見出し画像

スウェーデン留学記#18 ルンド のfarmers marketへ

そのfarmers marketの開催情報を私がどこで見つけてきたのかは覚えていない。けれど私は何らかのパンフレットやポスターなどの媒体を通じて、ルンドでfarmers marketが開かれることを知った。Farmers marketとは地元の農家さんが作った農産物を持ち寄り、お客さんに直接販売する市場のことだ。地産のお野菜や、加工品、民芸品を見ることができるし、地元の人同士のコミュニケーションや暮らしも垣間見れるちょっとしたお祭りイベントだ。「食」「農」「暮らし」といったテーマが好きな農学部生の私にとっては大好物な類のイベントなわけで、飛び付かないはずがなかった。

一人で行くのもよいが、せっかくだから誰かと一緒に行きたいと思った。その頃友達が少なめだった私は誰を誘うかという大問題を抱えた。ハウスメイトの中で誘えそうな間柄の人はアメリとシモーネの二人だけだった。一番最初はアメリに声をかけた。アメリはFarmers marketには興味を示してくれたものの、その日は一日中絵を描きたいのだと言い、とても誠実な態度で断った。残念だが、私はさほど気にしなかった。アメリがしばしば自分の精神衛生を保つために、絵を描く日が必要なことは知っていたし、何より「絵を描きたいから」という理由で堂々と友達の誘いを断れるフランス文化あるいはアメリの人柄にちょっぴり羨望を抱きつつ感動したからだ。次に誘ったシモーネには「その日試験だから」という至極真っ当な理由で断られた。

窮地に立たされた私は思い切ってリリーという名のクラスメイトに声をかけることにした。数週間ほど前、Sustainable eating (持続可能な食)という授業をとっていた私はその授業の初日、教室を間違えることを心配してかなり早めに学校に向かい、一番乗りで教室に着いて先生や他のクラスメイトが来るのを待っていた。いつまで待っても誰も来ない無人の教室で、そろそろ不安になってきた頃に、二番乗りで入ってきたのがリリーだった。お互いに軽く挨拶をし、他の皆を待っていたがなかなか来ない。リリーは牛乳瓶のような容器にシリアルとヨーグルトが入っているような朝ご飯を食べていた。不安になって「なんの授業とってる?教室ここで合ってるよね?」と話しかけ、自己紹介などしているうちに話が弾んだ。リリーはオーストリア出身で、スウェーデンに来たのは「エコ」とか「自然」に興味があるからだった。「食」とか「農」に関心がある私とはなんとなく共通するものがあった。リリーの朝ご飯に好奇心を隠せない私に、リリーはその正体を教えてくれ、それが瓶詰のシリアルとケフィアという名の乳製品であることが分かった。ケフィアは牛乳を乳酸菌と酵母によって発酵させた乳製品で、オーストリアでは普通に売っているらしい。私が、食べたことないし初めて知った、というとリリーはびっくりして、一口食べる?と勧めてきた。初対面だし、流石に断ったが、好意は嬉しかった。後で調べたら、ケフィアは健康食品として日本でも売っているらしい。微生物研究に携わっている身からしても興味深く、いつか食べてみようと思う。そんな会話をしているうちに他の学生たちがぽつぽつと教室に入ってきて、やがて先生の到着とともに授業が始まった。

その後、授業では毎度リリーが隣の席に来て、「今日は元気?」とか「週末は何したの?」とか軽く会話をする程度の仲になった。遊びに誘えるほど距離が縮まっていたかはいささか不安だったが、「週末Farmers marketがあるんだけど一緒に行ってみない?」という唐突な誘いに、なんと彼女は快く乗ってくれた。

当日の朝、駅で待ち合わせをし、Farmers marketの会場となっているルンド市民公園へ向かった。会場は家族連れで大賑わいだった。入り口には、麦わらロール (麦などの穀物を収穫後に残った茎をくるくるとまとめて巻いたもので、牛などのベッドとなるらしい)が並べられ、幼い子供たちの遊び場となっている。ちょっと入ると、かぼちゃ、りんご、きのこなどの秋の味覚や、花やドライフラワーで作ったリースなどが色とりどりに並んで売られている。かぼちゃは大小と形も様々、色模様も様々で見ているだけで楽しい。それを売っているおじさんも意識しているのかしていないのか、かぼちゃ色のベストなど身に付けてどこか楽しげだ。

画像1

画像2

そこからちょっと進むとジャム、ジュース、ハチミツなどが売られている隣で、蜜蜂とハチの巣がショーケースに入れられて展示されているのを子供が見入っていた。chutneyというジャムに似たソース状の調味料もある。リンゴなどの果物が煮込まれて、スパイスで味付けされた保存食品らしい。kimuchiとラベルが貼られた瓶もあり、私が知っているキムチとは少し違うもののおそらく韓国のキムチを意識した保存食品も売られている。私はカルダモンで風味づけられたスモモのジャムを購入した。

画像8

画像3

画像4

その先には、カップケーキやクッキーを売っているおばさん、ピロシキのようなパンを挙げているおばさん、パンケーキを焼いている少年もいて、お腹を空かせた客が列をなしていた。香ばしい匂いに私もお腹がすき、焼きたてのシナモンロールを購入した。

その他、手工芸品の販売コーナーもあり、陶器やウール、手編みの小物たち、天然木のカッティングボード、手作り石鹸、細い木で編んだ様々な形のカゴ…など、見渡す限り可愛いもので溢れていて目移りしてしまう。リリーは石鹸の販売コーナーで手作り石鹸の製法を熱心に聞き込んでいた。カゴが売られている場所では、その場でおばあさんがカゴを次から次へと編んでおり、その器用な手先に私は見惚れた。

画像6

画像5

画像7

画像9

そして最後、人だかりがしている場所を覗くと、なんとフェンスの中で可愛いらしい子豚たちが餌を食べていた!薄桃色の子豚たちの愛らしさに思わず見惚れる。そのフェンスの隣には、別の囲いがあり、そちらには牛がいた。こちらももぐもぐと草を食んでいる。みな牧場から連れてこられたのだ。子供たちが大喜びで見入っている。

画像10

画像11

一通り見終わったころ、私は数年前に農業研修でお世話になった千葉の農家さんのことを思い出していた。その農家さんは「値が高くても身体にいい野菜をお客さんに届けたい」という強い想いを抱いて、有機無農薬栽培にこだわり、自ら山を開拓し、畑を耕し、育て、やっとの思いで収穫した野菜をひとつずつ丁寧に箱詰めし、直売所に運んでいた。直売所の一角にあったその農家さんの販売コーナーには、想いがギュッと詰まった野菜が色とりどりに並べられていたのが鮮明な印象として残っている。このFarmer's marketで売られていた様々な品にも、生産者の想いがギュッと詰まっているのが感じとられた。

リリーも感慨深げだった。リリーの服は全てお母さんのお手製らしく、手工芸品のコーナーではそのお母さんのことを思い出していた、と語ってくれた。「ものを大事にする心が伝わってきたね。今日はそういうインスピレーションをもらって、自分の服を作ってみたくなったな。誘ってくれてありがとう。」と。

その一言を聞いて、このイベントにリリーを誘って、そしてリリーが一緒に来てくれてよかったと、心から嬉しく思った。

#スウェーデン #留学記 #留学 #手作り #手工芸 #北欧 #農家 #エッセイ