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34年前の教護院⑤思春期

1ヶ月に1度くらいだろうか、
先生一家には連休がある。

その日先生と奥さんは、
完全に休日となるため、
私達生徒は、寮から追い出されるのだが、
こんなにも嬉しく
ホッとする時間は、
寮生活でもこの時だけだろう。

4寮へ泊まりに行く。

この4寮というのは、各寮担当の
先生が休みの日に、代わって生徒達の面倒を見るための寮。
普段生活をしている寮は、
生徒の寮であり、
先生の自宅でもあるため、
このような形になっている。

4寮にも担当の寮長とその奥さんがいて、見た感じは60歳くらいの夫婦。
もう少し若いのかも知れないが。
人の年齢なんて、聞かないから分からない。
どちらもちょっとふくよかで、
穏やかでもあり、厳しさもあるような、そんな雰囲気の夫婦だった。

しかし、
何が幸せかって、

殴られない。

顔色を伺って怯えることは無い。

それだけで幸せな時間。

緊張が解される時間。
多分それは皆、同じだろう。

普段2寮で行っている
面倒なことは一切無い。
あの気持ちの悪い甲高い声も、
4寮では少しキーを下げられる。
一人一人いちいち、行動の許可や
挨拶をする必要もなく、
朝のついて行けないと殴られる、
地獄のようなランニングタイムもない。

ただし、

気を抜きすぎると、4寮での生活を、
2寮へ帰った時にわざわざ奥さんに
報告する奴がいる。
何故なら、
いち早く報告しておかないと、
それを見て黙っていた生徒達も
ムチ打ちの刑だからだ。
そのため、一人が報告を始めると、
即座に皆奥さんの前に並び、
同じ報告を始める。

自分を守るための行動。

私は関係ない。
それをアピールするためだ。

その報告を、奥さんが
「あー、もう言わんでいい!」と言うまで、生徒たちは同じ報告をする。
何故なら
奥さんは報告してきた生徒を覚えていて、しなかった生徒に対して
「アンタは何で報告せんのかいな?」
と始まるからだ。

それを知っていた生徒たちは、
一人一人並んでは同じ報告をする。

こんな面倒が起こらないように、
皆それぞれ普段の2寮と変わらない
生活をする様に心がける。

しかしまあ、いつもの様に生活さえしていれば、さほど怒られることは無い。
それに何故か、休日明けの奥さんは、いつもより少し寛大だった。
その様子にも少しホッとする。

奥さんの機嫌さえ良ければ、
先生が竹刀を持つことはあまり
なかった。

事務所にいつも置かれている竹刀と縄跳びは、
私達生徒にとっては、
凶器以外の何者でもなかった。

4寮の夫婦は2寮が嫌いだった。
そう聞いた訳では無いが、
何となくそう感じていた。
だって、何か2寮はオカシイから。
その異様な雰囲気を、
感じていたのだろう。
明らかに、他の寮の子達との対応が、違うように思っていた。

一日の日課はだいたい同じだった。
しかし、違うところは
当番が次の行動パターンを聞きに行くと、勉強か自由時間が殆どで、
とにかく4寮は天国だった。

また、この4寮の他にも、
特殊寮というものがあって、
私は願わくばそこへ行きたいと、
密かに思っていた。

しかしそこは、特殊と言うだけあり、普通の寮での生活が困難とされた病気の子が入る寮だった。
要するにヤク中とか、梅毒、重度の病気。
病気ではないが、妊娠して新規で入って来てしまった子。
そして、殺人罪など。
私はそのどれにも該当しなかった
わけだ。
そして
あえなく2寮に振り分けられた。

先生夫婦の休みが終わり、
寮へ帰る時の足取りは重かった。
戻るとまた、

2寮モードが始まった。

4寮への泊まり以外に、
私にはもう1つの楽しみもあった。
それは、他の寮の生徒の顔がわかってきた頃だった。

他の寮に可愛い女の子がいた。
ちょっとタヌキ顔なので、
私は勝手に「ポン太」とあだ名を付け、心の中でそう呼んでいた。
他所の寮の子なので、よくは知らない。
ただ、寮の交流競技や、フォークダンスなどで一緒になることがあった。
院内をすれ違う時も
その子を探してチラ見する。
フォークダンスでも、
手を繋げることが楽しみになっていた。あと少しで手を繋げなかった時は、ガッカリすると言う、
ちょっとした思春期のようだった。
学院生活じゃなかったら、
友達になりたいとさえ思っていた。

しかし、そんな密かな楽しみを奪われる日が来てしまうなんて想像もしていなかったある日のこと、
先生から不思議な事を言われた。

「お前も仲間か?」と。

またしても私は訳の分からない質問を投げかけられた。
話によると、
私と同じ時期に別の寮へ入った子がいた。
その子は私と同じ地域から来た子で、少年鑑別所にいた時期も一緒。
部屋が隣りだった事もあり、時々こっそり話をしていた。
知っていたのはどこの中学とか、
その子が1つ年上という事くらいだった。
私は当時、「鬼怒川学院」なんて、
絶対に嫌だったので、
あまり目につく事をしたくはなく、
相手がやけに話しかけてくるのを、
ちょっと鬱陶しく思ったりもしていた。

そして、
その子は学院を脱走した。

ポン太も一緒に。


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