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夜物語

週末である。そして三連休である。
「週末はノートを探しに行こう」などと嘯いていたが、天気が優れない上にそれに連動してか体調も優れないので、家から出ずに過ごした。

せっかく日中家にいるのだから昼からnoteに投稿しようとも思ったのだが、不思議と筆が進まない、いや、タイピングが進まない。どうやら、私にとってnoteは夜の活動場所で、昼の活動場所としてはTwitterの方が適しているようだ。これはこれで、興味深い発見である。

それで、家で何をしていたかと言えば、「夜物語」を鑑賞していた。

中島みゆきの「夜会」という舞台をご存知だろうか。1989年から「言葉の実験劇場」として始まった舞台シリーズで、かつてはチケットを取るのがかなり大変だったとか(ただ、少なくとも私が行くようになったここ10年ほどはチケットは特に苦労することなく取れているので、未だに「チケットが取れない舞台」などと冠されているのを見るとなんとも言えない心持ちになる)。2019年1月には20作目として 「リトル・トーキョー」と題した演目が行われる予定だ。

今日Blue-rayで観ていたのは2009年のVOL.16「~夜物語~本家・今晩屋」。森鴎外の『山椒大夫』をベースにした演目で、安寿と厨子王ももちろん登場する。
この演目、2008年のVOL.15「元祖・今晩屋」の再演(といっても大幅に手が加えられている)なのだが、VOL..15を初めて観た時、正直なところ内容が理解できたとは言えなかった。VOL.16になって理解は多少深まったものの、「あぁ、なるほどねぇ」くらいのものだった。

それから今まで、といえば10年弱の間になるが、あまり思い出すこともなかったのだが、最近になってこの演目の中の一曲が思い出されて仕方なかった。それが「有機体は過去を喰らふ」。

そういうものなんじゃないですか
流れてゆく水のように
過去を喰ろうて 骨を喰ろうて 罪を喰ろうて生きてゆく
過去を受け取り 骨を受け取り 罪を受け取り行きてゆく
新しき赤子たちの 掌には昔がある
有機体は過去を喰らふ
有機体は己を喰らふ
思い上がっていたんだね 思い上がっていたんだね


ー「有機体は過去を喰らふ」 作詞・作曲:中島みゆき

ことさらに「過去」について思い起こさせる出来事があったわけではないのだが、気がつけば口ずさんでいるのだ。もしかしたら、ここ最近なんだか身体が思うように動かないことで、「有機体」としての自分を意識したのかもしれない。
この歌詞にいったいどんな曲が付いているのか、気になる方もいらっしゃるかもしれないが、実はこれ、明るくてリズミカルな曲なのである。

肝心の演目自体の内容については、私からは到底説明できないので、深~い考察がされている以下のブログをご覧いただくことをおすすめしたい。

上記のブログから印象的な一節を。

「天鏡」の後半で舞台から客席に向けて流れる河は、「元祖」のときよりもさらに心なしか水量を増したようだ。その流れは、私たちの過去に存在したすべての「愚かさ」や「哀しみ」や「愛しさ」の記憶を、それらが沈んでいた水底――抑圧されていた無意識の奥底――から救い出し、遥かな未来へと運びながら流れつづけるのだろう――幕が閉じてからもなお、私たちの生きてゆく時間の中で。

【追伸】
本棚を整理していたら、最初の数ページしか使っていないモレスキンの罫線入りノートが発見された。しばらくは、これを使おう。

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秋本 佑(Tasuku Akimoto)
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