スウェーデン留学記#25 ルンドの道路工事の謎
ルンドにきて私は一つ怪訝に思っていたことがあって、それは道路工事が多すぎるということであった。毎日毎日ルンドではあちこちで道路工事をしていて、こっちで地面をひっくり返し、埋めて、またあっちでひっくり返し…というのを延々と繰り返していた。それも一箇所穴を掘るとかいうかわいいレベルのものではなく、何十メートルにも渡って道路を丸ごとひっくり返すような規模のをやってるので、ある時はこっちの道を回り道し、ある時はあっちの道を回り道し、と大学まで最短距離で通学できた試しがなかった。ただでさえ、ぼこぼこの石畳の道を片道40分かけ、全速力で自転車を漕いで通っているのである。正直道路工事が鬱陶しくてたまらなかった。
道路工事の弊害は他にもあった。ある朝、シェアハウスで私が朝ご飯の用意をしていると、突然電子レンジが止まった。ポットやら冷蔵庫やら見ると家電が全部止まっている。ブレーカーが落ちたのかと思い、私達シェアハウスの住民は管理人のアントニーを呼んだ。だが、ブレーカーは落ちていなかった。はて、と困っているとSNSで情報を仕入れたハウスメイトがどうやら大学も停電しているらしいことを教えてくれた。どうもルンドの街全体が停電しているらしい。嵐や雷で停電なら分かるが、その日は曇りで特に自然災害はなかった。何故と思案しているうちに、電気は復旧した。停電の原因は後日ニュースで知った。道路工事中に誤って電線か何かに当たったらしい。道路工事が多いルンドではこんな停電も日常茶飯事なのだろうか、と訝しく思う。
ルンドの頻繁な道路工事の謎は思わぬところで解けた。私は「持続可能性戦略」に関する授業をとっていて、ある日社会科見学へ出かけた。目的地は現在ルンド郊外に建設中の中性子実験施設"European Spallation Source (ESS)"だ。中性子実験施設とは、高加速した陽子ビームによって標的の原子核を破砕することで生じた中性子を、物理学、化学、生物学、工学など多様な分野の研究に利用する実験施設である。中性子実験施設などの核破砕実験施設の重要性にいち早く気づいたアメリカと日本は、これらの設備を迅速に確立した一方、ヨーロッパはその確立に後れをとっていた。ヨーロッパではフランスやイギリスなどに中規模の実験施設を確立してきたが、大規模かつ高い出力値を出せる中性子実験施設の必要性が訴えられてきたのだ。その建設先として選ばれたのがルンドだという。ルンド郊外にはMAX IVという名の放射光実験施設がもともとある。放射光実験施設とは、高加速した荷電粒子が放つシンクロトロン放射を上述した様々な研究に利用する実験施設である。このMAX IVとESSが近距離に位置することで、ヨーロッパの研究者はルンドに赴き、双方を利用した様々な研究を一挙に進めることができるという訳だ。
社会科見学では、「いかに環境に負荷をかけずにESSを建設するか」という目的のもとどのような取り組みが行われているか、施設の方が説明してくれた。再生資源の使用や、太陽光発電や風力発電による再生可能エネルギーの生産、生態系の評価など多様な取り組みが行われている。
MAX IVとESSの間のエリアはサイエンスビレッジとしての開発が進んでいるらしく、インフラなどの整備も進行中だそうだ。ルンドからも電車で直接行けるように駅が建設されているとの説明を受けて、はたと思い当たった。ルンドの工事は、この鉄道建設のためでは?確認してみるとやはりそういうことだった。ルンド、ESS、MAX IVを結ぶ交通網を建設するためにルンドではあんなに大規模な工事が進められていたのだ。ただの道路修理を延々と繰り返しているわけではなかった。2023年のESSのプログラム運用開始に向けて、道路工事のおじさんたちは大急ぎで工事を進めていたのだ。それを知ると、道路工事に対する思いも必然と変わってくる。今まで鬱陶しいだなんて思ってしまってごめんなさい。サイエンスの発展を支える、重要なプロジェクトの前には、私の通学時の疲労なんて取るに足らない。未来の科学のために、おじさんたち頑張ってください!
ESSは2019年には試用運転開始と言っていたから、既に動き始めているだろうか。道路工事の完成形を見る前に帰国してしまったのが残念だが、いつかまたルンドを訪れた際には新しい線路や駅を見られることを楽しみにしている。