序章
201◯年1月の事だった。
テレビでは例年どおりタレントがお正月の雰囲気を醸し出し、町中では初売りの慌ただしさが新しい年に華を添えていた。
きっと世の中の誰しもが、新しい年の抱負を語り、また語らずともうちに秘め、今年こそはいい年にするぞと、希望に満ちていたに違いない。
私も例にもれず、そんな気持ちでいた。
ただ、ひと月もすればすっかり忘れてしまうような、淡い希望ではない。
今年は違う、絶対違う、そんな気概でいた。
期待と不安が交互に頭の中をよぎる。
来るその日に向けて、一人葛藤していた。
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時は2ヶ月前にさかのぼる。
地元の中小企業に努めていた私は、仕事に行き詰まっていた。
何てことはない。
自分の人生このままでいいのか。
誰もが考える事だ。
ここでパワハラだの、ブラックだのを語りたい訳ではない。
淡々と表現すれば、自分の人生このままではダメだ、と一つの結論を見つけたに過ぎない。
結論である以上、次の道を考える必要があった。
転職。
今思えばかなり偏った考えではあったが、雇われるという選択をすれば、大なり小なり同じことだと思った。
それだけ失望していたのだと思うし、精神的にも追い込まれていた。
それでも、まだまだこれからだと、まだ前を向けていたのだから救いようがあった。
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ネットを徘徊し、現実逃避に勤しんでいた私は、ある広告と出会った。
「フランチャイズオーナー募集」
その広告に吸い込まれるかように、私の指はスマホの画面を押した。
「◯◯万から開業可能」
「一人で開業・自宅でも可能」
「年商◯◯のオーナーも・・・」
そんな文字が踊っていたと記憶している。
ざっと目を通した後、下へ下へと画面をスクロールしていった。
資料請求。
まずは取り寄せてみよう。
藁にもすがる、とはオーバーな表現であるが、気付けば必要事項を入力している自分がいた。
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数日後、自宅に封筒が届いた。
家族に見つからないように、一人部屋でその封筒を開けた。
開け方は非常に雑だった。
早く中身を確認したかった。
冷やかし半分だと頭では考えていても、実際はきっとドキドキしていたに違いない。
そこに広がっていたのは、私が知る世界から、全く新しい世界へと連れて行ってくれるものだった。
少なくとも、その時はそう思っていた。
自分の中では、この先の行動はもう決まっていた。
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さらに数日して、担当の営業の人間から、電話が来た。
資料請求のお礼の言葉、そして説明会の日程の案内だ。
「どうぞご検討下さい。」
そう担当者が言い終わったかどうか、記憶は常に曖昧である。
説明会の予約確定まで、さほど時間はかからなかった。
来年の1月◯日、市内の某所にて。
私は買ったばかりのまっさらな来年の手帳に、予定を書き込んだ。
その日から、見える景色が少し変わった。
いや、景色は一緒だ。
同じ家から、同じ道程を通り、同じ職場に通う。
同じ人間と顔を合わせ、同じ業務をこなす。
きっと見え方が変わったのだろう。
私は来るべきその日に向け、何ができるのか、仕事もそこそこにそればかりを考えていた。
...かは覚えていない。記憶は常に曖昧だ。
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そして、新しい年が明けた。
申し訳ばかりの正月休みが終わり、職場の人間と新年の挨拶を交わす。
「今年も宜しくお願いします。」
心の中では、ここでの最後の仕事初めだと息巻いていた。
絶望的に気持ちの入らない仕事も、これが最後だと思うと、一日一日が大事に思えてくる。
それでもお世話になった職場だ。
これからは少しでも誰かの役に立とうと、少しだけ気合いを入れ直した。
時間の経過は早い。
私は空欄だらけの手帳の中に、燦然と輝く「説明会」の文字を眺めていた。
赤色で書かれた、力強くもとても丁寧な字だ。
説明会の前日の事だった。
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