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スウェーデン留学記#50 恵方巻の丸かじりを伝播する

父親が関西生まれの私にとって、節分とは恵方巻を丸かじりする日だ。
恵方巻に何を入れるかは家庭によって異なるだろうが、うちではサーモン、アボカド、マグロ、卵焼き、キュウリ、大葉など食べたい具を全部てんこ盛りで巻き込む。だから、巻きすでくるくると巻くと人の口ではかじれないくらいの大砲巻きが出来上がる。そして見た目なんか気にせずにこの贅沢恵方巻に全力でかぶりつく。これが本当に美味しいのだ。毎年毎年この贅沢恵方巻を食べているのだから、せっかくの節分の日に恵方巻を食べれないことほど残念なことはない。そこが日本から遠い異国の地であっても、だ。

という訳で、ルンド在住の留学中も節分の日を迎えるにあたって、私は恵方巻を作ることにした。さて、気になるのがハウスメイトの動向だ。もともとSushi好きのハウスメイト達は、前回のSushiパーティーで巻き寿司の味をしめている。私が一人で恵方巻にかぶりついていたら、恨みがましい顔で見つめてくる様子が目に浮かぶ。それどころか口々に「一口頂戴」とか言われて分けているうちに自分の分なんかなくなってしまうかもしれない。だから、作る前に一応伺いをたてることにした。
「もうすぐ『節分』という日本の行事があって、恵方巻っていう寿司を食べる習慣があるの。だから私も作って食べようと思うのだけど、ひょっとして一緒に食べたかったりする?」
ハウスメイト達は口々に言い放った。
「当たり前じゃない!それがSushiであるなら、何のイベントであろうと構わない。食べたいに決まっている!手伝いなら何でもするから!」

かくして節分の日、われらがシェアハウスでは酢飯が炊き上げられ、各自が正方形の海苔に酢飯、サーモン、キュウリ、サーモンを乗せて、くるくる巻きあげるという楽しいイベントが発生した。巻きすで寿司を巻く作業は相変わらず楽しいらしい。それぞれが自分の恵方巻をゲットした後、私は彼女たちに恵方巻の正しい食べ方を伝授した。
「まず、その年に決められた方角を向く。こうして、恵方巻を口の前に構える。そして、心の中で願いごとをつぶやく。口に出しちゃダメだよ。で、恵方巻にかぶりつく!そしたら、食べ終わるまでお喋りしちゃダメ。黙々と食べ続けるの!」
皆神妙な面持ちで耳を傾けている。と、ここで我が家流の食べ方も一応伝授しておく。
「今言ったのが、真の恵方巻の食べ方。ただ、私の実家では願いを心の中でつぶやいた後、一口かぶりついたらそれで儀式は終わり。あとは好きに喋っていいという特別ルールだった。それで願いが叶うかどうかは分からないし保証できないから、好きな食べ方で食べて。」
我が家では、大砲のような贅沢恵方巻を全て食べ終えるまで何もしゃべれないのは苦痛だから (しかも大抵一人二本は食べていたから、もし真の食べ方で食べるとなると夕食の間中ずっと沈黙を守らなけらばならないことになる)、ということで特別ルールが設けられていた。要は、楽しく美味しく食べることが目的なのである。
が、ハウスメイト達は私とは違って、想像以上に日本の風習に対してまじめだった。真の食べ方があるのならその流儀で食べるのが一番良いに違いない、ということで、皆きちんと決められた方角を向くとおそらく心の中で願いごとを唱え、黙々と恵方巻を食べ続けた。沈黙が続く。私一人だけ喋るわけにもいかないので、私も習って人生で初めて真の食べ方で恵方巻を味わった。やっぱり、恵方巻っておいしい。マグロとか入ってないから、我が家のと比べるとちょっと物足りないけど、それでも酢飯とサーモンとアボカドを一緒に味わえるなんて贅沢な食べ物だ。

皆、流儀通りに食べ終えると満足げに「美味しかった~」とつぶやいた。「日本にはどれくらいSushiを食べる行事があるの?」と聞かれた。「少なくとも私が知る範囲では節分の恵方巻、ひな祭りのちらし寿司くらい。」と答えると、「じゃあひな祭りはいつ?」と聞かれる。もうここで彼女たちの狙いが分かった。彼女たちもひな祭りに乗じて、Sushiを食べるつもりなのだ。「3月3日。来月だよ。」と答えると、やはり嬉しそうに笑う。「巻き寿司じゃなくて、ちらし寿司っていうちょっと別の種類のお寿司だよ?」と念を押してみるが、「でも、ちらし寿司もSushiなんでしょ?また一緒にひな祭りもやろう!絶対誘ってね!」と言って喜んでいる。

後日、シェアハウスでひな祭りが行われたのは言わずもがなだ。と言ってもひな人形がないので、皆でただちらし寿司を作って食べるだけの会だった。こうしてハウスメイト達は「日本には巻きずしとちらし寿司を食べれる特別な日がある」ということだけを学んで帰ったのだった。私も楽しく美味しく食べるのが目的だから同じようなものだけれども。


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