
自己理解プログラムをはじめようと思ったきっかけ②
異動してからの悩み
念願の普通の勤務時間を手に入れた2024年は、本当に辛い1年になりました。
まず異動したことによって起きたこと。
①年収が大きく下がった。
管理職を離れたので200万落ちました。給料ダウンは分かっていたことでしたが、ここまで落ちるのかとショックを受けました。
②やっている仕事に誇りをもてない。
これまでの経験を活かせる仕事もあるのですが、やはり現場で生徒や保護者とかかわる対人の仕事に後ろ髪を惹かれる思いでいっぱいでした。
③社内で終わった人間と思われている気がする
出世コースから離脱して、なかばリタイアした人間のように思われている気持ちがしました。実際に、近しい人たちは、そんなことはなく温かいし、今でも頼ってくれたりするのですが、被害妄想が膨らんでしまったのです。
つまり、まったく自分自身を肯定できなくなってしまって、このまま「へなちょこ人間」になって終わっていくのかな…と絶望にちかい感覚に陥りました。
転職活動
このままじゃいけない環境を変えよう!
と思って転職を決意。転職エージェントに登録して、面談をしました。
自分はまだやれる。こんなもんじゃない。市場価値を確かめたい。
という気持ちでした。
しかし、
「いや…、なかなか厳しいですね。」
46歳という年齢を考えたら、年収アップさせるためには、即戦力にならないといけない。
つまり、同業種でないと厳しいですよ。とのことです。
同業種=夜の勤務ですから、それでは意味がないのです。(ちなみに教員免許は持っていませんし教師職ではありませんでしたので、学校教員という選択肢はありません)
やりたいことが見つかったと思った
ああ、ダメかと思っていたのですが、
1社自分のぴったりの求人がありました。
対人支援、昼職、管理職。自分の経験が完全に活かせると思いました。年収も元通りまでいかないまでも、現状よりは上がりそう。
とにかく必死でエントリーシートを書いて応募して、書類審査を通過して。
1次面接の感触もよく、無事通過して。
最終面接も自分なりには手ごたえがありました。
実は何社か応募していたのですが、書類で落ちていました。
この会社だけは、エントリーシートを熱い気持ちで書くことができていたし、面接も楽しい気持ちで受けることができていました。
これはいけたと確信をしていたので、すでに退職するにはどういう手続きが必要なのかな、入社までに準備しておくことは何かなと考えて未来妄想をしていたんです。
ところが…
届いたのは、不採用の連絡。
「え…、うそでしょ。何かの間違い??」
また、吐き気と胃の痛みに襲われました。あの時と同じ感覚だ。
自己理解との出会い
絶望したのと同時に、年度末で退職できないという焦りと不安。
次の休日は、たくさんのエージェントと面談をして、転職サイトで求人を探していました。
その時に、見つけたのが
株式会社ジコリカイ
コーチングの仕事か。よさそうだな。自分の経験が活かせるかもな。
と見ていたら…
最終面接は、代表の八木と…
ん?ジコリカイ… 八木?
あの八木さん??
「世界一やさしいやりたいことの見つけ方」持っています。
なんなら生徒たちにお勧めしていました。
すごい!これだ!と思ったのです。
大切なものとは何だろう…
そう思って、すぐにエントリーしようかなと思ったのですが。
そのときに思ったのです。
自分って、自己理解できてる?
自分の得意なことはなんだろう。好きなことはなんだろう。そもそも大事なことはなんだろう。
全部、答えられない。転職活動でやっていたことって、受ける会社に合わせて、自分の実績や経験を書いて、本当に自分が好きでやっていたことじゃないことも、アピールして…。
だから落ちたんだ。そりゃ落ちる。自分が面接官だったら落とす。
と思いました。そう、「自己理解」という当たり前のことができていませんでした。
そんな、当たり前のことが分からなくなるくらい、この時の自分は焦っていて、不安になっていたのだと思います。
すぐに無料カウンセリングを申込ました。
無料カウンセリングを受けて、今の自分にはこれが必要なんだと確信しました。
33万円という金額が、ポンと出せるものでは決してありませんでしたが、妻も応援してくれて背中を押してくれました。
自分自身と向き合う3か月。
たぶん辛くなることもあると思うけど、明るい未来のために頑張ります!
最後まで読んでいただきありがとうございました。