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言わなくても伝わる「ありがとう」

杉本和世さんという方がいる。

アーティストのコーラスとして長く活動されてきた方で、Wikipediaにはお名前が見当たらないのだが、検索すると出てくるミュージックスクールのWebサイトには以下のように書かれている。

1980年より、つのだひろ率いる『ジャップス.ギャップス』で約2年間活動。その後、佐野元春、中原めいこ、南こうせつ、沢田研二、他のサポート、コーラスとして参加し、バンドやソロ活動を展開。最近は、Rainey’s Bandや中島みゆきの夜会、コンサート、南こうせつの2009年つま恋サマーピクニックに参加している。

そう、なぜ私がこの方のことを存じ上げているのかと言えば、中島みゆきのコーラスも務めているからなのだ。

たぶん彼女と中島の付き合いは40年近くにもなる。『女歌』(1986年、新潮社)という中島による初の書き下ろし小説集の中に収められた「コーラス・ガール物語」という作品は、どこまで実話でどこまで作り話なのかは分からないが明らかに杉本和世さんがモデルで、2人の間に築かれた信頼関係がホロリとする筆致で描かれている(この本、手元にあるかと思ったら無かった)。

2人が過ごしてきた40年がどんなだったかは想像するしかないのだが、友としてライバルとして切磋琢磨してきたのではないかと思う。

※ ※ ※

12月19日に、昨年行われた中島の『夜会工場VOL.2』という公演の様子を収録したBlue-ray・DVDが発売された。以下のページの下の方に予告編などがある(アフィリエイトなどではないのでご安心いただきたい)。

中島の「夜会」はご存知の方もいらっしゃるかもしれないが、この「夜会工場」は過去の公演から場面を切り出して再構成し再現する、「ガラ・コンサート」だ。

この公演、実は私は当選していたのにも関わらず料金を払い込むのを失念してしまい会場には行けず、この度のソフトで初めて鑑賞した。
公演の様子や評判などはインターネットを通じて知っていて、「本人の出番が極端に少なく、他の人が歌う曲ばかり」だとか、「場面転換が多すぎて目まぐるしい」だとか、あまり芳しくないことが語られがちだった。ソフトを通して観てみると、まぁたしかにその指摘はあながち間違いではない。さらに、年を経るごとに中島の「喉が温まる」のに時間がかかるようになってきたり、細い声のコントロールが難しくなってきていたりする様子も窺える。

でも、全体を通して観てみると、そんなことはあまり気にならない。この公演、杉本和世さんへのリスペクトと言うか感謝の念のようなものが色濃く表れているように思えてならないからだ。

予告編の冒頭にもある「泣きたい夜に」。この前のMCでは、1989年に始まった「夜会」の第1曲目がこの曲から始まったことが語られている。そして、曲の途中から杉本さんが舞台に登場し、共に歌い上げる(この様子は、上記のページにある予告動画でも観られる)。

実質的な本編の最後を飾るのが「あなたの言葉がわからない」。これは1996年の『夜会VOL.8 問う女』からの曲。これまたこの曲の前のMCで語られるように、「言葉」に関心をもって作品を創ってきた中島が、ストレートにその「言葉」というものをテーマにした公演が『問う女』だった。
その意味できっと中島本人にとっても思い入れのある作品だったと思うのだが、そこからの曲を杉本さんと並んで座り、美しいハーモニーで歌い上げる。歌い終わった後は2人揃ってお辞儀をし、手に手を取って退場していく。

いわば、この『夜会工場VOL.2』は、杉本さんと歩んできた日々を振り返るかのごとく、2人で歌い始め、2人で歌い終える構成になっていた。単なる私の思い込みかもしれないが、そこに、直接的には語られないけれども、中島から杉本さんへの「ありがとう」という気持ちが感じ取れたのだ。

以前も違う文脈で書いたが、言わなければ伝わらないこともある一方で、言わなくても伝わることというのも、たしかにある。言わなくても伝わる「ありがとう」に、心暖まる冬の日なのであった。

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秋本 佑(Tasuku Akimoto)
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