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眠れない夜/まなホム

北の街は、夜でも走ってる車が少ないし大きな建物も少ないおかげか風に乗って海の波の音が聞こえる。
ざざーん
ざざーん
砂浜に打つ波の音。私は好きだけど、モト君は苦手だって言ってた海の音。
お付き合いを始めた夜、砂浜で肩が触れそうな距離で二人で座って沢山の話をした。
今までの事、これからの事。これってお付き合いってことでいいんですかって聞いてきたモト君は顔を真っ赤にして私を見ていて思わず笑ってしまって。だって、こんなに可愛い人見たことないんだもの。私のメールで一喜一憂して、一緒にいるのに双眼鏡で見てきたり、まるで大きなワンちゃんみたいだなって可愛くて仕方なくて。これから一緒に色んな思い出作ろうねって笑いあってから少し散歩して。
モト君はお仕事の都合上いろんな場所で事件に巻き込まれた経験があるからか、いろんな場所で苦手な思い出がたくさんあるって言ってた。だからその嫌な思い出を一つ一つ、私との幸せな思い出で塗りつぶしていけたらいいなって。恥ずかしくて流石に口には出さなかったけど。
小さくため息を吐いてごろりと寝返りを打つ。
モト君が私のために用意してくれた私のためのスペースでモト君と一緒に寝ているのとは違う少し大きめのソファベッドに横になる。モト君と一緒に寝るベッドがあるから最初は別に置くつもりはなかったんだけど、今日みたいに独りで眠る夜はあのベッドは少し寂しくなってしまって少し前に用意した。
グレーのシルクのシーツに、同じ素材の枕。元々この家に用意されていたいわゆるクイーンサイズのベッドはモト君と二人で腕を広げて眠れるくらい広くって、それでいてモト君らしい煙草の匂いが染みついている。最近はそれに少し私のプレゼントした香水の匂いが混じって、それから沢山のモト君の匂い。あっちのベッドで寝ると、モト君の匂いに包まれて、モト君にぎゅーってされたのを思い出してどうしたって寂しくなってしまった。
こんなこと、前まではなかった。
独りで寝るのが当たり前で、私の周りには誰も居なかった。誰かに頼ることなんて必要と感じていなかった。
それなのに、モト君が私に一緒にいる幸せを教えてしまったから。
モト君と笑いあう幸せを知ってしまったから。
だから、あの広いベッドで独りで眠るのが、どうしようもなく寂しいものだと知ってしまった。
モト君と一緒にいるととっても暖かい空間に感じるこのおうちも、全部全部そう。
モト君と一緒だから暖かいのであって、私一人でいるには広すぎて、なんだか寒く感じてしまう。
お仕事が忙しいのは知ってる。私だって救急隊の一人で、勤務中には警察からの通知とかそういうものがたくさん入る。救急隊と違って警察は危ない現場に行かないといけないし、そのたびにダウン通知だって沢山受け取ってるから、そのたびに胸がすごくドキドキして不安になって泣きそうになる。もちろん凶悪犯と戦っているときのモト君は最高にかっこよくて、てきぱきと指示をこなすところなんて思わず目を奪われちゃうくらいなんだけどいつも安全に犯人を確保するっていうお話では終わらない。勿論警察だって優秀だから怪我一つなく終わることだってある。この間なんて救急無線にモト君がつないで警察の状況とか説明してその上適格な指示を貰って。一緒にいたももみパイセンと思わず目を見合わせた。
こしょこしょ声で言われた、かっこいい彼氏さんですね、って一言に一気に顔が真っ赤になってしまって。
モト君はもともととってもかっこいいんだけど、お付き合いを始めてからもっともっとかっこよくなって、私はそのたびにドキドキしてる。
ほんとなら、ずっと一緒にいたい。お仕事の時だって、顔を見に来てくれるのは嬉しいし、会いに行けるなら一番に会いに行きたい。
モト君が危ない目に合ってるなら誰よりも先に助けに行きたい。だって、私の大切な人だから。
ふと気づけばモト君のことばかり考えてしまっている自分に気づいて苦笑いを漏らす。お付き合いをする前、暇なときって何考えてたんだろう。何かあったような気もするんだけど全然思い出せない自分に、どれだけモト君にべたぼれなんだろうって笑ってしまって。でも、やっぱりこうして考えが落ち着いてしまうと寂しくなってしまった。
モト君に会いたい。
寂しい。
私がこんなに誰かを好きになれるなんて思わなかった。
私が自分の都合よりも優先したい人ができるなんて、思ってもみなかった。
誰かを思って泣きたくなるなんて思わなかった。
モト君、モト君。
愛未ちゃんって私を呼ぶ、優しい声。
私を見る、優しくて嬉しそうで柔らかい視線。
私に触れる、大きくてあったかくて優しい手のひら。
色んなおしゃれをして見せたときのキラキラした視線とか抱き着いた時に香る煙草と私のあげた香水に交じるモト君の匂いとか好きなところ上げだしたらきりがないけれど、とってもとても大切で、大好きなたった一人。

また、ため息を吐いた。どうにも眠気が来なくてついにあきらめて体を起こす。
モト君とおそろいのパジャマで寝ようとしていたけれど、酷く肌寒いような気がして。
モト君と一緒なら短いズボンでも気にならなかったのに酷く寝心地が悪いように感じてしまった。
ふらりと立ち上がって、リビングを通り過ぎクローゼットに向かう。クローゼットの中、私用のスペースとモト君用のスペースは区切られてるわけじゃないけどなんとなくここから半分ねってなってる感じ。両手を伸ばして、モト君の服に抱き着けば洗濯した後だからあまりモト君の匂いはしなくてちょっぴり残念だなって肩を落として、服の中からグレーのパーカーを引っ張り出して引き返す。足が向いたのは自分のスペースじゃなくていつも一緒に眠っているベッド。ベッドに上がればきしりとバネが軋んで私の体重を受け止める。
3つ並ぶ枕の中から一番左の枕を手に取って、ぎゅうと抱きしめたらふんわりモト君の匂いがしてちょっとだけほっとした。
モト君のパーカーを着て、モト君の枕をぎゅうと抱きしめて私だけのベッドで丸くなればさっきよりはほんの少しだけ眠れそうな気がして、はふ、と息を吐いた。
目を閉じれば遠くの方でまた、波の音が聞こえる。
ざざーん
ざざーん
モト君、早く帰ってこないかなぁ。
さっきはまるで訪れなかった睡魔が漸く私の意識を眠りの世界に誘っていく。
モト君がおうちに帰ってきたら、手料理で労わってあげたい。ご飯食べたら、お散歩に行って、服屋さんに行って、
モト君としたいこと、たくさん、たくさんある。
くぁ、と欠伸を漏らしてゆっくりと眠りに落ちた。

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