【365日のわたしたち。】 2022年5月27日( 金)
数日前から、破壊音のような工事の音が毎日、私の家まで届いてくる。
上からは子供たちの足音が響き、
夜には落ち着いたかと思ったら、隣の家の宴会騒ぎの声がこっちの部屋まで届いてくる。
なんともまぁ、静かとは縁遠い世界だ。
しかし、それで安心している自分がいる。
自分とは違う世界がキチンと回っていことを実感できるからだ。
あれは大学時代のアパートでのことだ。
学生時代特有の安アパートは、上や隣の音がよく響いた。
俺の上に住んでいるおばあちゃんの足音でさえも、よく聞こえるのだった。
当時はそれが嫌で嫌でしょうがなかった。
管理会社に連絡しようと思ったこともあったが、この家賃でこの地域に住めているなら満足でしょう、嫌なら出ていってください、と言われるのがオチだと思ってやめた。
そのうちに、おばあちゃんの足音は全く聞こえなくなった。
床に防音シートでも敷いたのか?
それとも、引っ越したのか?
いずれにせよ、よかったよかった、と安心していた。
1週間ほどした頃だった。
アルバイトから家に帰ると、アパートの前に救急車が止まっていた。
なんだなんだ、と駐輪場に自転車を停めながら、様子を伺う。
救急隊員の人たちが、2階のあのおばあちゃんの部屋から出てきた。
お婆ちゃんに何かあったのだろうか?
そう思いながら、ゆっくりと自分の部屋に向かっている時、おばあちゃんの部屋から青いビニールシートに包まれたものが担架に乗せられて、運び出されてきた。
俺の脳には、あの時の光景が今でも焼き付いている。
それからだった。
こういう騒音というか、生活音というか、そういうものに安堵を覚えるようになったのは。
大丈夫。
今日も生きてる、と。