上告申立て理由書
令和4年4月5日
申立人は、次のとおり、本件上告受理申立ての理由を明らかにする。
略語の使用は、当事者の表示を審級に応じたものに読み替え又は改めるほか、特に断らない限り従前の例及び原判決の例による。
第1 事案の概要
1 本件は、
(1)相手方が、申立人に対し、平成27年4月4日午前5時頃、申立人が宿泊していたシェラトン都ホテル東京(本件ホテル)233号室(本件居室)において、
① 相手方が意識を失っているのに乗じて、申立人が避妊具を着けずに相手方の陰部に自己の陰茎を挿入するなどの性行為(本件行為)を行い、
② 意識を取り戻した相手方が性行為を拒絶した後も、申立人が相手方をベッドに押し倒し、抵抗する相手方の顔や頭、身体をベッドに押し付け、無理やり膝をこじ開けようとするなどして性行為を続けようとし、
上記①及び②により肉体的・精神的苦痛を被ったと主張して、不法行為による損害賠償請求権に基づき、合計1123万0730円(治療関係費23万0730円、慰謝料1000万円及び弁護士費用100万円)及びこれに対する遅延損害金の支払いを求め(本訴請求)、
(2)申立人が、相手方に対し、本件公表行為(①週刊新潮平成29年5月18日号記事(本件週刊新潮記事)、②同月29日の司法記者クラブでの記者会見(本件記者会見)、③同年10月発行の相手方著書「ブラックボックス」(本件著書))等において、本件行為が申立人による準強姦、強姦ないし強姦致傷等に該当する行為であるなどのとの(ママ あるなどとの?)事実を摘示してその社会的評価を低下させ、申立人の名誉を毀損するとともに、申立人の他人に知られたくない私生活上の事実及び個人情報を公開して申立人のプライバシーを侵害したことを理由として、不法行為による損害賠償請求権に基づき、合計1億3000万円(営業損害1億円、慰謝料2000万円及び弁護士費用1000万円)と遅延損害金の支払を求めるとともに、民法723条に基づき、名誉回復処分としての謝罪広告の掲載等を求めた(反訴請求)
という事案である。
2 原々判決(令和元年12月18日言渡し)は、本件行為について、申立人が、酩酊状態にあって意識のない相手方に対し、相手方の合意のないまま性行為(本件行為)に及び、また相手方が意識を回復して性行為を拒絶した後も相手方の体を押さえ付けて性行為を継続しようとした不法行為を構成する旨認定し、相手方主張の損害金1100万円(原審における請求の拡張前のもの)につき損害金330万円(慰謝料300万円、弁護士費用30万円)及びこれに対する遅延損害金の限度で相手方の本訴請求を一部認容するとともに、本件公表行為による申立人に対する名誉毀損及びプライバシー侵害の成立を全て否定して、申立人の反訴請求(原審における訴えの変更前のもの)を棄却した。
第2 原判決の要旨と上告受理申立て理由の骨子
1 原判決の要旨
原々判決を不服として、申立人及び相手方が各自敗訴部分について控訴(相手方は付帯控訴を提起し、その本訴請求額につき、治療関係費を加えた1123万0730円及びこれに対する遅延損害金に拡張した。)を提起したところ原判決(令和4年1月25日言渡し)は、次のとおり判示して、原々判決を一部変更し、相手方の本訴請求につき申立人の不法行為による損害金332万8300円(治療関係費2万8300円、慰謝料300万円、弁護士費用30万円)及びこれに対する遅延損害金の限度で一部認容するとともに、申立人の反訴請求につき相手方の不法行為による損害金55万円(慰謝料50万円、弁護士費用5万円)及びこれに対する遅延阻害(ママ損害)金の限度で一部認容し、申立人及び相手方のその余の各請求をいずれも棄却した。
(1)本訴請求-本件行為は、相手方の同意に基づくものではなく、不法行為を構成するか(争点1(1))について
ア 上記争点について判断するためには双方の供述の信用性について検討することが重要であるところ、
① 相手方の供述については、’a記憶を取り戻した平成27年4月4日午前5時頃以降の事象について、ほぼ一貫して、申立人から性的被害を受けたことを具体的に供述し、’b申立人と相手方との間には、従前、性的行為を行うことが想定されるような親密な関係は認められず、’c相手方が本件行為直後から友人、医師及び警察に対して性的被害を受けたことを繰り返し訴えており、’d本件寿司店のトイレに入った後本件行為の最中に覚醒するまで記憶をなくしていた旨の叙述は、相手方の飲酒量等に照らし、アルコール性健忘を生じさせたとしても矛盾するところはなく、’e本件行為の時間について婦人科医院の診療録の記載と齟齬するなど一部事実に符合しない部分は、同診療録の記載に避妊具が破れたなどの事実に反する記載が存在し、またその当時相手方が精神的に混乱していた事情に照らし、相手方の供述の信用性を否定するものではなく、
② 申立人の供述のうち、相手方が性行為に誘う挙動をしたとの供述部分は、’a申立人と相手方には、従前、性的行為を行うことが想定されるような親密な関係は認められず、’b相手方が本件行為直後から友人、医師及び警察に対して性的被害を受けたことを売り返し訴え、平成29年5月以降、順次、本件公表行為を行っていることなどの事実経過と明らかに乖離し、’c本件ホテルに入る時点では、飲酒により強度の酩酊の状況にあった相手方が、わずか2時間半程度で、その真意に基づき申立人を性行為に誘う挙動ができたのかについて素朴な疑問を解消できないことなど、申立人の供述を信用することはできず、覚醒した時点以降の信用できる相手方の供述によって、相手方の主張する前記第1の1(1)①及び②の事実を認定するのが相当であり、申立人は、相手方に対し、その同意がないのに、性行為(本件加害行為)に及んだものというべきであるから、不法行為に基づいて相手方に生じた損害を賠償する義務を負う。
(2)反訴請求
以下の検討からすれば、相手方の行った本件公表行為のうち、本件公表行為(1)⑤及び本件公表行為(3)⑰は違法であり、不法行為が成立する。
ア 名誉毀損について
(ア)本件公表行為は、いずれも申立人の社会的評価を低下させるものであるが、いずれも㋐公共の利害に関する事実(フリージャーナリスト)等として著名な申立人に係る、犯罪として問責し得る性的加害行為)に係り、かつ㋑その目的が専ら公益を図ること(性犯罪の被害に遭った女性が泣き寝入りせざるを得ない現状を改める端緒にしたいとの目的)にあると認められ、㋒本件公表行為のうちデートレイプドラッグの使用に関する公表行為を除くもの(申立人が意識不明の相手方に対してその意志に反する性的加害行為に及んだこと、その際申立人が避妊をしなかったこと、相手方が性的加害行為を撮影されていると感じたこと、申立人が性的加害行為の際に相手方に暴行を加え、乳首からの出血・あざ・右膝の負傷等の傷害を負わせたこと、抵抗して性的加害行為から逃れた相手方に申立人が薬局でのピルの購入を勧めたり、下着を隠してお土産に持ち帰らせてほしいなどの発言に及んだりしたこと等を摘示事実とするもの。本件公表行為(1)①ないし④、本件公表行為(2)①ないし⑥、本件公表行為(3)①ないし⑯・⑱ないし㉖、本件公表行為(4)①及び②)は、真実性又は真実相当性が認められるから、違法性を欠き、又は相手方に故意若しくは過失が認められず、不法行為は成立しない。
(イ)本件公表行為におけるデートレイプドラッグの使用に関する公表行為のうち、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準としてみると、申立人が相手方に対し、デートレイプドラッグを飲ませた上で、相手方との本件行為(性的加害行為)に及んだ旨の事実(本件公表行為(1)⑤)、相手方が気分が悪くなって記憶をなくした原因が申立人からデートレイプドラッグを服用させられたためである旨の事実(本件公表行為(3)⑰)を摘示すると認められるものは、申立人の社会的評価を低下させる(本件記者会見時の発言(本件公表行為(2)⑦)は、記者の質問への回答にとどまり、申立人が相手方にデートレイプドラッグを服用させた事実を摘示するものとは認め難く、名誉毀損行為が成立しない。)。
申立人が相手方に対し、本件行為前に、デートレイプドラッグを飲ませたとの事実を認めるに足りる的確な証拠はなく、上記の摘示事実は、その重要な部分について真実とは認められない。
相手方が酒に強い体質を有していたとしても、当時、相当量の飲酒をして強度に酩酊した状態にあったことから、相手方の個人的な飲酒体験(酔い潰れたり記憶を失ったりした経験がない)によってはデートレイプドラッグの使用の事実を合理的に裏付けることはできない。また本件加害行為から本件公表行為(1)⑤(平成29年5月)までの間、相手方が不起訴処分となり、検察審査会への異議申し立ても棄却された事情があるほか、相手方が科学的な見地から具体的にいかなる調査・根拠をもってデートレイプドラッグの使用を真実と信じるに至ったのか必ずしも明らかではなく、相応に慎重な検討が求められる場面であったことも考慮すると、申立人が相手方に対し、本件行為前にデートレイプドラッグを飲ませたとの摘示事実を真実と信ずるについて相当の理由があるとはいえない。
イ プライバシー侵害について
本件公表行為のうち、デートレイプドラッグの使用に関する公表行為(本件公表行為(1)⑤及び本件公表行為(3)⑰)については、相手方に申立人のプライバシーを違法に侵害した不法行為が成立するが、その余の公表行為(前記ア(ア)㋒で挙げたものに加え、本件公表行為(1)⑥及び本件公表行為(4)③から⑥まで)については、事実を公表されない申立人の法的利益が、相手方においてこれを公表する理由(前記ア(ア)㋐及び㋑で述べたものとおおむね同旨)に優越するとは認められないから、相手方にプライバシー侵害の不法行為は成立しない。
2 上告受理申立て理由の骨子
しかしながら、原判決には、次のとおり、法令の解釈適用を誤った違法(訴訟手続の法令違反、採証法則違反、経験則違背等の審理不尽)があり、申立人が相手方に対してその意思に反する性的加害行為に及んだとの事実は認められず、相手方が本件公表行為において摘示した事実にはいずれも真実性及び真実相当性が認められないものであり、これらは判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反であるから、法令解釈に関する重要な事項を含むものとして、上告受理申立て理由が認められる。
(1)原判決は、申立人の相手方に対する性的加害行為の有無について、争点の措定を誤り、相手方自らが申立人による性的加害行為の具体的態様を特定した本訴請求原因事実を主張していることを看過して、「本件行為は、相手方の同意に基づくものではなく、不法行為を構成するか」と、相手方自身が明確に特定していない抽象的な上位概念による争点の措定を行った。その結果、相手方が特定した本訴請求原因事実からすれば、①午前5時頃における相手方が意識を失った状態に乗じた性行為、及び②相手方が意識を取り戻し、性行為を拒絶した後に暴行を加えて性行為を継続しようとした加害行為が認められるか否かが攻撃防御の対象とされるべきであるにもかかわらず、原判決は、相手方が「本件行為以前において、これに同意をした事実が認められず、他に両名が合意の上で性行為を行ったとの事実を裏付ける証拠等が存在しない」との本訴請求原因事実ともかみ合わない認定判断に及んでいる。このような相手方自身が特定した請求原因事実にも対応しない争点を措定した上で示された本件加害行為に関する原判決の認定判断は、本件訴訟の両当事者がともに主たる攻撃防御の対象として理解していたものとは根本的に異なる争点についての判断をもって、本訴請求に係る申立人の主張立証を排斥したものであり、不意打ちの事実認定であって弁論主義に違背し、訴訟手続きの法令違反(審理不尽)に該当する。
(2)原判決は、原々判決と同様、数々の客観的な証拠(本件ホテル退去時の映像、診療録の記載、本件行為当日から約2日後のメール等)と明らかに相反する相手方の供述を盲信し、逆に当該客観的な証拠と高い整合性を有する申立人の供述を極めて説得力に乏しい理由付けをもって排斥する(特にイーク表参道の受診時に相手方が本件行為の時間帯を「AM2-3時頃」と申告した旨の診療録の記載にに(ママ)ついて「精神的にかなり混乱し」、「混乱等を背景にその認識とは異なる申告をしたとみる余地がある」などとした説示は、上記のような偏ぱかつ頑迷な供述評価の最たるものである。)とともに、第三者(相手方の友人ら)の供述についてもその信用性につき何ら具体的な検討を加えることなく相手方の供述に沿うもののみ一方的に取り上げ、これを相手方の供述の信用性補強の根拠として恣意的に援用している。
同様に、本件行為当時の相手方の意識状態に関する申立人の供述の信用性を裏付け(手塚意見書)、本件行為時の申立人の暴行が右膝の負傷の原因であるとする相手方の供述の根本的矛盾を指摘する(福内回答書)など、確立した医学的知見に基づき申立人の主張を根拠づける医学的証拠について、何ら医学的に合理的な理由を示すことなく排斥ないし無視し、他方で相手方の供述に沿う医学的証拠(藤宮意見書)でさえも否定する数値を認定して、飲酒による酩酊が本件行為時における相手方の意識状態に及ぼした影響を過大に認定した原判決の判断は、専門家たる医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合における当該医学的証拠の採否の在り方に関する判例の見解にも相反する独自の見解に基づくものというほかない。
(3)前記(1)及び(2)の法令違反の過誤は判決の結論に影響を及ぼす重要なものであるから、本件上告を上告審として受理することが相当である。
第3 弁論主義違反
1 争点の措置について~<性行為の同意の有無>ではなく<午前5時頃における準強姦及び強姦(致傷)の具体的加害行為の有無>であること
(1) 原判決は、本訴請求について「本件行為は、被控訴人の同意に基づくものではなく、不法行為を構成するか(本訴請求関係)」との争点を措定し、相手方(被控訴人)の主張と申立人(控訴人)の主張とを「被控訴人が本件行為について同意していなかったこと」と「被控訴人が本件行為について同意していたこと」の各主張の対比として整理している(原判決7,8,11,13及び16頁。以下、単に頁数又は別紙番号のみを表示する場合は原判決のそれらを指す。)。
(2) しかしながら、a原審において被控訴人が本訴請求の請求原因事実として特定した内容は、①「控訴人は、平成27年4月4日の午前5時頃、被控訴人が酩酊状態にあり意識を失っていることに乗じて、被控訴人との合意なく、避妊具を着けずに、ベッドの上で仰向け状態にあった被控訴人の陰部に陰茎を挿入し」、②同時刻頃、陰茎を挿入された状態の被控訴人が痛みを自覚し意識を取り戻し、「痛い、痛い」と何度も訴えたが性行為をやめようとせず、さらに被控訴人が「痛い」と言い続けたところ、「痛いの?」と言って動きを止めたものの身体を離そうとせず、被控訴人が「トイレに行きたい」と言うとようやく体を離したものの、バスルームのドアの前に立ち、ドアを開けた被控訴人の肩をつかみベッドに押し引きずり倒し、抵抗できない力でベッドに体を押さえつけ、被控訴人にキスしようと顔を近づけ、抵抗した被控訴人の顔や頭、身体をベッドに押し付け、被控訴人をして息ができない状況に陥らせ、被控訴人が「痛い、止めて下さい」と言うと「痛いの?」と言いながらさらに無理やり膝をこじ開けようとした」というものである(原審被控訴人第1準備書面補充書)。
相手方が原審において上記のように本訴請求原因事実を特定したのは、b当初、相手方が①「控訴人が平成27年4月4日の午前5時ころ、被控訴人が意識を失っているのに乗じて、避妊具もつけずに被控訴人の下腹部に陰茎を挿入させる等の性行為を行った行為」、及び②「控訴人が平成27年4月4日の午前5時ころ、被控訴人が意識を取り戻し、性行為をやめるよう求めた後も、被控訴人の体をおさえつける等して、性行為を続けようとした」行為を本訴請求原因事実に係る不法行為として特定したところ(原審被控訴人第1準備書面2頁)、原審受命裁判官から「不法行為の内容に関し、さらに具体的・明確に主張すること」(実際の発言は、「被控訴人が主張する全ての不法行為について、特に「等」などと不明確にせず、全ての具体的行為の内容を書き切るように」というものであった。)との釈明権の行使を受け(原審第1回弁論準備手続調書)、本訴請求に係る性的加害行為の内容をさらに具体的に特定したものである。
本訴請求原因事実に係る争点が、抽象的な本件行為に関する同意の有無ではなく、平成27年4月4日午前5時頃における申立人の相手方に対する具体的な性的加害行為(上記a①及び②のとおりの具体的態様によるもの)の有無であったことは、相手方自らが原審において「控訴人の主張〔午前5時ころに被控訴人と性行為をした事実そのものを否認した上で、性行為を行ったのは午前2時ころのことであり、その際には、被控訴人の同意があったとの主張〕は、被控訴人の主張に対する積極否認の理由として主張されたものである」、「仮に、控訴人の主張が、午前5時ころの性行為について被控訴人の同意があった、との主張であれば、被控訴人の主張に対する抗弁ということになり、被控訴人による同意の有無が主要な論点ということになるが、本件では、午前5時ころに性行為があったこと自体については否認しているため、争点は、被控訴人による同意の有無ではなく、午前5時に上記請求原因の態様での不法行為があったのか、否かという点に帰着することになる」と述べたことに照らしても明らかである(原審控訴人第1準備書面2、、3頁)。
したがって、原判決には、本訴請求原因事実に係る争点の措置そのもの(抽象的な性行為の同意の有無ではなく、午前5時頃に相手方の主張する具体的態様による不法行為があったか否かであること)については当事者間でさえおおむね争いがなかったことを無視して、当事者双方の認識とは異なる「本件行為〔性行為〕は、被控訴人の同意に基づくものではなく、不法行為を構成するかとの抽象的な上位概念による争点を措定した点において、原審自らが釈明権を行使した結果に沿って争点を特定する主張整理を行った当事者双方の認識と重要な部分において著しく異なる争点の特定を行った過誤があると認められる。
そして、このような当事者双方の認識と異なる争点に及んだ結果、相手方(被控訴人)が原審の釈明権行使に応じて特定した本訴請求原因事実からすれば、上記a①及び②のとおりの具体的態様による加害事実(相手方の主張による限り、準強姦及び強姦(致傷)の犯罪成立を問責し得るものである。)を伴った性行為(性的加害行為)が認められるか否かが攻撃防御の対象とされ、当事者双方ともにそのように認識・理解しているにもかかわらず、原判決においては、相手方が「本件行為以前において、これ〔性行為〕に同意した事実が認められず、他に両名が合意の上で性行為を行ったとの事実を裏付ける証拠等が存在しない」との本訴請求原因事実ともかみ合わない認定判断に及んでいる(68,69頁)。「被控訴人が前夜から本件行為の途中で目覚めるまでの間の記憶を喪失していることも影響して、控訴人が被控訴人と性行為を開始した契機は、以上の検討からしても、判然としない面がある」との苦しい説示(68頁)は、上記のような抽象的な上位概念(性行為についての同意の有無)による争点の特定と、当事者双方が認識・理解していた本訴請求原因事実に係る争点(上記a①及び②の具体的態様による加害事実を伴った性行為)との間に齟齬があり、その結果当事者双方の攻撃防御とかみ合わない事実認定に至ったことを原判決自らが半ば肯定したものとみることもできる。
2 不意打ちの事実認定
原判決においては、「控訴人と被控訴人とは、本件行為前において、仕事関係の事柄についてのやり取りがあったとはいえ、その頻度は多くはなく、取り立てて親密な関係にあったとは認められないことにも照らすと、両人のそれまでの関係が、安易に性的関係に至ることが想定されるような間柄にあったとはうかがわれない」、「従前、控訴人と被控訴人との間には、性的行為を行うことが想定されるような親密な関係があったとは認められない」との説示(55及び56)による認定事実を、本訴請求原因に係る相手方(被控訴人)の供述の信用性を肯定する重要な根拠事実として挙げている。
しかしながら、上記認定事実ことが、前記1のとおり抽象的な性行為に関する同意の有無を争点として措定した結果、当事者が認識し理解していた主要な攻撃防御の対象とは異なる重要な間接事実ないし補助事実について、当事者に主張立証を尽くす機会を与えることなく、不意打ちというべき事実認定に及んだことの端的な帰結というべきである。何となれば、前記1(2)のとおり、原審があえて相手方(被控訴人)に対して釈明権を行使して、午前5時頃における準強姦及び強姦(致傷)に問擬されるべき具体的態様による性的加害行為として本訴請求原因事実を特定させた以上、原審の主要な関心事項であるとして当事者双方が認識・理解し、攻撃防御を集中させた対象は、当該午前5時頃における具体的加害行為(被害事実)に関する相手方供述の信用性及びこれを裏付ける供述証拠や客観的証拠の有無であり、「性的行為を行うことが想定されるような親密な関係」という従前の人間関係、交友関係等にわたる周辺的な事情(それが直ちに性的行為の同意の有無を推認させる間接事実とはなり得ず、むしろそのような予断が不当なものであることは後記第4の1(2)イで述べるとおりである。)については原審における主要な攻撃防御の対象として当事者双方で認識されていなかったからである。
3 小括
よって、上記のとおり相手方自身が特定した請求原因事実にも対応しない争点を措定した上で示された本件加害行為に関する原判決の認定判断は、本件訴訟の両当事者がともに主たる攻撃防御の対象として理解していたものとは根本的に異なる争点についての判断をもって、本訴請求に係る申立人の主張立証を排斥したものであり、不意打ちの事実認定であって弁論主義に違背し、訴訟手続の法令違反(審理不尽)に該当する。
第4 審理不尽
1 性行為(本件行為)の経過に関する認定判断の過誤
(1)供述の信用性評価の過誤(採証法則違反)
ア 当事者(相手方、申立人)の供述
原判決は、①相手方(被控訴人)の供述について、本件寿司店のトイレに2回目に入った以降、本件行為の最中に覚醒するまでその記憶をなくしていた旨を述べる被控訴人の供述は信用することができるとし、その一方で②申立人(控訴人)の供述について、本件行為の状況及びその前後の経緯等についてはこれを信用することはできないとして、③4月4日午前5時頃に控訴人から性的被害を受けた旨を述べる被控訴人の供述と、同日午前2時過ぎの合意に基づき本件行為に至った旨を述べる控訴人の供述とは、核心部分において相互に食い違い、双方の供述の一部を部分的に採用するということは困難であるから、基本的には、本件行為の状況やその前後の経緯については、覚醒した時点以降の相手方の供述によって認定するのが相当である旨の説示を述べている(58,68及び69頁)。
しかしながら、原判決は、上記③のとおり述べる一方で、「控訴人の上記供述〔注:63頁19行目ないし64頁10行目掲載の申立人供述〕は、本件行為の状況及びその前後の経緯について、具体的かつ詳細に述べるものではある」として、相手方がミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出して飲んだとする供述部分は本件ホテルの冷蔵庫の利用履歴と符号し、また相手方が「私は不合格ですか。」と発言したとする供述部分は相手方からの平成27年4月14日送信メール(甲1の16)に連関する旨を説示している(31、33、64頁)。このことは、上記③のとおりの供述証拠の評価手法と、上記①及び上記②の各供述証拠に基づく事実認定の手法とを両立させるという論理が破綻していることを原判決が半ば自認したに等しい。なぜなら、ミネラルウォーターを飲んだり「私は不合格ですか。」と発言したりすることができる行動能力、判断力を回復するに至っていたことは、相手方が覚醒して意識清明な状態にあったことを裏付ける重要な間接事実であり、そのことは相手方が本件行為の最中である同月4日の午前5時頃に覚醒するまでその記憶をなくしていたとの相手方主張事実についての高度の蓋然性を揺るがす程度に、それに沿う相手方の供述の信用性に重大な疑いを抱かせるものであるからである(原判決は上記冷蔵庫の利用履歴から直ちに相手方がミネラルウォーターを飲んだと断定するには至らない旨付言するが(64,65頁)、相手方の酩酊や嘔吐等の影響を考慮すれば、ミネラルウォーターを飲んだのは申立人ではなく相手方であったと考えるのが合理的である。)。
よって、原判決には、「核心部分において相互に食い違い、双方の供述の一部を部分的に採用するということは困難である」はずの相手方及び申立人の各供述について、「覚醒した時点」以前の相手方の言動に関する一部の供述(申立人の供述)を部分的に採用しながらこれと相矛盾する「覚醒した時点以降の被控訴人〔相手方〕の供述」によって本件行為の状況(性的被害事実)を認定するという首尾一貫しない証拠評価及び事実認定に及んでいるのであり、論理一貫性のない供述評価という点において採証法則違反があると認められる。
イ 第三者の供述
原判決は、相手方の供述の信用性を肯定し、申立人の供述の信用性を否定する根拠の一つとして、本件行為後において、相手方が友人であるS及び友人Kらに申立人から性的被害を告白して相談した事実を挙げる(32、33、54、55、58,59、61、63、65頁)。
しかしながら、原判決の上記事実認定の根拠とされた友人S及び友人Kの陳述書は、いずれも本件行為(性行為)のあった平成27年4月4日から2年3か月余の期間が経過した後の時期に作成されたものである(友人Kが平成29年7月12日付け・甲11、友人sが同月21日付け・甲14)。原判決は、上記友人Sらの陳述書と同様に、本件行為から2年以上が経過してから作成されたタクシー運転手の陳述書(同年6月26日付け、甲2)については、「その時点〔注:陳述書作成時点〕においても、控訴人と被控訴人の会話の前後関係やそのニュアンスについて、控訴人及び被控訴人がタクシーに乗車した当時と同様の記憶を保持していたのかについては、一定の疑義を差し挟まざるを得ない。」旨の的確な説示をしておきながら、ほぼ同時期に作成された友人S及び友人Kの陳述書については、相手方から打ち明けられた本件行為の状況及びその前後の経過等に関する内容に関する友人Sや友人Kらの記憶の正確性、更には同人らが相手方の同性の友人であることによる共感や同情心等により供述の正確性が低下する方向に影響を受けていないかといった検討を一切行った形跡がない。
加えて、友人S及び友人Kの陳述書の各供述内容自体についてみても、友人Sが相手方の妊娠検査(新百合ヶ丘総合病院)に同行した平成27年5月7日(16時頃。乙9・2頁)、同院での検査結果を一緒に待つ間、相手方から見せてもらった申立人からのメールで「精子の活動が低調な病気だから妊娠することはない、などと言ってきていました。本当に気色が悪く鳥肌が立ちました」と述べているところ(甲14・6頁)、実際に申立人が相手方に返信した「私はそういう病気なんです。」、「精子の活動が著しく低調だという病気です。」とのメールは、相手方の上記妊娠検査に友人Sが同行した時点から丸1日余り後(5月8日午後11時05分、12分)に送信されたものであり、時系列が完全に逆転しているという著しい矛盾点が認められる。他にも相手方の供述との矛盾点(暴行態様について相手方が友人Sらに話したとされる内容について。原々審原告最終準備書面第3の2(4)・32~35頁、原審控訴人準備書面(5)第3の2(2)イ(ウ)c(d)・40頁)が存在するなど、客観証拠や相手方自身の供述との甚だしい齟齬を無視することはできない。このような友人らの供述について、反対尋問による信用性の検討や弾劾の機会もなく盲信することの危険性は明らかといわなければならない。それにもかかわらず、原判決においては、タクシー運転手の供述については〇〇〇〇(転記者注:ドアマンの実名)の陳述書(甲44)との矛盾点(吐瀉物の発見時点に関する)について検討し、その正確性に一定の疑問が存在する旨指摘する(49頁)などの的確な検討を行っているのとは対象的に、友人Sや友人Kら友人の陳述書については、上記の矛盾点や齟齬について検討した形跡が一切認められない。
さらに、原判決がイーク表参道における問診時の回答については精神的な混乱によりその認識と異なる事実関係を述べたとも理解することができるというのであれば(58、59頁。後記第4の1(2)エ(イ))、それから3、4日程度しか経過していない時期に行ったとされる友人らに対する自らの性被害の告白についても、精神的な混乱の影響によりその正確性に影響があったとみるのでなければ不自然であり、この点についても原判決の供述証拠の信用性評価には相互に矛盾がある。
そうすると、タクシー運転手の陳述書とほぼ同時期に作成され、むしろ上記のような過度の共感、迎合等の感情や個人的な交遊といった人間関係により供述の信用性がゆがめられるおそれが純然たる第三者よりも一層大きい友人らの陳述書について、当該陳述書記載の供述の信用性をほぼ検討することもなく、相手方が本件行為後に性的被害を友人ら第三者に訴えたとの認定事実を裏付ける証拠として採用した原判決には、内容の正確性が担保されない伝聞供述証拠を含む供述証拠の証拠価値の評価を誤った結果、本件行為による相手方の性的被害主張を裏付ける友人ら第三者への訴えがあった旨の誤った事実認定に至った採証法則違反が認められる。
(2)重要な間接事実等の認定と評価に関する過誤(経験則違反等)
ア 総論
原判決は、相手方が覚醒した時点以降については相手方の供述の信用性を肯定する一方で、相手方が本件行為について同意していたことを前提とする申立人の供述の信用性を否定し、当該相手方の供述によれば、申立人が、覚醒する以前の意識を失っている中、性行為に及んだと認めざるを得ず、相手方が申立人に対し、本件行為以前においてこれに同意した事実が認められず、他に両名が合意の上で性行為を行ったとの事実を裏付ける証拠等が存在しないことなどからすれば、申立人は、相手方の同意がないのに、本件行為(本件加害行為)に及んだと認めるのが相当である旨判示する(58、67、68、69頁)。
そして、上記のとおり相手方の主張する本件加害行為を認定する根拠となる間接事実として、①従前、申立人と相手方との間に性的行為を行うことが想定されるような親密な関係が認められないこと、②本件行為後において、相手方が速やかにモーニングアフターピルの処方を受けて服用していること、③本件行為後に、相手方が友人である友人S及び友人Kらに控訴人から性的被害を受けたことを告白して相談した上、間もなく原宿警察署に被害申告をしていること、④本件行為後に、相手方が申立人との聞で、申立人から性的被害を受けたことを前提とする複数のメールをやり取りしていること、⑤相手方が本件行為後に受診したまつしま病院等において、申立人から性的被害を受けたことを述べ、その際、これに起因する精神面の不調を訴えていること、⑥相手方が平成29年5月以降、順次本件公表行為を行っていること等を認定し、本件寿司店のトイレに2回目に入った以降、本件行為の最中に覚醒するまでその記憶をなくしていた旨の相手方の供述は、信用することができるとする一方、上記認定に係る事実経過は、申立人が述べる供述内容(相手方が申立人を性行為に誘ったこと)と明らかに乖離するものであって、これらの経緯を踏まえると、相手方において申立人が供述するような言動を行ったということはにわかに認め難い旨を判示する(55,56,58、65頁)。
しかしながら、原判決には、それ自体では相手方主張の本訴請求原因事実の裏付けとはなり得ず、相手方の供述の信用性を肯定する根拠とはならない間接事実ないし補助事実を、当該裏付けないし根拠となり得る旨過大に評価し、相手方主張の性的被害事実を誤って認定するに至った経験則違反ないし採証法則違反の違法がある。以下、詳述する。
イ 本件行為前の当事者間の関係性について
原判決は、申立人と相手方とは、本件行為前において、仕事の紹介を受けるという業務に関連した関係であり、それについてのやり取りの頻度は多くはなく、取り立てて親密な関係にあったとは認められないことにも照らすと、両人のそれまでの関係が、安易に性的関係に至ることが想定されるような関係にあったとはうかがわれないとの認定を、相手方の供述の信用性を肯定する一方で申立人の供述の信用性を否定する根拠として繰り返し挙げており(55,56,65頁)、当該認定に係る間接事実(前記ア①)を、相手方の主張する具体的態様による本件加害行為を推認させ、その反面で本件行為について相手方の同意ないし双方の合意によるものであったとの申立人の反論を排斥する根拠となる間接事実として重視していることが強くうかがわれる。すなわち、①「性的行為を行うことが想定されるような親密な関係があったとは認められないこと」を大前提として、②相手方が友人、医療機関、警察へ性的被害を繰り返し訴えたことを(ママ を以って?)相手方供述の信用性を肯定し、申立人供述の信用性を否定するという供述評価を行い、③申立人の相手方に対する本件加害行為を認定している点において、上記①の間接事実の認定が決定的に重要な比重を占めることは明らかである。
(ア)しかしながら、まさにここにこそ原判決の最大の問題点がある。男女間に限らず性的行為に至る人間関係については、偶発的ではあっても同意の上で性的関係に至る事象(いわゆる「行きずりの情事」)が起こり得ることは、その倫理的当否は別として、歴史的、社会風俗的にも我々が経験してきたところである。その一方、逆に夫婦や恋人同士の親密な関係の間柄であっても、一方当事者の意思に反する性的行為が強制性交等の犯罪や性的自由の違法な侵害に問責され得る場合も存在する。そうすると、「性的関係に至るような親密な関係」を性的行為の同意の有無について相対立する当事者間の供述の対比による信用性評価において過度に重視することは、場合によっては「性的関係に至るような親密な関係にあった当事者間における一方当事者の意思に反する性的行為について、加害者の法的責任を免責する方向にも働きかねない危険性を有する情況的事実の認定手法であるといわざるを得ない。
「性的関係に至るような親密な関係」の存否の間接事実ないし補助事実としての主要事実との間の関連性という観点に照らしても、そのような親密な関係が従前から存在したか否かということが、直ちに個別の性的行為における同意の有無についての推認力や当該同意の有無に関する当事者の供述の信用力を高める証明力を基礎づけるものではなく、性的行為の際の状況やその前後の経緯に関する客観的証拠との整合性といったより重要な情況的事実及び証拠との総合評価によって初めて、そのような親密な関係の存否が要証事実(性的加害行為)との関係において関連性を持ち得るものである。そのような他の情況的事実及び証拠との総合評価の視点なしに、「性的関係に至るような親密な関係」の存否それ自体を間接事実等として重要視する事実認定の手法は、個々の性的行為における具体的態様や個別の同意の有無についてこれと関連する客観的証拠との整合性を検討する視点をおろそかにさせ、ひいては同種の争点が争われる事案における「性的関係に至るような親密な関係」に着目した当事者の属性や経歴、日常の行動傾向等といった事情に過度に偏った悪性格立証までをも招きかねない。
(イ) 現に、申立人は、本件行為及びその前後における申立人が認識している事実経過に基づき、本件行為が相手方の同意に基づき、かつ相手方の積極的な勧誘や協力を得て行われた性的行為であるとの主張を一貫して行ってきた一方で、そのような行動に及んでも不合理とはいえないような出自や背景事情を有する女性であるとの主張立証は差し控えてきた。申立人と最初に知り合った際のアルバイト先として相手方が就労していたニューヨークの「ピアノバー」(24頁)が、日本国内での用語の語感と異なり、日本でいう「キャバクラ」に近い店舗形態であり、同所で客席に同伴する就労女性の接待サービスがいわゆる「ホステス」や「キャバクラ嬢」のそれに近いものであることは、本件訴訟外で第三者から度々指摘されてきたところ、申立人と最初に知り合った際に相手方が渡してきた名刺の記載(営業時間、連絡先の交換等の記載)を見てもそのような実態がうかがわれるところではある(資料1及び2)。しかしながら、性的行為の同意の有無が争われる民事手続又は刑事手続きにおいて、被害者側(特に女性)の性的傾向や他の性的行為への従事を証明するための証拠は許容されないとするいわゆるレイプシールドに関する諸外国の立法例を我が国においても導入することの是非がまさに論じられている昨今、我が国においてもそのような被害者側の属性等に関する悪性格立証ともいうべき当事者の訴外活動に何らかの制限をくわえるべきことは真剣に考慮されるべき課題であり(資料3-1~3)、原審から受任した申立人代理人らも、相手方のピアノバーでの申立人に対する接待の様子や詳細な就労歴など、上記の性的傾向や他の性的行為への従事に踏み込むような主張立証は差し控えてきたところである。
しかしながら、「従前、控訴人と被控訴人との間には、性的行為を行うことが想定されるような親密な関係」があったかどうかを問題とする原判決の間接事実の認定は、そのような「親密な関係」があれば性同意が推認されるとの事実認定を正当化する論理にもなりかねない。それこそ性的傾向や他の性的行為への従事の有無を性的行為への同意の有無と関連付けようとする短絡的な発想法であり、被害者側の性的傾向を含む属性に過度に注目するバイアスないし『レイプ神話』に支配された不当な予断偏見に我が国の司法自らが取りつかれていることを自認するに等しいといわざるを得ず、訴訟手続における訴訟関係人の不当な訴訟活動からの性的被害者保護をも重視する国内外の趨勢に真っ向から反するものというほかない。
(ウ) よって、「性的関係に至るような親密な関係」の有無を、性的行為への同意の有無をめぐり対立する申立人と相手方の供述双方の信用性評価の決め手とし、本件行為の経過に関する間接事実として過度に重要視した原判決には、性的行為の同意の在り方やその背景となる性的行為の当事者(特に女性)心理についての真摯な理解を根本的に欠いている点において、経験則違反が認められる。
ウ 本件行為に至るまでの経過の事実認定との著しい矛盾
(ア) 原判決は、本件行為に至経緯のうち、申立人が相手方をタクシーに乗車させて本件ホテルに連れて行ったことについては、①相手方の酩酊した状態を目の当たりにし、履歴書記載の相手方の居住地(川崎市)が遠方であることや万が一のことを慮って相手方一人を目黒駅で降車させることに不安を覚えるというのはごく自然な成り行きであること、②自宅待機中でもなおTBSワシントン支局長の地位にある以上、日々の米国の政治動向を確認するのも特に不自然不合理とはいい難く、相手方を本件ホテルで休ませてから帰宅させるのが無難であると考えたとの申立人の供述内容は相応の合理性を有すること、③原宿に住んでいる旨申立人に話したとすると(ママ 話したとする)相手方の供述は採用できないこと、④申立人が相手方の意思に反して本件ホテルに連れて行こうとしたとのニュアンスを含む余地のある控訴人の発言(「まだ仕事の話があるから、何もしないから」とのタクシー運転手の供述部分)は、酩酊しながらも目黒駅で降車したいと言い張るなだめる(ママ 言い張るのをなだめる?)ためにした発言とみる余地があること、⑤申立人が相手方を本件ホテルに同行したことは相手方の酩酊状態を踏まえた対応であり、少なくとも相手方の利益に反するとまでは認め難いこと等を説示して、ほぼ申立人の主張に沿う事実認定を行い、申立人が相手方の意思に反し、目黒駅で相手方を降車させず、本件ホテルに連れて行ったとの趣旨の相手方の主張及びこれに沿う相手方の供述を排斥している(50、51頁)。
この点については、原々判決において、本件寿司店を出た時点で申立人が相手方の帰宅先を尋ねていないこと自体不自然である(上記①に対応)、当時TBSから出社に及ばずとの通知を受けていたから米国の政治動向を確認することが職務上必須であったとも認め難い(上記②に対応)、相手方が神奈川県内に居住していたと思っていた旨の申立人の供述は、相手方があらかじめ原宿に居住している事実を告げていたと供述していることに照らして信用できない(上記③に対応)、タクシーに乗るまでは相手方の酩酊の程度は分からなかった旨申立人は供述するが、相手方が近隣の原宿の自宅に電車を使って帰る意思を示していたのに、タクシー運転手に本件ホテルに向かうよう指示し、同運転手の供述部分にある発言をして相手方を本件ホテルに同行させた(上記④に対応)などと説示して、申立人の供述について、相手方を本件ホテルに連れて行った経緯自体から既に信用できないなどと決めつけた原々判決の不当な事実認定(原々判決23,24頁)が的確に是正されており、その限りにおいては相当である。
(イ) 本件居室に入室し、本件行為に至るまでの経緯についても、原判決においては、①本件居室内で相手方が嘔吐しても事の成り行きとして不自然ではなく、ハウスキーパー日誌(甲35の2)に吐瀉物等の記載がなくとも必ずしも不合理といえない、②相手方も本件行為後にハンガーに掛けられた濡れたブラウスを確認している、③米国政治動向等の確認の必要を1つの理由として相手方を本件ホテルに同行した経緯があるなどの説示をした上で、④相応の裏付けがあり信用できる申立人の供述にもとづいた事実(相手方が本件居室に入室するや否や居室内で嘔吐し、その後入ったバスルーム内でも嘔吐したこと、申立人が相手方の様子が気になりバスルームに入ると嘔吐した相手方が体育座りのような恰好で座っていたこと、申立人が介助してブラウスやスラックスを脱がせて本件居室内の入口側ベッドに寝かせたこと、申立人が吐瀉物で汚れたブラウスを洗ってハンガーに干した後、午前1時頃までメールチェックや出発準備等をした後ベッドで横になったこと等)を認定するのが相当である旨判示している(52,53頁)。
(ウ) さらには、前記(1)アのとおり、本件行為直前に相手方が「私は不合格ですか」との発言をした旨の申立人の供述についても、本件行為後の相手方からのメール(甲1の16)により裏付けられることが原判決では事実上肯定されている。
(エ) このように、本件行為に至るまでの経緯の認定事実の大半部分については、ほぼ申立人の供述に信用性が認められ、当該供述内容どおりの事実経過が認められているのであるから、本件行為自体の経過(性的行為が行われた時間帯を含む)及びその後の本件居室から相手方が退室するまでの経緯についても、申立人の供述の方が相手方の供述よりも相対的に信用性が高いと評価することができると考えるのが自然かつ合理的といえるはずである。
ところが、原判決の認定によると、本件行為自体の経緯に至るや、申立人は、それまで吐瀉物を処理したりベッドに寝かせるなどして酩酊した相手方を平穏に介抱していたはずの態度を突如としてひょう変させ、意識を喪失している相手方の陰部に避妊具を着けずに陰茎を挿入したり、相手方の肩をつかんでベッドに倒し、相手方の膝をこじ開けようとして(右)膝の関節がひどく痛んだほどの強度の暴行を加え、挙げ句の果てに乳首から出血し、体のところどころが赤くなるほどの傷害を負わせるという重大な性的加害行為に及んだということになる(54、59、60、61、67、68頁)。
時間の経過に従って申立人と相手方の各供述の対比による信用性評価が正反対に変わるというのであれば、単にそのような正反対の供述評価に基づく認定事実それ自体について述べるのみならず、そのような供述の信用性判断に基づき、それまで酩酊により帰宅も危ぶまれるほど不調に陥った女性(相手方)を宿泊先の自室に同行させて休ませ、平穏に介抱するなど社会人としてある程度常識的な行動をとっていた男性(申立人)が、なぜそこから正に180℃態度をひょう変させて上記のような凶悪な性的加害行為に及んだのかという行動経過についての疑問点、更にはそのような突発的ないし偶発的な性的加害行為に及んだ経緯、理由、動機等について相応の合理性ある説明がされなければ、到底事実認定としての説得力を持ち得ないはずである。それにもかかわらず、原判決では上記のような疑問点等について何らの説明も加えることなく、申立人が相手方に対し、相手方が平成27年4月4日午前5時頃に覚醒して以降に認識した本件加害行為(ママ 行為に)及んだ旨の事実を認定しているにとどまるのであり、当該説明を欠いている点において、上告受理申立て理由に相当する理由不備があるというべきである。
(オ) 同様に、上記のように平穏に相手方を介抱して休ませるなどの行動をとっていた申立人が、何等かのきっかけや契機もなく衝動的に本件加害行為のような強度の加害態様による性的加害行為に及んだというのは、本件当時に申立人が置かれていた職務上の立場、社会的地位等(原判決も指摘するとおり(56,57頁)、申立人が予想していたのは週刊文春への寄稿による何らかの懲戒処分等にとどまり、TBSワシントン支局長からの更迭までは予想していなかった。)を考慮すると不自然かつ不合理というほかない。そのような一定の社会的地位を有する男性の中に、実際には常習的、計画的に女性に対して性的加害行為を行う者がいることがあるという社会的事実は実際に存在するところではあるが、原判決の認定によれば、その認定事実に係る申立人の本件加害行為にはそのような常習性、計画性等はうかがわれず、むしろ偶発的に行われたものというべきとされているのであるから(74頁)、かえって何のきっかけや契機もなしに申立人がそのような性的加害行為に及んだことの不自然さ、不合理さは際立っており、健全な社会常識に反しているというほかなく、この点において経験則違反が認められる。
(カ) さらには、本件訴訟において、相手方は一貫して、申立人が相手方を会食に誘い、就職斡旋への相手方の期待を利用して本件加害行為に及んでおり(原審原告準備書面(1)・24,25頁)、相手方を目黒駅で降車させず、本件ホテルに連れて行った申立人の行動自体も相手方の意思に反するものであった旨主張し供述しているのであるから(59頁)、本件ホテルに同行し、本件居室に入室した後に本件行為を開始するまでの経緯自体が、本件行為が相手方の意思に反する性的加害行為であったか否かについての高度の推認力を有するもっとも重要な間接事実であり、当事者双方共に当該経緯の主張立証について攻撃防御を集中させてきたところである。それにもかかわらず、①本件行為に至までの経緯はほぼ申立人の主張に沿って認定し、②本件行為の状況から本件行為後の経緯(後期エないしク)については全面的に相手方の主張を採用するという正に事実の切り貼りともいうべき原判決の認定判断は到底双方当事者の予想し得るところではなく、そのような事実認定に及ぶ可能性があるのであれば、原審としては本件ホテルへの同行等それ自体が相手方の意思に反するものでなかったとしても、偶発的経過によって相手方の意思に反する本件加害行為が行われた可能性についても釈明を求め、当事者に主張立証を尽くす機会を与えるべきであったのであり、この点において不意打ち(弁論主義違反)又は釈明義務違反が認められる。
エ アフターピルの服用との関連性
(ア) アフターピル服用と本件行為の状況との関連性(相手方主張の本件加害行為についての推認力を有しないこと)
原判決は、前記ア②のとおり、本件行為後に相手方が速やかにモーニングアフターピルの処方を受けて服用していることを、本件行為の経過に関する相手方供述の信用性を肯定する根拠事実の1つとして挙げている。
しかし、申立人の供述によっても、本件行為後の本件居室からの帰り際に、相手方が申立人と雑談をしながら、「 I fucked without contraceptives」(「contraceptives」はコンドームの歪曲表現)と、自分が避妊せずに性交したことについて英語で表現する発言に及ぶのを聞いた旨述べており(控訴理由書・第4の4(1)エ(ア)〔72頁〕)、本件行為直後から避妊具無しでの性交による妊娠の可能性につき意識していたことは、申立人が述べる本件行為の経過(午前2時から3時頃における合意による性的行為)によっても認められるところである。そうすると、本件行為に相手方が速やかにアフターピルの処方を受けて服用したことは、それ自体では相手方供述の本件加害行為の状況と、申立人供述の合意による本件行為の状況のいずれに対しても両立し得る価値中立的な情況的事実であるにとどまるから、それが専ら前者に対して有意な推認力を有する重要な間接事実であるかのように説示した原判決の認定判断には、間接事実についての評価を誤った経験則違反が認められる。
(イ) 本件行為の時間帯について(イーク表参道における問診時の回答内容についての評価)
原判決は、相手方が主張する本件行為の時間(平成27年4月4日午前5時頃)と矛盾するイーク表参道(相手方がアフターピル(ノルレボ)の処方を受けた医療機関)の診療録(乙7)に記載された本件行為の時間(同日午前2時ないし3時頃)との相違について、相手方がイーク表参道の意思に対し上記診療録の記載どおりの申告をし、これを同医師が診療録に記載したと認めるのが相当であると認定しながら、①上記診療録には、避妊具が破れたといった客観的事実に反する記載が併せて記録されており、その意味では、被控訴人が、同医師に対し、その理由は必ずしも明らかではないものの、本件行為のあった時間を含め、混乱等を背景にその認識とは異なる申告をしたとみる余地がある、②相手方が申立人に対し申立人による性被害に触れないメール(同月6日)を送る一方で、その翌日以降に友人らや警察に性的被害を申告するなど一見して相容れない行動をとっていることからすると、相手方が本件行為後において精神的にかなり混乱し、葛藤のある精神状態にあったことが見て取れるなどとして、相手方がイーク表参道を受診した当時、精神的に混乱を来すなどしており、そのような状況の中で、同医師に対し、その認識と異なる事実関係を述べたとも理解することができるから、イーク表参道の診療録に記載された時間が相手方の述べる本件行為の時間と異なるという事実をもってしで(ママ て)は、相手方の供述の信用性を直ちに否定することはできないというべきである旨を説示する(58、59頁)。
しかしながら、相手方が葛藤や精神的混乱のある心理状態にあったことが、なぜ本件行為が行われた時間帯について事実と異なる医師への申告という行動に結びつくのか、原判決では全く説得力のある説明が示されていない。
原判決も言及する避妊具が破れた旨の記載については、前記アのとおり申立人自身も面前で聞いた相手方の発言(避妊具(contraceptives)無しでの性交に及んだ自己の軽率さを意識しているなどの心理をうかがわせるもの)に照らし、事実と異なる医師への申告を行うに至った心情が合理的に理解できるところである(原審控訴人準備書面(2)第4の3(3)ア・43、44頁)。
これに対し、本件行為が行われた時間帯についてまで事実と異なる医師への申告という言動に至った動機や心理的原因ないし要因については、判決が説示する「精神的にかなり混乱し、葛藤のある精神状態」、「逡巡するなど同様の心情」というだけでは、そのような精神状態や心情等がなぜ相手方が実際に認識したはずの性行為の時間帯(覚醒した午前5時頃)よりも2、3時間も遡った性行為の時間帯を申告する行動に結びつくのか、原判決では合理的な理由付けが全く示されていない。
現に、平成27年4月4日のイーク表参道受診時に相手方への問診とアフターピル処方を担当した高尾美穂医師は、原判決の言渡しに関する報道に接した直後と解される令和4年1月25日午後5時過ぎの頃のツイートで「嘘をつくことに慣れてほしくない」、「とっさについてしまった嘘を正当化するために、さらに嘘を上塗りするケースは容易に想像できるけど」、「嘘ついたことを隠して「自分は正しい」と主張し続けてるうちに、本当にそうだった気になってくるケースも」、「でも嘘っていつかお天道さまに焙りだされちゃうと思ってる」とのツイートを公表しており(資料4)、医師としての秘密保持義務の制約の範囲内ではあるが(乙94の2)、自らが担当したイーク表参道の診療録における問診内容の記載の正確性を否定する相手方の主張及びこれを基本的に採用した原判決の判断に対する強い疑問を呈しているのである。
よって、上記のとおり精神状態の混乱が実際の性的加害行為の時間(と相手方が主張する時間)とは異なる性交の時間の申告という言動に結び付いた理由について何らの合理的説明も示さない説示により、相手方がイーク表参道の医師に対して事実とは異なる本件行為(性交)の時間帯を申告した旨認定した原判決には、診療録の記載内容に関する経験則違反の違法がある(同診療録の記載の解釈については、原判決の医学的事項に関わる判断の過誤の上告受理申立て理由として、後記2で再論する。)
オ 第三者に対する供述ないし被害申告との関係
原判決が相手方の供述の信用性を肯定する根拠事実の1つとして挙げる本件行為後の友人らへの告白や警察への申告(前記ア③)については、前記(1)イのとおり友人ら(S、K)の供述自体が、時間的経過や人間関係の影響、他の証拠との矛盾等により直ちに信用することができないものである。
その上、仮にそのような性的被害の告白や申告等の事実があったとしても、むしろ本件行為について友人らに告白したとされること及びその時期(平成27年4月7日及び8日)が、相手方自身も本件行為につき同意による性的行為であったと認識していたところから本件行為を性的被害であったとの主張に変遷させる契機となったことは、その告白前の4月6日のメール(後記カ)の内容に照らしても十分にうかがわれるところである。
さらに、性的行為について告白した友人ら第三者からの影響が性的被害の虚偽申告の動機となり得ることについても、申立人が原審で主張立証したズッター氏ら論文(乙93の1及び2)等の国内外の知見により示された経験則に照らして明らかである(原審控訴人準備書面(2)・第2の2〔27~33頁〕。
よって、本件行為後の友人らへの告白や警察への申告が、直ちに本件行為の経過の(ママ 経過に)ついての相手方の供述の信用性を補強するものではなく、申立人の主張する本件加害行為の存在を推認させる間接事実となり得るものではないから、この点の評価を誤ったことについて原判決には経験則違反の違法が認められる。
カ メールのやり取りその他の客観的事実の評価
本件行為後に、相手方が申立人との間で、申立人から性的被害を受けたことを前提とする複数のメールをやり取りしていることとして原判決が挙げる事実(前記ア④)については、相手方が申立人に平成27年4月6日夜(本件行為から2日余り後)に送信したメール(甲1の15)の内容が、性的被害を受けたとの自らの主張事実に全く言及しないものであること(「無事ワシントンへ戻られましたでしょうか?」、「VISAのことについてどの様な対応を検討していただいているのか案を教えていただけると幸いです。」)についての評価を誤ったものである。
この同月6日のメールについて、原判決は「ビザのことを尋ねたものの、控訴人から性的被害を受けたことについて全く言及していないメールを送信したことは、控訴人が主張するとおりであるけれども、既に指摘したとおり、被控訴人は、その当時、精神的に相当混乱し、葛藤があったものとうかがわれるから、上記のメールにおいて控訴人からの性的被害について触れるところがないとしても、それが事の経緯として著しく不自然・不合理であるとまではいうことはできない」と説示する(67頁)。
しかし、原審控訴人準備書面(6)・第2の4(25~30頁)で述べたとおり、性的被害を主張する被害者供述の信用性評価に当たっては、原判決が説示するような「精神的に相当混乱し、葛藤があったものとうかがわれる」被害者特有の心理状態、更にはそのような心理状態から被害者が非合理的な行動に及ぶ可能性について一定の考慮が必要であるのは当然のこととして、そのような非合理性の程度が高い場合には、現場等の客観的状況とも照らし合わせながら、被害者の非合理的な行動(又は合理的な行動をしなかったこと)の理由、そのときの心理状態(感情)について十分確認する必要があり、その後で、被害者供述を全体としてみたときに、その根幹部分の信用性について慎重に検討することが求められるものである(中村光一「強姦事件における『被害者の同意がなかったこと』の立証について」警察学論集70巻1号147、158、159頁(乙136))。
しかるに、原判決においては、「精神的に相当混乱し、葛藤があったものとうかがわれる」相手方の精神状態という外部的客観的に観察することの困難な内心面を最初の出発点として、上記4月6日のメールの文面を解釈するという論理に依拠しており、そのような論理が、他の非供述証拠によって認められる客観的事実(特に本件ホテルから帰宅する際の健常な相手方の姿の防犯カメラ映像、同月4日のイーク表参道(前記エ)や同月6日の元谷整形外科における診療録の記載、相手方の下着の付着物についてのDNA検査結果等)いついても、そのような相手方の精神状態に照らして解釈ないし評価すれば申立人による本件加害行為による性的被害を被った後の精神的混乱や葛藤、逡巡等の心情と矛盾するものではないとの論理を成立させ、当該客観的事実と相手方の性的被害主張との矛盾点についてさしたる検討を加えることもなく申立人の主張を排斥するという原判決の態度に結び付いていることが優に推認される(58,59、60、61頁)。
原判決のこのような認定判断の手法は、①まず非供述証拠その他の客観的証拠に基づき『動かぬ事実』を確定させた上で(第1段階)、②自ら設定した上記争点につき相対立する当事者双方の供述の信用性を、当該『動かぬ事実』その他の証拠と照らし合わせて比較検討する(第2段階)という否認事案における供述証拠の信用性判断と事実認定の基本原則から逸脱し、「精神的に相当混乱し、葛藤があったものとうかがわれる」相手方の精神状態という評価者の価値判断が入り込む余地の大きい内心面の主観的心情を最優先に供述証拠や他の非供述証拠の解釈評価を行おうとするものであり、「精神的に相当混乱し、葛藤があったものとうかがわれる」被害者側供述の信用性の過大評価を容易に導きかねないものであって、客観性、中立性ないし公平性が求められる否認事案の司法判断の在り方として到底許容され得るものではない。
よって、原判決には、①供述証拠と非供述証拠それぞれの証拠評価とそれ(ママ それに)基づき認められるべき事実の優先劣後や論理的関係の評価を誤った採証法則違反、②「精神的に相当混乱し、葛藤があったものとうかがわれる」被害者特有の心理状態を過大に評価した経験則違反が認められる。
キ 医療機関の受診と精神面の不調の主訴について
原判決が相手方の供述の信用性を肯定する根拠事実とする事情のうち、相手方がまつしま病院等を受診した際に申立人から受けた性的被害に起因する精神面の不調を訴えていることについては、加害行為(不法行為)の存否自体が争われている事案においては、不法行為(本件においては性的加害行為による性的自由の侵害)の成立が認められることを前提として、当該不法行為による損害(精神的損害)の範囲及び額についての認定判断の根拠事実として評価されるべきものである。特に損害賠償における損害算定におけるPTSDの法的認定が争われる事案においては、PTSDの診断基準を厳格、厳密に適用すべきことが求められるとされており、主治医の判断がそのまま法的判断となるものではないことは当然であるとされており、臨床場面における患者の主訴(精神的不調の訴え)があったからといって、そこから遡って当該主訴を生じさせる原因となる加害行為ないし被害事実が発生したことに結び付ける事実認定の手法は厳に慎むべきものと解される(原審控訴人準備書面(7)・2(2)〔8、9頁〕。
それにもかかわらず、まつしま病院等の医療機関受診時に性的被害を訴えた相手方の主訴を不法行為(本件加害行為)の成否自体の間接事実として重視した原判決の認定判断には、損害論の根拠事実として評価したことによる論理則ないし経験則違反の違法が認められる。
ク 本件公表行為との関係
前記キと同様に、相手方が平成29年5月以降に順次本件公表行為を行っていることについても、他の間接事実及び証拠と照らし合わせて本件公表行為の内容(申立人による本件加害行為とこれによる相手方の性的被害)の真実性が認められた場合に初めて、本件公表行為も被害事実と整合性を持つものと解することができるのであって、本件公表行為に及んだことそれ自体を本件加害行為を推認させる間接事実ないし相手方の性的被害に関する供述の信用性を肯定する根拠事実として評価することは、完全に論理が逆転しているものといわざるを得なから(ママ 得ないから)、やはり論理則ないし経験則違反の違法が認められる。
2 医学的事項に関わる判断の過誤
(1) 本件行為(性行為)当時の相手方の意識状態と記憶に関する認定についての審理不尽~手塚意見書への評価に係る重大な過誤
原判決は、「アルコールの薬理作用である麻酔作用(酩酊度)は、個体差が大きいものの、血中アルコール濃度に一定程度相関し、血中アルコール濃度が1.0~1.5mg/ml(中等度酩酊)で反応の顕著な低下、運動機能の低下、嘔吐(特に急速に血中濃度が上昇した場合)の症状が、1.6~2.9mg/ml(強度酩酊)で感覚機能の著明な低下(外的刺激への反応の低下)や運動機能の著明な低下(千鳥足や転倒など)の症状」(38頁)が現れるとした上、「被控訴人は、少なくとも、本件寿司店において控訴人とともに、控えめにみてもそれぞれ2合から3合程度の日本酒を飲んでいて、その後は、タクシー内では嘔吐し、本件ホテルに着いた後は、控訴人に支えられながら本件ホテル内を移動し、本件居室内で控訴人の介助を受けてベッドで就寝するに至ったことからすると、被控訴人は、前記1(5)に認定の医学的知見に照らし、強度酩酊(血中アルコール濃度1.6~2.9mg/ml。感覚機能の著明な低下(外的刺激への反応ないしそれに近い状態にあったものと認められる。)(「控訴人が、同月3日午後8時頃以降に本件串焼き店で飲酒したことに加え、引き続いて、同日午後11時頃まで、本件寿司店で控えめに見ても日本酒を2合から3合程度を飲んだことを前提とすると、翌4日午前5時ごろの血中アルコール濃度は、1.29~1.65~2.00mg/mlと推測され、その時点でもアルコール健忘が生ずる可能性が指摘されている。」(57、58頁)などと判示する。
しかしながら、原判決が判示する飲酒量や血中アルコール濃度は、医学的・科学的な知見を殊更無視した独自の見解である。手塚医師の医学的知見のみならず、申立人が提出した藤宮医師の意見書とも矛盾している。また、上記飲酒量やアルコール濃度による症状は、原判決自身が認定した控訴人の症状と矛盾しているのみならず、申立人が供述する症状とも矛盾している。
以下、詳述する。
ア 相手方が供述する午前5時頃の酩酊症状と矛盾していること
原判決は、「翌4日午前5時ごろの血中アルコール濃度は、1.29~1.65~2.00mg/mlと推測され」〔る〕旨を範囲している(58頁)。
上記の原判決の認定からすると、平成27年4月4日午前5時ごろ、相手方は、中程度酩酊~強度酩酊の状態にあり、反応の顕著な低下、運動機能の低下、言語不明瞭、視覚機能や平衡感覚の低下、嘔吐(特に急速に血中濃度が上昇した場合)、感覚機能の著明な低下(外的刺激への反応の低下)や運動機能の著明な低下(千鳥足や転倒など)の酩酊症状がみられる状態にあったことになる。
ところが、相手方は、原々審の本人尋問において「被害に気付き、起きたその後も、意識ははっきりとしており、二日酔いのような気持ち悪さは全くありませんでした」(原告23頁、原審被控訴人第2準備書面・15、16頁)と供述している。
上記相手方の供述は、同4日午前5時ごろ、アルコールの影響はなく、酩酊症状がなかったと主張するものであろう。軽度酩酊(0.6~1.0mg/ml)、注意力や忍耐力の低下、全身の反応鈍化、協調運動や筋力の低下、不安や抑うつの増加、合理的な解決や分別ある行動の低下)や無症状期(0.1~0.5mg/ml、爽快で気持ちが緩み愉快になる、自己抑制の低下、脈拍や呼吸数の上昇、作業の遂行能力や判断能力の低下)の酩酊症状すら出ていなかったと主張しているにほかならない。少なくとも、強度酩酊や中等度酩酊の症状はなかったと供述していることは明らかである。
同4日午前5時ごろ、中等度酩酊~強度酩酊の酩酊症状が出ていたとする原判決と明らかに矛盾している。
イ 原判決の認定する平成27年4月4日午前5時頃の様子と矛盾していること
原判決は、「被控訴人は、同日午前5時頃、下腹部に痛みを感じて目覚めると、ベッドの上に全裸で仰向け状態になっており、控訴人が避妊具を着けずに被控訴人の陰部に陰茎を挿入していた。被控訴人は、控訴人に対し、繰り返し「痛い。」と訴えたところ、控訴人は、「痛いの?」と言って動きを止めたものの身体を離そうとせず、被控訴人が「トイレに行きたい」と言うと、控訴人が体を離したため、被控訴人は、バスルームに入った。」「被控訴人は、バスルームの鏡を見ると、乳首から血が滲んでおり、自分の体が所々赤くなっていたことに気付き、早く本件居室から退出しなければならないと考え、バスルームから出ると、そこに立っていた控訴人は、被控訴人の肩をつかんでベッドに倒し、被控訴人にキスをしようと顔を近づけたため、被控訴人は顔を背けてこれを拒み、「痛い、やめてください。」と言うと、被控訴人は「痛いの?」と言いながら被控訴人の膝をこじ開けようとしたが、被控訴人が足を閉じて抵抗したところ、控訴人は性行為を止めた。」、「被控訴人は、本件行為後、公訴人に対し、英語で「何するつもりなの。」、「一緒に働く予定の人間にこんなことをして、何のつもりなの。」と問いただすと、控訴人は、「ごめんね。」、「君のことが本当に好きになっちゃった。」、「早くワシントンに連れていきたい。君は合格だよ。」と言った。また、被控訴人が、控訴人に対し、英語で「否認もしないでもし妊娠したらどうするつもりなのか。病気になったらどうするのか。」と言うと、「あと1,2時間で空港に行かなくてはいけないので、その途中に大きなドラッグストアがあるので、ピルをそこで買いましょう。その間に一緒にシャワーを浴びよう。」などと言った。被控訴人は、室内に散乱していた衣服等を拾うなどして身支度をしようとし、下着を探していたところ、控訴人が被控訴人の下着を差し出しながら、「パンツくらいお土産にさせてよ。」、「いつもはできる女みたいなのに、今日はまた子供みたいでかわいいね。」などと言った。被控訴人は、前日に着用していたブラウスが濡れていたため、被控訴人が差し出したTシャツを受け取って着用し、その後、控訴人から「またね」といった言葉を掛けられた。」、「被控訴人は、本件居室を退出する前、昨日から着ていた下着を着けて、スラックスをはいたが、ブラウスは濡れてハンガーに掛けられていたため、控訴人が所持していたTシャツを着て、その上からコートを着た。そして、被控訴人は、同日午前5時50分、本件ホテルを出て、タクシーで帰宅した。」(30~31頁)と判示する。
しかしながら、一方で、原判決は、「翌4日午前5時ごろの血中アルコール濃度は、1.29~1.65~2.00mg/mlと推測され」〔る〕とも判示しており(58頁)、矛盾している。
すなわち、原判決が判示するように、翌4日午前5時ごろの血中アルコール濃度が「1.29~1.65~2.00mg/ml」であれば、中等度酩酊~強度酩酊の酩酊症状として、感覚機能の著明な低下(外的刺激への反応の低下)、運動機能の著明な低下(千鳥足や転倒など)、反応の著明な低下、運動機能の低下、言語不明瞭、視覚機能や平衡感覚の低下といった症状が出ていたはずであり(原38頁)、バスルームに逃げ込む行動、顔を背けて申立人のキスを拒む行動、膝をこじ開けられないように足を閉じて抵抗する行動、下着、スラックス、Tシャツを着て、その上からコートを着る行動、本件ホテルから一人で歩いて出る行動などをすることができなかったはずである。また、言語不明瞭、反応の著明な低下を来している相手方が、「痛い。」「トイレに行きたい」などと訴えるばかりか、「何するつもりなの。」「一緒に働く予定の人間にこんなことして、何のつもりなの。」「否認もしないでもし妊娠したらどうするつもりなのか。病気になったらどうするのか。」と、申立人を問いただしたり、申立人と違和感なく会話したりすることができなかったはずである。
ウ 防犯カメラの映像(甲15)と矛盾すること
原判決は、翌4日午前5時ごろの血中アルコール濃度は「1.29~1.65~2.00mg/ml」と判示しており、中等度酩酊~強度酩酊の酩酊症状として感覚機能の著明な低下(外的刺激派の反応の低下)、運動機能の著明な低下(千鳥足や転倒など)、運動機能の低下、視覚機能や平衡感覚の低下といった症状が出ていたことになる(38頁)。
そうだとすれば、同時間帯ごろ、相手方はアルコールの酩酊症状により、普通に歩くことができなかったはずである。
ところが、同4日午前5時50分頃の防犯カメラ映像に映る相手方に酩酊症状は見て取れない(乙85の1・8頁)。相手方は、普通の歩調や歩幅で歩いており、矛盾している(甲15)。
エ 乳首からの出血を伴う刺激を受けても覚醒しないことは医学的知見に反すること
原案決は、同4日午前5時頃に、相手方は、申立人が性交を行っていた痛みで目覚めた旨判示する(30頁、58頁など)。
ところが、一方で、原判決は、痛みで目覚めた直後に、相手方は、バスルームに逃げ込み、「乳首から血が滲んでおり、自分の体が所々赤くなっていたことに気づ」〔いた〕(30頁)と判示している。
すなわち、原判決は、乳首からの出血等の怪我(相手方は、「乳首の出血、腕のあざ、右腰付近の痛み、右膝の痛みという身体的負傷を負った。」と主張している(原審の令和3年3月18日付け被控訴人釈明書・1項)。)を負わされても、目が覚めなかったにもかかわらず、「陰部に陰茎を挿入」した「下腹部の痛み」(30頁)で目が覚めたと認定している。
しかしながら、難波雄亮医師作成の令和4年3月20日付け意見書(資料5-1。以下「難波意見書」という。)によると、「乳首を捻じるなどの強い痛み刺激により覚醒しない場合、JCIII-100以上もしくはGrady Coma Scale GradeIII以上と解釈できる。この場合、大脳皮質、間脳、脳幹部分の傷害が考慮される状態である。アルコール飲酒により意識障害が重度であった場合、呼吸状態も保持できず、人工呼吸器の使用が必要になろうこともある。」、「本件の意識障害の評価をGCSに当てはめると、〔中略〕GCSスコアは3~7点となる。」、「GCS8点以下であれば、疼痛刺激により持続的に覚醒するということは通常考えにくい。交通外傷の患者でGCS8点以下では人工呼吸器を必要とする呼吸障害、脳機能傷害が考慮される状態である。」「乳頭刺激による刺激で持続的に覚醒しないとなると、生命を脅かすような重度な意識障害が想定され、その他の外界からの刺激でも持続液(ママ 持続的)に覚醒することは困難であると判断できる。」(難波意見書・3頁)と述べた上で、「上記の意識障害の評価スケールの解釈を当てはめても、疼痛刺激の強さを考慮しても原告の主張に矛盾が生じている。乳首から血がでる刺激は、下腹部に性器を挿入する刺激よりも大きな刺激である。性器挿入で目が覚めたにもかかわらず、より刺激の大きな乳首からの出血をともなう刺激でも意識が覚めなかったとは考えにくい。」、「JCS、Grady Coma Scale、GCSの3つの指標のいずれにおいても、呼吸障害や脳機能傷害などを考慮すべき状態である。それにもかかわらず、原告に呼吸傷害や脳機能傷害が生じた様子が伺えない。」「原告の主張は、医学的に疑問が残ると言わざるを得ない。」(難波意見書・3~4頁)と述べている。
乳首等の怪我を負っても目が覚めなかったにもかかわらず、陰部に陰茎を挿入した痛みで目が覚めたと認定する原判決は、医学的知見に反するものであり、申立人も原審において上記難波意見書と同趣旨の主張立証をしたにもかかわらず(原審控訴人準備書面(8)・第2の3(1)〔22~28頁〕、その点について一切判断を示さずに当該主張立証を排斥した原判決には、審理不尽の過誤がある。
オ 午前5時頃の意識障害からの改善過程が、医学的知見に反すること
相手方は、前記アのとおり「被害に気付き、起きたその後も、意識ははっきりとしており、二日酔いのような気持ち悪さは全くありませんでした」と供述し、原判決もこれを肯定する。
しかしながら、午前5時頃の意識障害の改善過程は、医学的知見に反するものである。
すなわち、難波意見書(資料5―1)によると、「実臨床で内科や救急で経験する意識障害では、徐々に数十分から数日かけて改善していくことが多い。低血糖や麻酔薬(拮抗薬を使用する場合)を使用した時のような特殊な場合には、数秒から数分で意識が清明となることが想定される。しかし今回はアルコールによる影響であり、この例には該当しないと考えるのが普通である。意識傷害から急激に改善することはなく、実際の臨床では徐々に改善していく経過をたどる。」実際に文献3)の記載にあるように、血中エタノール濃度と臨床症状の相関は臨床の現場でも乖離することがあり、今回の原告の話のように瞬時に症状が改善するとこは(ママことは)考えにくく、時間をかけて覚醒し動けるようになるのが普通である。」と述べた上で、「原告の主張は、医学的に疑問が残ると言わざるを得ない。」(同意見書3~4頁)と結論付けているのである。
しかも、原判決は、「翌4日午前5時ごろの血中アルコール濃度は、1.29~1.65~2.00mg/mlと推測され」〔る〕(58頁)とし、中等度酩酊~強度酩酊の酩酊症状が出ていたと認定しておきながら、かかる酩酊症状が、瞬時に回復したことになるというものであり、医学的知見に反すると言わざるを得ない。
カ 原判決の認定する翌4日午前5時頃の血中アルコール濃度は、藤宮医師ですら否定すること
原判決は、「翌4日午前5時ごろの血中アルコール濃度は、1.29~1.65~2.00mg/mlと推測され、その時点でもアルコール性健忘が生じる可能性が指摘されている。」とした上で、「本件寿司店のトイレに2回目に入った以降、本件行為の最中に覚醒するまでの記憶を失っていた旨を述べる被控訴人の供述は、信用することができる」(58頁)と判示する。
しかしながら、原判決が、アルコール性健忘が生じるとした4日午前5時頃の血中アルコール濃度(1.29~1.65~2.00mg/ml)は、藤宮医師ですら、防犯カメラ映像(甲15)と合致しないと述べており、医学的知見に反する(甲23の1)。
すなわち、原判決が認定する午前5時頃の血中アルコール濃度(1.29~1.65~2.00mg/ml)は、藤宮意見書(甲23の1)の表6・12頁を参考にしていると解されるところ、かかる表6・12頁によると、午前5時50分の血中アルコール濃度は「1.13~1.51~1.90mg/ml」と推定される(甲23の1、表6・12頁)。
ところが、藤宮意見書では、「翌朝6時前のロビーや入り口を歩行している映像から、単独歩行可能で、ほぼ正常な速足歩行であり、千鳥足や転倒などの強度酩酊症状はほとんど認められなかった」(甲23の1・24頁)と防犯カメラ映像(甲15)を評価した上で、「午前5時50分のホテルから出る時には中等度~強度酩酊状態(1.13~1.51~1.90mg/ml)となる(表1、表6、表12)。よって、午前11時半頃には合致するが、翌朝6時前についてはやや合致しがたいと判断される。」(甲23の1・上記同頁)と述べている。
以上からすると、「翌4日午前5時ごろの血中アルコール濃度は、1.29~1.65~2.00mg/mlと推測され」るとの原判決の判示(58頁)は、手塚意見書(乙85の1)はおろか藤宮意見書(甲23の1)とも矛盾しており(後記福内回答書でも、上記午前5時頃には酔っていないことを前提に「普通の歩調や歩幅」と述べている(乙156の1・4頁)。本件の医学的観点からの検討に関与したあらゆる医師が共通の前提とする医学的知見とさえ異なり、全医師が否定するであろう事実認定にまで及んでいる。
さらに、原判決は、かかる医学的知見と異なる4日午前5時頃の血中アルコール濃度(1.29~1.65~2.00mg/ml)を前提に、午前5時頃まで覚醒せずアルコール性健忘が生じたとする相手方の供述が信用できると認定している。前提となる4日午前5時頃の血中アルコール濃度(1.29~1.65~2.00mg/ml)が医学的知見と矛盾する以上、「本件寿司店のトイレに2回目に入った以降、本件行為の最中に覚醒するまでの記憶を失っていた旨を述べる被控訴人の供述は、信用することができる」(58頁)と判示し、午前5時頃まで覚醒せずアルコール性健忘が生じていたとする原判決は、医学的根拠を失っている。
キ 原判決の認定する3日午後11時過ぎの血中アルコール濃度の酩酊症状が、タクシー内の状況等と合致していないこと
原判決は、平成27年4月3日午後11時過ぎの相手方の酩酊症状について、「強度酩酊(血中アルコール濃度1.6~2.9mg/ml。感覚機能の顕著な低下(外的刺激への反応の低下)や運動機能の顕著な低下(千鳥足や転倒など)の症状がみられる。)ないしそれに近い状態にあったものと認められる。」(57頁)と判示する。
しかしながら、原判決が判示する強度酩酊の酩酊症状は、原判決が認定するタクシー内の状況等と矛盾している。
タクシー運転手(甲2)によると、3日午後11過ぎ(ママ11時過ぎ)に申し立て人と相手方をタクシーに乗せた旨の供述をしている。仮に相手方が自らタクシーに乗り込めない状態であれば、当然にタクシー運転手はその旨の供述をしているはずであるが、そのような供述をしていないことからすると、タクシー運転手は相手方が自らタクシーに乗ることができたことを前提の話をしていることが明らかである。すなわち、3日午後11時過ぎごろ、相手方は、自らタクシーに乗り込める状態であり、強度酩酊の症状(感覚機能の顕著な低下:外的刺激への反応の低下、運動機能の顕著な低下;千鳥足や転倒など)がみられたとする原判決は医学的知見と矛盾する。
しかも、タクシー運転手は、タクシー内で、相手方は、寿司が美味しかったという話や仕事の話をしていたと供述している(甲2)。また、タクシー運転手に対し、「近くの駅まで行ってください。」と述べ、運転手が「目黒駅が一番近いです」と答えると、「それでは、目黒駅に行ってください」と述べるなど、スムーズに会話が成立していた旨の供述をしており(甲2)、原判決も同様の認定をしている(28頁)。中等度酩酊の場合ですら、「言語不明瞭」(甲23の1)の症状が出るところ、それよりも症状の重い強度酩酊の相手方が、タクシー内で、申立人やタクシー運転手とスムーズに会話が成立することは考え難く、強度酩酊であったとする原判決は医学的知見と矛盾している。
さらに、原判決は、「タクシーに乗車してから本件ホテルに到着するまで15分程度であったが、この間、被控訴人は、気分が悪くなり、タクシーの車内で嘔吐した」(28頁)と認定する。しかしながら、「嘔吐」は「中等度酩酊」の症状であり、「特に急速に血中濃度が上昇した場合」の症状である(甲23の1・6頁表1)。先述のとおり、相手方は、タクシーに自ら乗り込むことが可能であり、タクシー内でも会話が成立していたことも勘案すると、かかる状態の相手方をもって、強度酩酊であると認定することは、医学的知見と矛盾している。
しかも、原判決も説示するとおり「アルコールによる行動障害は、その血中濃度が下降中よりも上昇中の方が大きい(メランビー効果)(39頁)。相手方らは、4月3日午後11頃まで本件寿司店で飲酒をしており、「アルコールの血中濃度は30~90分以内、通常は45~60分で最高に達する」(甲23の2・704頁左段3~4行目)とされていることからすると、その直後に乗車したタクシー内では血中アルコール濃度が上昇中であり、メランビー効果によって、実際の血中アルコール濃度よりも、重篤な酩酊症状が出ていたことになる(甲23の1・5頁)。タクシー乗車中に血中アルコール濃度が上昇中であったことは、「中等度酩酊」で「特に急速に血中濃度が上昇した場合」に「嘔吐」の症状が出るとされているところ(甲23の1・6頁表1)、相手方がタクシー内において、初めは会話ができていたが、その後静かになり、ついにはタクシー内で嘔吐していることからも裏付けられる。そうだとすると、相手方は、タクシー乗車中に急速に血中アルコール濃度が上昇し「中等度酩酊」に達したとみることができる。しかしながら、原判決は、「強度酩酊(血中アルコール濃度1.6~2.9mg/ml)」(57頁)と、これらの医学的知見と矛盾した認定をしている。
タクシーに乗車してから本件ホテルに着いた後、申立人に支えられながら本件ホテル内を移動しているが、原判決も説示する「メランビー効果」(アルコールによる行動障害は、その血中濃度が下降中よりも上昇中の方が大きい)(39頁)を勘案すると、急速に血中アルコール濃度が上昇していた相手方には、実際の血中アルコール濃度よりも、より重篤な酩酊症状が出ていたと解され、「強度酩酊(アルコール濃度1.6~2.9mg/ml)」と認定した原判決は医学的根拠を欠いている。
*転記者注:
・甲23の1は藤宮意見書
・甲23の2は「カプラン 臨床精神医学テキスト DSM-5診断基準の臨床への展開」
ク 手塚意見書を曲解しており、排斥する理由になっていないこと
原判決は、「被控訴人が平成274月3日夜の飲酒により強度酩酊の状況に至り、本件ホテルに入った時点(同日午後11時20分頃)では、控訴人に支えられてようやく移動できるほど酩酊していた被控訴人が、それからわずか2時間半程度で、控訴人が述べるように、その真意に基づき控訴人を性行為に誘う挙動に至ることができたのかといった点については、素朴な疑問を解消し得ない。」、「控訴人からは、被控訴人が同日午前2時ないし3時頃に覚醒していた可能性を裏付ける意見書(乙85の1~5)が提出されているけれども、その意見書の内容をみると、被控訴人の飲酒量を含め、いくつかの前提を置いた上で検討しているものである上、飲酒による症状は個人差があるため、断言はできないというものであるから、これをもって上記の素朴な疑問が解消されるというものでもない。」(66頁)と述べ、手塚意見書(乙85の1ないし5)を排斥する。
上記のとおり、原判決は、手塚意見書(乙85の1ないし5)を排斥する理由として、①相手方の飲酒量を含め、いくつかの前提を置いて検討している点、②飲酒による症状は個人差があるから、断言はできないという点の2点を挙げている。
しかしながら、上記2点は、いずれも手塚意見書(乙85の1ないし5)を曲解しており、排斥する理由になっていない上に、最高裁判例やこれに付加された補足意見の考え方にも反するものである。
以下、詳述する。
(ア) 原判決が、相手方の飲酒量を含め、いくつかの前提を置いて検討していると述べ、これを理由に、手塚意見書を排斥することが検討違いであること
手塚意見書(乙85の1)の要旨は、
‘a 血中アルコール濃度と臨床症状の関係には個人差が大きく、必ずしも血中アルコール濃度と実際の症状は一致しないこと(手塚意見書・5頁)、
‘b 本件ホテルに到達した時点では、血中アルコール濃度が上昇中であり、メランビー効果によって実際の血中アルコール濃度よりもより重篤な酩酊症状を生じやすい状況であったこと、そのため、ホテルに向かうまでは千鳥足やふらつきといった症状がみられたとしても矛盾しないこと(手塚意見書・12頁)、
‘c 午前2時から3時の時点では、血中アルコール濃度は低下していく過程であり、中毒作用が小さいこと、そのため、午前2時から3時の時点で意識が清明であった、もしくは意識が清明であるように見えたとしても矛盾しないこと(手塚意見書・12頁)
であり、申立人が主張するストーリー(相手方が、午前2時から3時頃に覚醒していたこと)が、医学的に成り立ち得るというものである。
手塚意見書は上記の要旨を導く過程において、原判決が批判するように、(①)相手方の飲酒量を含め、いくつかの前提を置いて検討しているという過程は経ていない。原判決の批判は、全くの見当はずれというほかない。
手塚意見書が、(①)相手方の飲酒量を含め、いくつかの前提を置いて検討しているのは、血中アルコール濃度による酩酊度と実際の症状には、ある程度の相関を認める一方で症状の個体差が大きいことを示すためである(手塚意見書・6頁)。実際に、相手方が「友人と2人、自宅でワイン3本飲んでも大丈夫である」と述べていることから、相手方による「大丈夫」が中等度酩酊かそれ未満であると推定し、相手方においても、血中アルコール濃度と臨床症状の関係に齟齬が生じていることを示している(手塚意見書・11頁)。これは、むしろ、必ずしも血中アルコール濃度と実際の症状が一致しないという事象(‘a)が、相手方自身にも発生していることを示しており、申立人が主張するストーリー(相手方が、午前2時から3時頃に覚醒していたこと)を裏付けるものである。
(ウ) 原判決が、(②)飲酒による症状は個人差があるから、断言はできないと述べているとして、これを手塚意見書を排斥する理由としていることが見当違いであること
前記(ア)のとおり、手塚意見書の要旨は、
‘a 血中アルコール濃度と臨床症状の関係には個人差が大きく、必ずしも血中アルコール濃度と実際の症状は一致しないこと(手塚意見書・5頁)、
‘b 本件ホテルに到達した時点では、血中アルコール濃度が上昇中であり、メランビー効果によって実際の血中アルコール濃度よりもより重篤な酩酊症状を生じやすい状況であったこと、そのため、ホテルに向かうまでは千鳥足やふらつきといった症状がみられたとしても矛盾しないこと(手塚意見書・12頁)、
‘c 午前2時から3時の時点では、血中アルコール濃度は低下していく過程であり、中毒作用が小さいこと、そのため、午前2時から3時の時点で意識が清明であった、若しくは意識が清明であるように見えたとしても矛盾しないこと(手塚意見書・12頁)
であり、医学的に、相手方が午前2時から3時頃に覚醒していた可能性がある、すなわち、申立人のストーリー(相手方が午前2時から3時頃に覚醒していた)が、医学的に成り立ち得るというものである。
ところが、原判決は、手塚意見書が、相手方が午前2時から3時頃に覚醒していたと断言していないとして、相手方が申立人を性交に誘う挙動に至ることができたのかという点について、「素朴な疑問」を解消されていないと判示し、手塚意見書を排斥する。
原判決は、「素朴な疑問」を解消するには、相手方が午前2時から3時頃に覚醒していたと断言できなければならないというのであろうか。「素朴な疑問」(真意に基づき申立人を性行為に誘う挙動に至ることができたのか)は、裁判官の素人の疑問にすぎない。医学的根拠に基づかない「素朴な疑問」によって、なぜに、手塚意見書を排斥できるのであろうか。原判決が不当であることはあ明らかである。
(エ) 原判決が手塚意見書を排斥したことは、最高裁判所平成20年4月5日第二小法廷判決に反すること
最高裁判所平成20年4月25日第二小法廷判決(刑集62巻5号1559頁)は、「生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理的要素に与えた影響の有無及び程度については、その診断が臨床精神医学の本分であることにかんがみれば、専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には、鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりするなど、これを採用しない合理的な事情が認められるのでない限り、その意見を十分に尊重して認定すべきものというべきである。」と判示する。
本件においても、血中アルコール濃度による酩酊の程度と実際の症状との関係、それが意識状態に及ぼす影響といった生物学的要素について、救急科専門医資格をも有する精神科医療、特に国立病院のアルコール病棟医長の任にあるアルコール関連精神疾患分野の専門家であり、臨床的にも経験豊富な手塚医師が、その専門的知見に基づいて医学的見解を述べた意見書であって、その信用性は極めて高い。救急科専門医資格を持ちながら精神科医療を実施している医師は、日本全国を探しても極めて珍しく、そのため貴重な見識を有する医師であり、アルコールの精神作用に関する的確な理解が重要な鍵を握る本件事案に関する医学的知見を明らかにするためには、まさに最適な人材であり、これを採用しない合理的な事情は存在しない。
それにもかかわらず、原判決は、「素朴な疑問」(66頁)という素人の疑問を金科玉条のごとく掲げ、それを専門的知見から否定する手塚意見書を、何らの医学的根拠に基づかず排斥している。手塚医師は、救急科専門医資格をも有する精神科医療、特に国立病院のアルコール病棟医長の任にあるアルコール関連精神疾患分野の専門家であり、臨床的にも経験豊富な医師である。かかる手塚医師が、自らの豊富な臨床経験のみならず、川崎市立多摩病院における166例の急性アルコール中毒患者を対象にした研究論文(乙85の3)等を踏まえ、専門的見地から論じた医学的知見である。
原判決は、手塚意見書の意見を十分に尊重して認定をすべきであり、これを怠った原判決は、上記最高裁判例に反する。
(オ)原判決が手塚意見書を排斥したことは、最高裁平成28年7月19日第三小法廷判決における裁判官山崎敏充の補足意見に反すること
最高裁平成28年7月19日第三小法廷判決(医療判例解説65号12頁)における山崎敏充裁判官の補足意見においては、「本件手術の術後管理における医師の注意義務(適時に頭部CT検査を実施すべき義務)を論じるに当たっては、術後の脳内出血の部位や血液の貯留状況等血腫形成の機序及び時期の解明が必要であり、また、被上告人の様態の変化等脳内出血ないし血腫形成を疑うべき外部的徴候の出現の有無及び出現時期といった事実関係を確定する必要がある。これら脳内出血ないし血腫形成にかかわる事実については、その性質上、どのような徴候の出現をもって脳内出血ないし血腫の形成を外部から判定することが可能かという点を含めて、医学的な専門的知見を適切に活用することなくしては、的確な認定判断を行うことは困難である。」と判示する。
これを本件について当てはめるならば、相手方のアルコールによる酩酊度ないし意識状態を論じるに当たっては、血中アルコール濃度と酩酊度の関係及びその作用機序の解明が必要であり、また、相手方のアルコールの精神作用に関する的確な理解が重要な鍵を握る本件事案に関する医学的知見を明らかにすることなくしては、的確な認定判断を行うことは困難といえよう。
ところが、原判決は「素朴な疑問」(66頁)という素人の疑問を金科玉条のごとく掲げ、それを専門的知見から否定する手塚意見書を、何らの医学的根拠に基づかず排斥している。手塚医師は、救急科専門医資格をも有する精神科医療、特に国立病院のアルコール病棟医長の任にあるアルコール関連精神疾患分野の専門家であり、臨床的にも経験豊富な医師である。かかる医師が、自らの豊富な臨床経験のみならず、川崎市立多摩病院における166例の急性アルコール中毒患者を対象にした研究論文(乙85の3)等を踏まえ、専門的見地から論じた医学的知見である。このような医学的知見を排斥して、医学的知見に基づかない「素朴な疑問」(66頁)にて、的確な認定判断を行うことはできない。医学的知見を明らかにすることなく、むしろ医学的知見を排斥した判決は、上記最高裁平成28年7月19日第三小法廷判決における山崎裁判官の補足意見において示された医学的な専門的知見を適切に活用した的確な医学的争点の認定判断の在り方に反している。
(2)右膝の負傷に関する判断の過誤~元谷整形外科の診療録の記載に関する福内回答書の理解に基づく重大な過誤
原判決は、「被控訴人は、本件加害行為時に、控訴人から膝をこじ開けようとされたことが原因となって、遅くとも同月5日の時点では、右膝に顕著な痛みを感ずるとともに、「右膝内傷、右膝挫傷」との診断を受ける傷害を負ったものと認めるのが相当である。」、「被控訴人が本件ホテルを退去する際の防犯カメラの映像(甲15)を見ても、被控訴人が右膝痛で歩行に支障を来しているような様子はうかがわれないが、その時点で、被控訴人の歩行状態に一見して異常が認められないからといって、その後に被控訴人が供述するような痛みが生ずるということも十分あり得る」(105頁)などと判示する。
しかしながら、かかる原判決は、元谷整形外科のカルテ(乙6)の明確な記載に反するばかりか、整形外科医の医学的知見に基づく福内回答書(乙156の1)で述べられた医学的見解とも矛盾する。原判決では、福内回答書(乙156の1)に言及すらしておらず、審理不尽である。
ア カルテ(乙6)の明確な記載に反すること
元谷整形外科のカルテには「3/31日 変な姿勢で座っていて」「rknee pain⊕」「本日再びpain⊕」(乙6)との記載がある。
かかる記載からすると、相手方は、4月6日に元谷整形外科で診察を受けた際、「3月31日に変な姿勢で坐っていたことが原因で、右膝の痛みが再発した」旨を述べていたことが明らかである。実際に、相手方が「3月31日」に無理な姿勢で坐りながら取材していたことを裏付ける同日の報道記事も明らかとなっている(乙97)。
本件加害行為は、平成27年4月4日午前5時頃とされるところ、明らかに「3月31日」との記載は矛盾している。「4月4日午前5時頃」の本件加害行為と因果関係がないことは明らかである。
この点について、原審において申立人は再三にわたり主張したにもかかわらず、原判決は、意図的に「3/31日」と記載があることにも触れておらず、極めて不当な認定である。
さらに、東京高等裁判所昭和56年9月24日判決(判例タイムズ452号152頁)は、「診療録の記載内容は、それが後日改変されたと認められる特段の事情がない限り、医師にとっての診療上の必要性と右のような法的義務〔注:医師法24条に基づく医師の診療録作成義務〕との両面によって、その真実性が担保されているというべきである。」と判示しているとおり、診療録(乙6)が後日改変されたと認められる特段の事情がない本件においては、「3月31日」に生じた怪我であって、4月4日午後5時頃とされる本件加害行為と因果関係がないことについての真実性が担保されている。これに反する原判決は、上記東京高裁昭和56年9月24日判決に反している。
イ 膝をこじ開けたとしても、右膝の損傷を負うことは、医学的、構造学的にありえないこと
原判決は「控訴人から膝をこじ開けようとされたことが原因となって、「右膝内障、右膝挫傷」との診断を受ける傷害を負ったものと認めるのが相当である」(105頁)と判示する。
しかしながら、(申立人は相手方の膝をこじ開けようとした事実はないが)仮に膝をこじ開けようとしたとしても、右膝の傷害を負うことは、医学的、構造学的にあり得ない(乙156の1)。
すなわち、福内回答書(乙156の1)は、「伊藤氏は、性的暴行を受けた際、無理やり膝をこじ開けようとされ、「右膝内傷」、「右膝挫傷」の傷害を負った旨示唆しています。不自然な点はありますか。」との質問に対し、「膝をこじ開けられないように曲げている間に膝蓋骨が外れるという状況は考えにくい。両膝を深く曲げていて、外側に無理やりこじ開けられたとしても、膝蓋骨が外れることは膝関節の構造からはまず考えられない。」と明確に否定している(同号証4頁)。
原判決は、福内回答書の医学的、構造的知見に反する認定をしているにもかかわらず、なぜ専門家の見解が否定できるのかについて一切述べていない。それどころか、原判決において、医師の専門的知見に基づく「福内回答書」(乙156の1)について、完全に無視し、一切触れていない。審理不尽であることが明らかである。
前掲最高裁判所平成20年4月25日第二小法廷判決は、「生物学的要素である精神障害の有無及び程度並びにこれが心理的要素に与えた影響の有無及び程度については、その診断が臨床精神医学の本分であることにかんがみれば、専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には、鑑定人の公正さや能力に疑いが生じたり、鑑定の前提条件に問題があったりするなど、これを採用しない合理的な事情が認められるのでない限り、その意見を十分に尊重して認定すべきものというべきである。」と判示する。
福内医師が日本整形外科専門医等の資格を持ち、かつ複数の基幹病院の整形外科における豊富な臨床経験を有し、現在は安房地域医療センター院長として地域医療及び整形外科診療の第一線で活動する熟練の整形外科医であること(乙156の1・別紙略歴)をも踏まえると、そのような専門医・臨床医としての医学的知見に基づき、客観的・中立的な観点から被控訴人・控訴人双方の主張及び証拠を総合的に検討し(乙156の2・依頼書別紙送付資料目録)、かつ顕名により専門家としての責任を明示した上で述べた所見については、高度の医学的合理性・信用性が認められる。
かかる福内回答書(乙156の1)を採用しない合理的な事情は認められず、原判決は、福内医師の意見を十分に尊重して認定すべきであったにもかかわらずこれを怠っている。原判決は、前掲最高裁平成20年4月25日第二小法廷判決に違反することが明らかである。
ウ 相手方が主張する右膝の怪我の程度と診療録(乙6)の記載が矛盾していること
相手方は「膝の痛みのために事件後1カ月ほどサポーターをつけて生活することとなった」(訴状8頁)、「この事件後、まともに働けなくなっていた三ケ月だった。事件で揉み合いになった際に負傷したと思われる右膝は、思い(ママ 重い)機材を1人で担ぎ、取材に行く仕事には耐えられず」(甲19・151頁)などと主張し、原判決も、相手方が「控訴人が膝をこじ開けようしたことを原因として被控訴人がその右膝を負傷した事実や、3か月間、重い機材を担いで取材活動に行くなどの仕事ができず、まともに働けない状態に陥っていた」と主張していると判示している(129頁)。
しかしながら、上記相手方の主張する怪我が生じた過程や怪我の程度は、以下のとおり元谷整形外科の診療録(乙6)の記載と明らかに矛盾している。
まず、福内回答書(乙156の1)は、「「変な姿勢で坐っていて」「本日再びpain⊕」との記載があり、普通に読むと、初回の痛みではない。変な姿勢で座ったことにより、痛みが発生したと読める。」「ヨーガ」「バスケット」とあるが、バスケットは前十時(ママ 前十字)靭帯損傷などの膝の怪我をしやすいスポーツである。」「もし診察時に伊藤氏が右膝に強い衝撃があったと訴えたのであれば、外傷の原因としては重要な主訴なのでカルテに記載したはずである。」と述べており(同号証1頁)、診療録の記載から、本件行為当日よりも以前から怪我をしていたことが分かり、申立人の行為との因果関係がないことが明らかである。
次に、診療録(乙6)に「Instability⊕」「膝の不安定性⊕」との記載があることについて、福内回答書(乙156の1)は、「膝にぐらつきがある状態である」、「「Instability」は触診により判断する。痛みがある場合には、筋肉が固まるので、「Instability」とはならない。患者に力を抜いて下さいと指示しても、なかなか力を抜くことができない。本件で、「Instability⊕」と判断できたのは、患者が強く痛みを訴えなかったため、十分な触診ができたからと考えられる。」と述べており(同号証2頁)、4月6日に診察を受けた際、強く痛みを訴えていなかったと考えられる。しかしながら、相手方は、右膝の怪我により3カ月もまともに働けない状態であったと主張しているにもかかわらず、診察時に強い痛みを訴えていなかったことは不自然である。
また、カルテに「B.O.P⊖」「関節内水腫⊖」との記載があることについて、福内回答書(乙156の1)が「B.O.P.」(Ballottement of patella:膝蓋跳動)は、膝関節の膝蓋運動により炎症を起こし、関節周囲に水が溜まった状態を指す。」「外傷で傷ついて炎症を起こすことが多く、たくさん歩いて水が溜まることもある。反復性脱臼のように膝蓋骨(膝のお皿)が外れる怪我を繰り返す患者は、疲労で膝蓋骨が外れ、水が溜まらないこともあり得る。そういう症例では何かの拍子(例えば階段の昇降)でかんたんに外れることもある。」と述べているとおり(同号証1頁)、相手方の右膝は、炎症を起こしておらず、関節周囲に水が溜まっていないことから、外傷で傷ついたものではなく、反復性脱臼によることを示唆している。相手方が主張するように、申立人が膝をこじ開けようとした外傷を原因とするのであれば、炎症を起こし、関節周辺に水が溜まっていたはずである。すなわち、相手方の主張によると、「B.O.P⊕」「関節内水腫⊕」となるはず(ママ はずの)ところ、カルテには「B.O.P⊖」「関節内水腫⊖」と記載されており、矛盾している。
さらに、福内回答書(乙156の1)は「もし診察時に伊藤氏が右膝に強い衝撃があったと訴えたのであれば、外傷の原因としては重要な主訴なのでカルテに記載したはずである。」と述べているが(同号証1頁)、カルテ(乙6)にはそのような記載がない。相手方は、4月6日に元谷整形外科で、右膝に強い衝撃があったと訴えていなかったことが分かり、不自然である。
また、カルテに「本日 再び pain⊕」と記載があることについて、福内回答書(乙156の1)において「特に外傷による痛みが初回であるほど、「Instability」と判断することは難しい。「Instability」は触診により判断するが、外傷を受けてから2日後程度では、患者は痛がり十分に触診できないことが多い。」と述べた上で、「本件では「再び」との記載があり、初回ではなかったため、力が抜けていて、触診や問診などによって「Instability」と推定的に判断できたのかも知れない。」(同号証1頁)と述べているとおり、初回の怪我ではなかったことが分かる。すなわち、カルテの記載から、本件事件よりも以前から、怪我をしていたことが分かり、申立人との間で行われた本件行為との因果関係がないことが明らかである。
前掲東京高裁昭和56年9月24日判決が「診療録の記載内容は、それが後日改変されたと認められる特段の事情がない限り、医師にとっての診療上の必要性と右のような法的義務の両面によって、その真実性が担保されているというべきである。」と判示しているとおり、診療録(乙6)が後日改変されたと認められる特段の事情がない本件においては、真実性が担保されている。これに反する原判決は、上記東京高裁昭和56年9月24日判決に反している。
エ 痛みが生じる時期が遅れることは、医学的にあり得ないこと
原判決は「被控訴人が本件ホテルを退去する際の防犯カメラの映像(甲15)を見ても、被控訴人が右膝痛で歩行に支障を来しているような様子はうかがわれないが、その時点で、被控訴人の歩行状態に一見して異常が認められないからといって、その後に被控訴人が供述するような痛みが生ずるということも十分あり得ることも考慮すると、上記の映像があるからといって、被控訴人の述べる供述が信用できないということはできない。」と判示する(105頁)。
しかしながら、原判決が判示するように、急性の外傷を受けた場合に、直接に痛みが発生せず、後日突如痛みが発生することは、医学的にあり得ない(福内医師作成の2022(令和4年)年3月29日付け追加回答書(以下「福内追加回答書」という。)・資料6-1)。
すなわち、福内追加回答書(資料6-1)は、「控訴審判決が指摘するとおり、平成27年4月4日午後5時50分頃の防犯カメラの映像(甲15、甲16の2)を見る限り、伊藤氏は普通に歩いており、痛がっている様子は全く見て取れない。」「急性の外傷を受けた場合、痛みは直後から発生する者(ママ もの)であり、事件直後には痛みがなく、翌5日になってから、突如顕著な痛みを発生することは考えられない。」(同資料1頁)と、原判決の認定が、医学的にあり得ないことを明確に指摘する。
続けて、福内追加回答書は、「ましてや、伊藤氏は訴状で「膝の痛みのために事件後1カ月ほど職場に復帰できず」「その後膝の痛みのために、数カ月にわたってサポーターをつけて生活することとなった」などと訴えており、また、伊藤氏の著書「Black Box」では、「この事件後、まともに働けなくなっていた三カ月間だった。事件で揉み合いになった際に負傷したと思われる右膝は、重い(ママ)機材を一人で担ぎ、取材に行く仕事には耐えられず」と主張している(151頁)。」「事件後1カ月も職場に復帰できず、しかも3カ月もまともに働けないほどの大怪我をしておきながら、事件直後に症状が現れないことは考えられない。これほどの大怪我をしたのであれば、事件直後から強烈な痛みを感じるはずであり、普通に歩くことは困難なはずである。控訴審判決の認定は、防犯カメラの映像(甲15、甲16の2)と明らかに矛盾する。」と述べた上で、「控訴審判決は、極めて不自然な認定をしており、医学的に首肯できない。」とまで言い切っている。(同資料1頁)。
以上のとおり、医学的に痛みが生じる時期が遅れることはあり得ず、原判決は、医学的に首肯できないものである。
さらに、原判決は、医学的にあり得ない相手方の主張を信用できるとしており、極めて不当である。
オ 相手方の平成27年4月4日から翌5日にかけての行動は、医学的にあり得ないこと
原判決は、相手方は「平成27年4月4日、イーク表参道を受診し」、「同日昼には妹とカフェに行き、同日夜には妹及び友人と会食をした」、「同月5日、友人K及びその友人と会食したが、帰り際に右膝の強い痛みを訴えた」(31~32頁)と判示する。
しかしながら、相手方の上記4月4日から5日にかけての行動は、医学的にあり得ない。
すなわち、福内追加回答書は、「伊藤氏は、本件事件によって、事件後1か月も職場に復帰できず、しかも3か月もまともに働けないほどの大けがをしたと主張している。」「それほどの大怪我をしたのであれば、事件直後から強烈な痛みを感じるはずであり、事件直後に整形外科を受診しないことは考えにくい。ましてや、カフェや会食に出かけられる状態ではない。」(資料6-1・2頁)と、相手方の主張するような右膝の怪我と、4月4日、5日の行動が、医学的に両立し得ないことを明確に指摘する。
続けて、福内追加回答書(上記資料同頁)は、「事件当日に、イーク表参道の受診のほか、昼には妹とカフェに出かけ、夜には妹と友人と会食に出かけることは困難であり、極めて不自然である。」と述べた上で、「伊藤氏の主張は、きわめて不自然というほかなく、医学的に首肯できない。」と厳しく指摘しているとおり、相手方の供述が医学的にあり得ず、信用できないことが明らかである。
ところが、原判決は、このような医学的にあり得ない相手方の供述を信用できるとし、かかる医学的にあり得ない相手方の供述をほぼ唯一の根拠に(友人Sや友人Kの陳述書は、相手方の供述からの派生にすぎない)、「控訴人は、被控訴人に対し、その同意がないのに、本件行為に及んだものというべきである」(71頁)と判示しており、医学的にあり得ない不当な判決である。
(1) 診療録の記載に関する判断の過誤
本件加害行為に関連するとされる診療録は、①婦人科(乙7、乙8)、②整形外科(乙6)、③精神科(甲25、甲47等)がある。
これら全ての診療科の診療録は、申立人のストーリーである相手方が午前2時から3時頃に覚醒していたことを裏付けるものであり、またこれらを根拠として相手方のストーリーである午前5時頃に本件行為(性行為)が行われたこと、相手方が暴行を受けて負傷したことを認めることはできず、むしろ申立人の上記ストーリーに沿うものである(詳細は後述する。)。
ところが、原判決は、申立人のストーリーを裏付けるこれら全ての診療科の診療録の記載を、曲解ないしあえて原判決で言及せず殊更に無視することで、相手方の主張が信用できると認定する不当なものである。
しかしながら、診療録は、第三者である医師が、専門的見地から記録した客観的な証拠であり、記載自体は動かし難い事実である。
この点、前掲東京高裁昭和56年9月24日判決も、「診療録の記載内容は、それが後日改変されたと認められる特段の事情がない限り、医師にとっての診療上の必要性と右のような法的義務の両面によって、その真実性が担保されているというべきである。」と判示している。本件においても診療録の記載内容は、それが後日改変されたと認められる特段の事情がない限り、真実として認定すべきである。
これに反する原判決の認定は取り消されるべきである。
以下、詳述する。
ア イーク表参道の診療録(乙7)に反すること
イーク表参道の診療録には、「coitus(性交)4/4 AM2-3時頃 コンドーム破れた」との記載がある。
かかる記載からすると、相手方に「午前2時から3時頃」性交渉をした認識があったことが裏付けられる。
午前2時から3時頃、相手方は意識があり、判断能力もあり、かつ当時の出来事について現在も記憶があることが、医学的にあり得ることは、手塚意見書(乙85の1)でも裏付けられており、整合的である。
申立人も、平成27年に警察での取り調べを受けた際にも「午前2時から3時頃」と供述しており、イーク表参道の診療録(乙7)に「AM2―3時頃」との記載があることを知る以前から、一貫して、「午前2時から3時頃」であると主張していたこととも整合する。
ところが、相手方は、イーク表参道の診療録(乙7)の「AM2―3時頃」との記載について、高尾医師に対して、「明け方」と伝えたにもかかわらず、高尾医師が、勝手に「AM2―3時頃」と記載したと主張する。日本語の用語としても「明け方」が「AM2-3時頃」を指すものではなく、不合理な主張というほかない。
これに対し、原判決は、「被控訴人が、同医師に対し、その理由は必ずしも明らかではないものの、本件行為のあった時間を含め、混乱等を背景にその認識とは異なる申告をしたとみる余地がある。」(59頁)と判示している。原判決自身が「その理由は必ずしも明らかではない」と認めているとおり、合理的な理由もなく診療録の記載は真実ではないと認定するものにほかならない。
相応の理由すら明らかでないにもかかわらず、診療録の記載が真実ではないと認定する原判決は、前掲東京高裁昭和56年9月24日判決にも反する極めて不当な認定である。直ちに取り消されるべきである。
イ 元谷整形外科の診療録(乙6)に反すること
元谷整形外科の診療録(乙6)には、「3/31日 変な姿勢で坐っていて」「r knee pain⊕」「本日再びpain⊕」(乙6)との記載がある。
かかる記載からすると、相手方は、4月6日に元谷整形外科で診察を受けた際、「3月31日に変な姿勢で坐っていたことが原因で、右膝の痛みが再発した」旨を述べていたことが明らかである。実際に、相手方が「3月31日」に無理な姿勢で座りながら取材していたことは、原々審における本人尋問(原告17、18頁)及び報道記事(乙97)からも明らかである。
相手方の主張する本件加害行為は、平成27年4月4日午前5時頃のこととされるところ、明らかに「3月31日」との記載は矛盾している。相手方の主張する右膝の痛みと「4月4日午前5時頃の本件加害行為と因果関係がないことは明らかである。
上記のことは、福内回答書(乙156の1)、福内追加回答書(資料6―1)でも裏付けられている。
この点について、原審において申立人は再三にわたり主張したにもかかわらず、原判決は、意図的に「3/31日」と記載があることや福内回答書(乙156の1)の存在に触れずに無視しており、審理不尽である。
前掲東京高裁昭和56年9月24日判決にも反する極めて不当な認定である。
原判決は、直ちに取り消されるべきである。
ウ まつしま病院の診療録(乙8)に反すること
まつしま病院の診療録(乙8)には、「4月3日~4日にかけてレイプ被害にあった(顔見知りの人 お酒の中に何か薬でも入れられたのか 自分はお酒は強いほうで2日酔もしないのに その間の記憶が無く 翌日も気分が悪かった)」との記載がある。
かかる記載からすると、相手方は、薬を飲まされてレイプの被害にあった旨の申告をしている。「その間の記憶が無く」と記載されているとおり、薬の影響で、レイプ被害にあったが、薬の影響でその間の記憶が無い旨の申告をしていることが明らかである。また、怪我を負わされた旨の申告をしていれば、当然、その旨の記載がされるであろうが、そのような記載がないことからすると、怪我を負わされた旨の申告はしていないといえよう。
以上からすると、相手方は、「準強姦」の被害を申告していることが明らかである。
このことは、実際に相手方が警察に対して「準強姦」の被疑事実で告訴していることからも裏付けられる。
また、薬を飲まされ「準強姦」の被害に遭ったという申告は、薬効が切れてしまう「午前5時頃」ではなく、より薬効の残ると思われる「午前2時から3時頃」に性交渉はしたが、「午前5時頃」に性交渉はしていないという申立人の主張とも整合的である。
ところが、本件訴訟において、相手方は供述を大きく変遷させ、申立人から死を意識させられるほどの暴行を受け、必死に抵抗したが、右膝の怪我、乳首からの出血、全身のあざ等の傷害を負わされたという「午前5時頃」の「強姦致傷」の被害を訴えるようになった。
しかしながら、かかる相手方の供述は、上記のとおり、まつしま病院の診療録(乙8)と整合しない。
それにもかかわらず、原判決は、変遷した相手方の供述が信用できると診療録の記載と整合しない事実認定をしている。前掲東京高裁昭和56年9月24日判決にも反し、極めて不当である。
エ まちどりクリニックの診療録(甲25)に反すること
まちどりクリニックの診療録(甲25)には、「云ゆる rape drug Ptは A1はかなり強い、気を失ったことはない、5頃行為に及んだか気憶(ママ)がない。」との記載からすると、相手方は、薬を飲まされてレイプの被害にあった旨の申告をしている。「記憶がない」と記載されているとおり、薬の影響で、レイプ被害にあったが、薬の影響でその間の記憶が無い旨の申告をしていれば、当然、その旨の記載がされるであろうが、そのような記載がないことからすると、怪我を負わされた旨の申告はしていないといえよう。
以上からすると、相手方は、「準強姦」の被害を申告していることが明らかである。
このことは、実際に、相手方は、警察に対し「準強姦」で告訴していることからも裏付けられる。
ところが、本件訴訟において、相手方は供述を大きく変遷させ、申立人から死を意識させられるほどの暴行を受け、必死に抵抗したが、右膝の怪我、乳首からの出血、全身のあざ等の傷害を負わされたという「午前5時頃」の「強姦致傷」の被害を訴えるようになった。
しかしながら、かかる相手方の供述は、上記のとおり、まちどりクリニックの診療録(乙8)と整合しない。
それにもかかわらず、原判決は、変遷した相手方の供述が信用できると診療録の記載と整合しない事実認定をしている。前掲東京高裁昭和56年9月24日判決にも反し、極めて不当である。
3 名誉毀損・プライバシー侵害に関する判断の法令解釈上の過誤
申立人の反訴請求(本件公表行為による名誉毀損・プライバシー侵害)に係る原判決の認定判断については、次のとおり法令解釈上の過誤が認められる(各個別の本件公表行為ごとの上告受理申立て理由の対応については別紙本件公表行為目録のとおり)。
(1) 本件公表行為による摘示事実(社会的評価の低下)の解釈に関する法令解釈上の過誤(判例違反)
ア 本件公表行為中、原判決において申立人主張の摘示事実(別紙「本件公表行為・摘示事実対照表(控訴人の主張・令和3年8月20日提出版)」1―(1)、同2―(1)、同3―(1)及び同4-(1)のとおり)が摘示されていたものと認められない旨の認定判断が示されたもの(本書面別紙本件公表行為目録「摘示事実の解釈と社会的評価の低下」欄に〇印を付したもの)については、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すると、いずれも申立人主張の摘示事実が摘示されたものと認めるのが相当である。
イ 個別の本件公表行為についてみると、次のとおりである、
(ア) まず原判決が、申立人が主張する摘示事実(ノートパソコンによる性的加害行為の撮影)を確定的に摘示するものとは認められず、相手方において申立人が性的加害行為を撮影していると感じた旨の事実を摘示しているにとどまるとした本件公表行為(同(1)②、同(3)②。79、80、98頁)については、いずれも一般の読者の普通の注意と読み方とを基準としてみると、相手方が当該事実を確定的に適示したものではない旨争ったデートレイプドラッグに関する事実摘示(本件公表行為(1)⑤及び本件公表行為(3)⑰)と対比しても、その表現方法、表現形式、援護の文脈等の事情を総合的に考慮すると、相手方が主観的に感じた旨の事実を摘示するという程度にとどまらず、申立人が性的加害行為の状況をノートパソコンの撮影機能を用いて撮影していたとの事実を明示的又は黙示的ではあっても確定的に適示したものと認めるのが相当である。
(イ) 本件公表行為(2)⑦の相手方の発言について、記者の質問に回答したにとどまり、(1)⑤のようにデートレイプドラッグを服用させられた事実を自ら積極的に発言したものではなく、その他の発言や配布資料(乙18)にもデートレイプドラッグに言及した部分はみられないから、本件加害行為の前に申立人が相手方にデートレイプドラッグを服用させ意識不明の状態に陥れたことを具体的に摘示するものとは認められないとした原判決の認定判断(96頁)については、明らかに名誉毀損における摘示事実の解釈に関する判例(後記エ)の解釈適用を誤った違法がある。
それというのも、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として本件公表行為(2)⑦の相手方の発言内容を見聞する限り、ドラッグを入れられているという確信を持っていることを肯定する前提に立った上で、その根拠(自らが酒を飲んで記憶をなくした経験がないこと、酒に強いと周りから言われていること、他にも思い当たる点があること)について自ら積極的に説明する回答であったことは明らかであり、その点(デートレイプドラッグに関する事柄)に関する質問については同日の記者会見では回答自体を差し控える旨述べておくなど、通常人でも容易に想起することができる程度の発言等でその場は対応するなど代替策をとることは十分に可能であったと認められるからである。
(ウ) 本件公表行為(3)㉕についても、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準としてK検事の発言部分を読む限り、一般読者の歓心の対象は、原判決が説示するような倫理的に許されない行為(社会的地位を利用してジャーナリストになりたいとの夢を持つ女性(相手方)と性的な関係を結び、同様の行為を他の女性にも行っていること)という認識をK検事が抱いているかどうかではなく、有罪立証は困難であっても実際には性犯罪(準強姦)として問責し得る行為を申立人が行ったとの認識をK検事が抱いているかどうかにあるというべきである。
ウ 前記ア及びイで述べたところから、原判決の認定判断には、自らが名誉毀損の成否等に関する判断枠組みとして引用した判例(75頁。最高裁昭和31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁、最高裁平成9年9月9日第三小法廷判決・民集51巻8号3804頁、最高裁平成10年1月30日第二小法廷判決・集民187号1頁、最高裁平成16年7月15日第一小法廷判決・民集58巻5号1615頁参照)、すなわち一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として、名誉毀損の成否が問題となっている表現による摘示事実を解釈し、その意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるか否かを判断すべきであるとする判例法理の解釈適用を誤った法令解釈上の過誤が認められる。
(2) 本件公表行為の真実性及び真実相当性の認定判断に関する法令解釈上の過誤
ア 真実性について
前記1及び2で詳述したとおり、本件公表行為中、本訴請求原因事実における本件加害行為(性的加害行為))の成立の認定判断については、弁論主義違反、採証法則違反及び経験則違反による法令解釈上の過誤(審理不尽)が認められるため、反訴請求との関係においても、反訴請求原因事実(本件加害行為直後の申立人の相手方に対する発言内容等を含む本件行為後の経過に係る本件公表行為に関するものを含む。本書面別紙本件公表行為目録「真実性及び真実相当性の判断」・「真実性」欄に「〇」印を付したもの)に対する真実性の抗弁の成否に関する認定判断における法令解釈上の過誤が認められる(申立人が否認をしていなかった事実についても、それが性的加害行為の具体的態様として行われた旨の摘示事実は真実に反する。)。
また、本件公表行為による摘示事実について、前記(1)のとおり申立人主張の摘示事実が認められないとされたもの(本書面別紙本件紅葉行為目録「真実性及び真実相当性の判断」・「真実性」欄に「(〇)」印を付したもの)について、仮に当該摘示事実に関する原判決の認定判断が相当であったとしても、それを前提とした真実性の認定判断については経験則違反の違法があり、法理解釈上の過誤が認められる。
イ 真実相当性について
原判決は、本件公表行為中、申立人が著名人であることを理由に警察が当初被害届の受理を拒んでいたとの摘示事実(本件公表行為(2)②。本書面別紙本件公表行為目録「真実性及び真実相当性の判断」・「真実相当性」欄に「〇」印を付したもの)について、真実相当性(相手方が摘示事実を真実と信ずることについての相当の理由)を認めている(91、92頁)。
しかし、前提となる本件加害行為について真実に反するものであることを相手方自身が認識していたことが前記1及び2で詳述したところから明らかである上に、相手方のニューヨーク留学中に聞いたと述べるデートレイプドラッグに関する知識(甲19・66頁)、被害届を提出したとする日時より前に友人Kに「準強姦」に遭った可能性を告げたと述べていること(甲11・2頁)等に照らしても、相手方は、本件行為当時には既に性犯罪について一般人とはいえ相応の知識を有しており、犯罪捜査上の必要性や立件の困難性等の理由以外に、被疑者が著名人である程度の理由で捜査機関が被害届の受理を拒むという対応が通常の事態としては想定されない程度の認識は有していたものと認められるから、上記の摘示事実んいついて真実相当性があるとはいえない。
よって、本件公表行為(2)②の真実相当性に関する原判決の認定判断には、真実相当性の判断の前提事実の認定に経験則違反等の法理解釈上の過誤があり。真実相当性による名誉毀損行為の免責に関する判例法理(最高裁昭和41年6月23日第一小法廷判決・民集140号177頁、最高裁昭和58年10月20日第一小法廷判決・集民140号177頁参照)の解釈適用を誤った違法がある。
(3) プライバシー侵害の判断に関する法令解釈上の過誤
ア 原判決は、本件公表行為によるプライバシー侵害の成否について、本件公表行為において指摘されている事実を公表されない法的利益(申立人)とこれを公表する理由(相手方)とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に不法行為が成立するという法例法理(最高裁平成6年2月8日第三小法廷判決・民集48巻2合149頁、最高裁平成15年3月14日第二小法廷判決・民集57巻3合229頁参照)を踏まえて、本件公表行為のうちデートレイプドラッグ使用を摘示したと認められるもの(本件公表行為(1)⑤及び本件公表行為(3)⑰)以外のものについて、その内容とされた事実を公表されない申立人の法的利益が当該事実を相手方において公表する理由に優越するとは認められないから、相手方には不法行為が成立しない旨判示した(136~177頁)。
イ しかしながら、原判決の判断は、相手方にプライバシー侵害の不法行為が成立しないとした本件公表行為の大半において、意識のない相手方に対してその同意なしに性行為に及んだなどの本件加害行為に関する相手方の主張が真実であることを前提として、相手方においてそのような本件加害行為による性的被害を公表する理由を申立人のプライバシーの利益に優越するとの比較衡量を行うことで一貫している。そうすると、本件公表行為の内容のうち、申立人による相手方に対する本件加害行為及びその前後の経過について、相手方による公表の理由が真実であることを前提として申立人のプライバシーの利益に優先するもの及び優先する部分を含むもの(本書面別紙本件公表行為目録「プライバシー侵害の判断」・「(真実性)」欄に「〇」印が付されたもの。ただし、本件公表行為(1)⑤及び(3)⑰については、申立人が相手方からデートレイプドラッグを使用したと主張されている部分を除く。)として原判決が認定判断したものについては、真実性の判断を誤った点において比較衡量の前提自体が誤っており、この点において当該各本件公表行為(同目録)についての原判決の判断には、判例法理の適用を誤った法令解釈上の過誤がある。
本件公表行為(2)⑦については、原判決は申立人が相手方に気付かれないようにデートレイプドラッグを服用させたことを具体的に摘示するとは認め難いとするが(152頁)、名誉毀損における当該公表行為についての認定判断と同様に、一般人の感受性を基準としてみた場合に当該デートレイプドラッグに係る事実を摘示したものと認定するのが相当であるから(前記(1)イ(イ)、当該デートレイプドラッグに係る事実が真実と認められないことと相まって、やはり比較衡量の前提自体が誤っている。
ウ また、本件公表行為のうち申立人が精子の活動が著しく低調であるという病気に罹患している旨を公表した部分(本件公表行為(1)⑥、本件公表行為(4)⑤)について、当該部分も本件加害行為に密接に関連する事実を指摘するものとして全体として社会一般の正当な関心事であるから、申立人がこれを公表されない利益が相手方がこれを公表する理由に優先するとは認められないとした原判決の認定判断(146、147、頁)には、個人の病気、病歴ないし健康状態に係る事実が個人情報の中でも本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものであること(本件公表行為(1)及び(2)が行われた後の平成29年5月30日に施行されたものであるが、個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」という。)の改正(平成27年法律第65号)により本人の病歴その他同施行例(同年政令第427号による改正後のもの)2条に定める心身の機能障害、健康診断等の結果、診療等に係るものが要配慮個人情報(同法2条3項)とされ、本人の同意を得ないで第三者提供ができる特例(オプトアウト)の対象外とされるなどの規制が強化された。)を看過し、プライバシー侵害に関する判例法理及び個人情報保護法の解釈適用を誤った違法がある(本書面別紙本件公表行為目録「プライバシー侵害の判断」・「(個人情報)」欄に「〇」印が付されたもののとおり)。
(4) 損害額の算定に関する法令解釈上の過誤
原判決の反訴請求に係る認定判断のうち、相手方において申立人がデートレイプドラッグの使用をしている事実を摘示し公表した部分(本件公表行為(1)⑤及び本件公表行為(3)⑰)について名誉毀損及びプライバシー侵害の不法行為の成立を認めた原判決の認定判断は。その限りにおいて正当である。
しかしながら、当該不法行為による申立人の慰謝料額について、申立人が本件加害行為に及んだことを公表されることによって著しくその社会的評価が低下したところ、デートレイプドラッグの使用は本件加害行為の手段・方法という本件加害行為に密接に関連する事実関係の一部にとどまり、その点が公表されたことにより控訴人の社会的評価が低下した程度は、本件加害行為が公表されたことにより控訴人の社会的評価が低下した程度に比して大きいとは認められないとした原判決の判断(179頁)には、損害額算定に関する法令の解釈適用を誤った結果、相当な損害額の認定を誤った違法がある(本書面別紙本件公表行為目録「損害額の算定」欄に「〇」印が付されたもののとおり)。なぜなら、本件加害行為についてデートレイプドラッグの使用という犯情として極めて悪質な手段・方許によった悪質な性犯罪者であるとの事実が公表されたことによる申立人の著しい社会的評価の程度は、そのような手段によらない性的加害行為について、例えば被害女性(相手方)が酒に酔って酩酊して意識を失った最中の性的行為であるという経過だけが公表された場合などと比較すると極めて重大なものがあり、単に「本件加害行為の手段・方法という本件加害行為に密接に関連する事実関係の一部にとどまる」などという認定によって法的に評価し尽くせるような人格的毀損の被害とは質的に異なり、正に個人の尊厳が根底から脅かされる事態に直面しているからである(現に申立人にあっては、デートレイプドラッグを使用したとの事実部分だけが一人歩きして、当該事実部分に専ら着目した国内外における極めて苛烈なバッシングにさらされ続けている(乙80・71頁、乙106、乙107、乙133の1及び2、資料7の1~3。)。
第5 結語 (原判決の誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反であること)
以上のとおり、原判決には、①弁論主義違反(当事者の主張と異なる争点の特定、「性的行為を行うことが想定されるような親密な関係」に係る不意打ち認定)、②供述の信用性評価に関する採証法則違反、③重要な間接事実等の認定と評価に関する経験則違反等、④名誉毀損・プライバシー侵害の成否及びこれによる損害額の認定に係る判例違反等の法令解釈上の過誤が認められ、これらの法令解釈上の過誤のうちいずれかでも是正されれば、相手方の本訴請求が棄却され、申立人の反訴請求の認容額も大幅に異なるものとなることは明らかであるから、これらの過誤は判決の結論に影響を及ぼす重要なものであり、本件訴訟は法令の解釈に関する重要な事項を含むものとして受理した上、原判決を破棄し、さらに相当な裁判をすることを求める。