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リコリス・リコイルは、地獄を巡ってたどり着いた、たきなの物語。+続編論
※井ノ上たきなを中心に、13話の物語を読み解きます。彼女の欠落と、克服が描かれたストーリーを追って、だからこそ見える続編の展望を考えたいと思います。本テキストは、2022年6月にpixivで公開した内容の修正版です。
リコリス・リコイルは、たきなの物語である。
物語の最初で、たきなは原則を守ろうとするフキの指示から逸脱して、指示をかえりみない行動をとる。
武器取引の現場を押さえたものの、蛇ノ目エリカが人質に取られての膠着状態。現場リーダーのフキは、DA(彼女らが所属する治安維持組織。ハッキングを受けて通信障害中)の指示待ちだ。
このとき、たきな自身に状況を打破する能力はあって「この方が早いし自分にはそれができる」という解決策(汎用機関銃での犯人皆殺し)を持っている。そして、それを実行してしまう。これは彼女なりの、味方を救うための最適解だ。
組織におもねり、上司の理不尽に愛想笑いをせず、さっさと最適解を決める。そんな姿勢に、視聴者は引かれるのだと思う。
激しい銃撃とともに、リコリス・リコイルに最初に感情移入するのはこの点だ。
能力があって、仲間を救おうと思っているのに、組織の指示する非効率に腹を立てたことのある、またはその結果として左遷されたり低評価を受けた人間が、たきなに自分を重ねる。
視聴者が乗っかり、ともに駆けていく主人公は、この井ノ上たきなだ。
しかし、その結果として、たきなは左遷され「喫茶リコリコ」で働くこととなる。
負け犬になってしまった自分。
それが再起するのを目指して物語は始まるのだ。
たきなが獲得すべき課題は。
ストーリーの序盤、たきなが求めているのは、DAへの復帰。それさえあればOKだと彼女は思っている。DA以外に世界を知らない彼女は、DAが全てで、DA無くしては自分の生活も、自分自身も考えられない。狭く幼い世界観。
喫茶リコリコの仕事も、復帰のための足がかりだと、そう思って、彼女は取り組んでいる。しかし、たきなの復帰が叶わないのは、DA側の事情と、たきなの内面にある。
フキは「命令を無視して独断専行するリコリスなど使い物にならない」と指摘している。フキはDAを「親」だと言う。リコリスは、学校のような空気だが、同じ家の姉妹だとフキは考えている。
たきなに足りないのは「仲間を信頼してチームワークができるかどうか」であり「仲間に対する愛着」だ。これが合理性ばかり求める主人公たきなの獲得すべき課題。それをめぐって、リコリス・リコイルの物語は進む。
そして、たきなが本当に必要としているのは、信頼できる仲間。最初は、本人も分かっていなかったが、誰かが変化を打ち出してくれるのを、たきなは渇望している。EDの演出がそれだ。
千束という相棒を得て、たきなは成長していく。
喫茶リコリコでの幸せな生活のなかで、たきなは千束という仲間を得た。二人の関係性は、アニメで描かれた通り。たきなは千束に、出会い、興味を持ち、行動をともにし、人工心臓の秘密を知り、真島襲来を案じ、吉松に不信を抱き、3コールで駆け出す。二人は任務と仕事を通じて、これからもゆっくりと信頼関係を作っていく。そのはずだった。
しかし、13話という短い物語のなかで、それは圧縮され、結果としてたきなは地獄を巡る。
彼女を地獄に落とすのは、千束の心臓であり、真島だ。たきなの成長、千束との信頼関係を際立たせるために、邪魔で悪質な要素が大きく襲いかかる。この物語は、たきなの物語なのだ。
千束の心臓が、あと二ヶ月で停止する。突然につきつけられたデッドライン。千束とたきなの死別が迫るほど、一緒に生きていけない時間が貴重であればあるほど、同時に我々の心は掴まれていった。主人公であるたきなとともにいるからだ。
この頃すでに、精神的に幼かったたきなは、失うものの大きさを理解できるように成長してしまっている。それこそ、千束がたきなにもたらしたものだ。たきなの成長で、それがどれほど愛着に満ちた大切なものかが、見る方にも分かってしまう。どうすれば、それが取り戻せるかと、彼女が必死に追いかけるほどに。
たきな、それが愛着だ。お前がどれほど欲しても得られなかったものだ。
最終2話。旧電波塔の攻防。これは、たきなが本当に変わったかどうかを証明するパートだ。
吉松の中に人工心臓があると知れたときのたきなが、第一話の再現となっている。
動機の熱量こそちがうが、仲間のためなら部外者を部品のように思う傾向が、彼女にはある。単純に吉松への憎悪も手伝っているから死んでもかまわないし、第一話後半で篠原沙保里(スマホで銃取引の現場を撮っちゃった人)を人質に捧げて平気なあたりとも重なる。「心臓が、逃げるッ!」の12話。
この攻防戦は、彼女の価値を証明するために押しつけられている。
ここで、たきなが格闘するのは、戦闘ではない。千束を守り、人工心臓を入手すること。しかし、千束は「ヨシさんを殺して生きても、それはもう私じゃない」と制止し、たきなは再び希望を奪われる。
「嫌だ・・・、千束が死ぬのは嫌だ・・・」と絶望する、何もかも失ったたきな。ここで彼女に残っている何かこそがリコリス・リコイルのテーマだ。
たきなが克服した欠点、彼女が変わったという証拠。冒頭では決して成し得なかったこと。
命よりも大切な愛着があることを、彼女はもう知っている。
物語冒頭のたきなが、どうしてああなってしまったか、という原因がここで取り除かれる。
孤児だった彼女にとって、生きていることだけが大雑把に価値があり、愛情や愛着といったものが無かったのではないか。生来の合理性を求める性格もあるだろう。親を失って、自分で立てる実績しか頼るもののない世界を、たきなは幼い頃から潜ってきたのだ。
それがたきなの心に刺さったトゲ。それを千束が引き抜いた。大きく開いた傷口に、惜しみなく注がれる12話までの日々。愛情と愛着。たきなが幼少時にどれほど欲しても得られなかった、受け取り方すら分からなくなってしまった愛情と愛着。
たきなは、千束との生活を通して、その聖なるものに触れてきたのだ。
勝利と祝福
たきなは千束の死を目の前にぶら下げられるという地獄を巡らされ、希望を求めて何度も戦わせられた。「心臓が」という魂がちぎれるような声と「千束が死ぬのは嫌だ」という、答えを見つけるためにさらけ出された心の底。
たきなはここで、成長を見せる。
13話冒頭、孤立した千束のために、たきなはフキに筋を通す。このとき、明確な描写はないが、フキにはわかったのだと思う。たきなが、以前の狂犬とは違うことに。
「ああ、こいつもこんな風に言えるようになったんだな」そう思った瞬間があって、きっと彼女はたきなの単独行を許したのだろう。フキからみても分かるほど、たきなのなかに、仲間に対する愛着が生まれたのだ。
このとき初めてたきなは、物語のエンディングに相応しい主人公になった。
彼女は、自分の全存在を懸けて、千束を宙づりに救う。
花火がそれを祝福する。
ここで、たきなの物語は見事に終わったのだ。
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その後の「喫茶リコリコ」
千束は自分が死ぬと思った上で、仲間のところを離れて青いウミガメの店に逃亡した。
たきなと比べて、千束のこの愛着の無さ。自分の死を、誰かに看取ってもらいたい、という気持ちすら切り捨てた行動。たきなにとってはどれほど腹立たしかったろう。
ただ、たきなは「千束には、これからも人生がある」と告げる希望の役割があって、それで相殺だ。千束に希望を届けることができる。会いに行ってずっとツンツンしていたのは、この両方がせめぎ合っていたからだ。
Cパートでハワイに行ったのは、別にどこでもよく、ただ彼岸花が咲いていない場所というだけの理由だと考える。
彼岸花は地下茎で咲く。人に踏みにじられれば、その場所で二度と咲くことは無い。(実際には数年?)これがリコリスの象徴なのだと思う。いままで、地表から隠れて生き、踏まれては咲くことを許されなかったリコリスたち。その地下茎に絡め取られて咲くしかなかった網から、喫茶リコリコの彼女らは離脱したのだ。
錦木千束とは何か
千束について。
千束は、最初から最後まで、一貫して成長も変化もしていない。この物語はたきなの物語であり、千束は舞台装置。時限爆弾を積んでたきなを運ぶ列車のようなものだ。彼女はたきなが成長するための揺るぎない支柱であり、かつ各所のトラウマをかき回す棒だ。
千束には、まるで「真空」のような性質がある。彼女のせいで、周囲の人物はみんなバランスを崩して吸い込まれていった。
千束は、アラン機関が見いだした才能の通りに、いくらでも人を殺せる。しかし本人の意思で殺さない。そして必殺の銃弾を避ける異能は、不死の象徴であり、同時に彼女の白髪は死の象徴である。
千束の生命は、何ものをも受け付けない。そして、彼女自身は生命に執着が無い。それが聖なるものに見えるのも無理は無い。
友愛、隣人愛から先に進まないのもそう。彼女が先のことを考えないからだ。
この真空に巻き込まれた最たる者はミカだろう。彼がサイレント・ジンと一緒に居た本編開始15年前には足を庇っておらず、吉松と人工心臓を見ているときには支持杖を着用していた。
この間に千束は心疾患を持ちながら才能を発揮し、ミカはそれを守るために擬傷行動を取るようになっている。
なお彼が和服を着用しているのは、際だったキャラ立ちではあるが、リコリコ地下の射撃場とは別にあるトレーニング室で身体を鍛えており、その筋肉を隠すためだと思う。着物は長い巻きスカートのような形状で本来は衰えているはずの下半身筋肉を隠せるのだ。(ただ作中では、心理的に昔にもどる描写などで白いカジュアルスーツを着用しているので、あまり自信をもっては言えない)
続編予想
千束の話に戻ろう。
もし、リコリス・リコイルに続編があるとするなら、それは千束の物語になるだろう。
勝手に想像してみる。リコリス・リコイル13話Cパートのゆるぎなく明るい千束は、これまでの惰性だ。彼女にドラマが発生するとしたら「リコリスの現役は18才」と言われ、自分には無いと思っていた長い時間を突然に与えられて、どう生きたらいいかわからなくなってしまう所からだと思う。
最初は、変わらないハワイでの生活。しかし、悪夢が次第に浸食する。
千束は、次第に死ぬことが怖くなり、依頼を受けられなくなってしまうだろう。
いままでは「元より死んだ身」というリラックスが、銃弾を軽く避けさせていた。今日死ぬ、明日死ぬという境地で、千束は毎日生まれ変わっていたのだ。
一話の冒頭でも「今日も天気で私も元気、ありがたい」と、そんなことを言っている。今日を生き延びたから、明日も全力で生きる。一日が一生。その繰り返し。リコリスの長い歴史で、それまでに使い潰されて先輩たちが死ぬのを、千束は見てきた。そのあきらめもまた、生死を超越させてきた。
しかし、新たな人工心臓を獲得した千束は、長い長い余生を得た。
そして、それを失うことに恐怖してしまう。
銃弾を避ける能力を前提とした戦闘の組み立て。しかし死に物狂いの硬直では、これを避け続けることはできない。結果としてハワイ戦歴で千束は、たきなに何度も救われる。「ご、ごめん。ごめんね、たきな。おかしいな、どうして」と自分の異常が理解できない。
たきなに役割があるなら「それでいいんです」と、千束を包むのが彼女の使命だ。DAの駒になってそのうち死ぬだろうと思って生き、物語終盤では千束のために何でもしたたきなは、思う。
千束が、自分と同じ人間になって嬉しい。
千束は、リコリスたちが生きていくことを、眩しく、そして恐ろしく思う。
フキに手紙を書こうとして、何度も失敗するだろう。かつて千束と同室で、心疾患のあった千束を心配するあまり卓越した観察眼を獲得してしまったフキには、もう何を書いても看破されそうだ。
余談:フキの凄まじさ
余談だが、このフキというリコリスが凄い。
過去回想で、心疾患をもっていた幼い千束が倒れたとき、誰よりも速く駆け寄ったのが彼女だ。
そして体力測定のシーンで、千束に比べて大きく見劣りする彼女のスピードや体力が描かれる。フキが憎まれ役だった3話くらいまでは「わあ、千束すごい」という印象だったが、2周目で観ると逆になる。
フキは体格も小さく、千束と比べてあきらかにフィジカルが弱い。これほどのハンデを向こうに回して、なお彼女はファーストなのだ。いったいどれほどの研鑽をフキは積んできたのか。どれほどの思いで積み上げ、千束と肩を並べようとしたのか。動機は対抗意識だけではない。東京支部を千束ひとりに背負わせないためだろう。ここにも、千束という真空に巻き込まれて、人生を投げうった人間がいる。
話をもどそう。
リコリス・リコイルが、千束とたきなの物語になるために
これまでは、たきなが一方的に千束に救われていた。相棒として、たきなが感じている負債は相当に重い。しかし、凡人になってしまった千束が、たきなに救われながら、それでも戦う物語になったらどうだろう。
もし続編があるならそれは、千束が実感したその命を懸けて戦う物語。
千束が、あきらめによって死を越えたのではなく、愛情と愛着で死を越える物語。
二人の物語は、これでやっとバランスが取れるのだ。
続編タイトル
リコリス・リコイルは「Lycoris Recoil」
前半は固定としてReで始まる単語を後半に添えられると想定し、タイトルは、リコリス・リキャストでどうか。(Recastは、鋳造しなおすという意味)
リコリス・リコイルでも、存在が危うかったリコリス。状況が転べばDA上層部が現れ殺処分が言い渡されるほどだった。彼女らが鋳つぶされた続編が、リコリス・レクイエムにならないことを祈る。