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京丹後(京都の田舎町)に暮らすのが夢だった

 タスクイツキです。最近、いろいろありました。ここしばらく、一週間ほど文章が書けていませんでした。頭の中がからっぽで、何を書けばいいのかわからない状態です……。小説やブログも書いていない間は、映画を観たり、本棚に溜めてある読みかけの小説を読んだりしていました。他人の作品をインプットすることにより、アウトプットができたらいいなと思っていましたが、うまくはいかなかったです。まあ、スランプというやつでしょう。なので気長に執筆欲が出てきてくれるのを待ちます。

 画像は、京都府の京丹後という田舎町の海沿いです。

 私は、20歳くらいの頃、この京丹後に住むことが夢でした。

 元々、都会や人混みや他人との関りが大嫌いなので、人の少ないのんびりした田舎で、小説を書きながらライターとして生計を立てて一生暮らすのが夢でした。

 私は、若いころの志村けん並みに行動力に溢れている奴なので、辛い仕事(当時は旅館で勤務していました)を半年で辞めたあと、さっそく京丹後まで特急に乗って向かい、京丹後の不動産屋さんを訪れ、家を借りたいと申し出ました。

 その時の私は、仕事をやめたばかりで、無職。あと数日で旅館の寮を出なければならなかったので、とにかく、住まいを確保するのに、必死でした。不動産の社員さんは、まず、私に仕事があるかどうかを訊きました。私ははっきり、「今は無職です」と答えました。「保証人は、どう? お父さんは仕事してる?」と訊いてきました。父は無職でした。そのことを伝えると、不動産の方は、苦い顔をしながら「……」と数秒言葉を失っていましたが、私が借りたいアパートを経営している大家さんに電話をしてくれました。

 結局、契約者本人も保証人も全員無職ということで、お断りされました。この時、実は貯金が50万近くあって、通帳を見せて家賃三か月分前払いすると交渉すればよかったかもですが、当時20歳だったし、保証人はずっと無職なので、家を借りれる可能性は低かったですね。

 そして京丹後のお仕事もネットで探しては見たのですが、一応はあるのですが、どれも「正社員」とか「一名のみ募集」とか競争嫌いな私にとっては絶望的な文言が募集要項に載っていて、ああもう無理だと、夢を諦めたわけです。

 そもそも、過疎地である京丹後は、お仕事の募集が少ないです。

 それでもどんなお仕事があるか、といいますと、「京丹後の伝統織物工場」の社員ですね。伝統を守る素晴らしいお仕事だと思いますし、やる気はありましたけど……手先が不器用で、8時間、それ以上も同じ作業をするのは私には苦痛でしかないですから……

 私は、小説家・随筆家になりたかったから、生活するためにする仕事に心は売りたくなかった……。

 京丹後の海辺の砂は、踏みしめるたびに、きゅ、きゅ、と、独特な音がします。

 あれが好きだった。だから京丹後の海辺の砂を、空き瓶に入れて持ち帰ったけど、もう、捨てちゃったかもしんない。

 結局京丹後には住めなかったけど、今、こうして運よく旦那さんに出会え、とても素晴らしい、私がやりたかったお仕事(小説ではないですが)をする機会を与えてもらうこともでき、これで本当に良かったです。

 夢を掴むためには、「固執」や「執着」を捨てることも大切です。もし運よく京丹後に住めていたとしても、過疎地で人が少ないですから、これからさせて頂く予定の非行少年のカウンセラーになっても、きっとお仕事は回ってこないでしょう。

 今住んでいる場所が、名古屋の近くの、ある程度栄えた人の多い場所だからこそ、思ってもいないチャンスが巡って来たのです。

 こだわりや執着を捨ててみると、案外うまくいくかもしれません。

 それでは、よい一日をお過ごしください。

 タスクイツキ Task