるよね。荷物をターミナルに降ろすわけさ。降ろした荷物を方面別に分けて、例えば関東方面行きや関西方面行きの路線トラックの前に積み上げて行くんだ。路線トラックの運転手によって、積み方に好みがあるから、荷台の前にずらりと積み上げておくんだ。

 そこで、ふと気づいたんだ。どの段ボールケースにも、荷札が張ってないわけ。どこの菓子問屋の荷物か分からないし、宛先も個数も書いてないわけ。問屋が違っても、同じ菓子メーカーの製品を扱う事もあるから、どこの問屋がどこの販売店に向けた荷物なのかは、集荷したドライバー本人しか分からないワケ。

 荷物を集荷すれば当然、送り状も一緒に集荷するんだけど、その送り状には荷物の納品書と、荷物に張られるはずの荷札も一緒に輪ゴムで止められているワケ。集荷したドライバーが顧客サービスの一環として、荷主に代わって荷物に荷札を張るのかと思ったら、どうやらそうじゃないらしいんだ。もちろんその運転手にも、支店長にも聞いたよ。なんで? って。

 なんて言ったと思う? 「段ボールケースも商品だから、商品にキズを付ける訳にはいかない。だから荷札は張らない、いや張れないんです」ってさ。じゃあその荷札はどうするの? って聞いたのさ。何て答えたと思う? 「輪ゴムで止めたまま、届け先に渡す」ってさ。何言ってんだか、オレはさっぱり分からなかったよ。 

 要するにさ、張りもしない荷札を集荷して、納品書と共に届け差に渡すんだって。そもそも納品書だって、荷物の中に入れるのがスジで、荷物とは別に無料で届け先に届けてるんだよ。加えて、使いもしない荷札までおまけで配達してるんだ。荷札を張れない荷物を運ばせるのが、駄菓子業界の商慣習として定着してるんだ。

 それを聞いて、オレはその運送会社の効率化の件は断った。荷札すら張れない荷物を、間違いなく届け先まで届けるのは不可能だって。バーコードシールだって、一度張ればはがすときにキズが付く。段ボールに印刷された製品名をカメラで解析して見分けるなんて無理だわ。そもそも、そんな機器を置くスペースさえ、その支店にはなかったから。商慣習が邪魔して自動化や効率化が難しいっていうケースって、結構いろんな業界で聞くんだよね。そのたびに耳を疑うんだけどさぁ。

 
――業界の商慣習って、その業界以外にいる人には理解不能ですよね。水商売にも、そんなおかしな慣習が結構あるんですよ。その業界にとって、切羽詰まった状況にならないと、慣習ってのはなかなか変えられるものじゃないんですよ。まぁ、組合へのキックバックだって、いつまで続けられるんでしょうねぇ。人手不足とか、物流の2024年問題とか、後継者の問題とか、そのうち業界自体が困って、そのうちたにがわさんに泣きついてくるような気もしますけどね。まだまだ話は尽きないようですね。今夜もとことん、お付き合いしますよ。

■この連載はフィクションです。実在する人物や企業とは一切関係ありません。

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