夏空のモノローグ Ⅴ
次に御園が現れたのはあれから1月程経った頃で、丁度、地方大会前に行う強化試合の前日だった。
「桑田くん、ごめん、また投げてもらっても良いかな、一球で良いから、全力で…」
「御園ちゃーん、明日試合っしょ?俺今日はゆっくりしたいんだけど…」
「お願い、一球で良いから、僕、あれから練習したんだ、ずっと。桑田くんの球を捕る為に…」
見れば身体中はアザだらけだった、大方近距離でピッチングマシンのボールを受け続けた、とかその辺か?
…はぁ、メンドクセーなぁ、どうせ断ってもキリが無さそうな顔しちゃってよ…
「分ぁったよ、一球だけな」
御園を座らせて、その姿を見据える。
構えるミット目掛けてぶっ飛ばすつもりで渾身の一球を、投げ込む…!
刹那
ッパァァン!と強烈な破裂音が響き渡った
……へぇ、ちょっとは出来るじゃんか。
自然と口元が緩んでいる事に気付いて少し動揺したのも束の間。
「やった!やったよ桑田くん!捕れた!ちゃんと捕れたよぉ!!!」
輝くような笑顔で御園が手を振っている。
ったく、ガキじゃあるまいし大袈裟だっつの…
「おい、御園、まぐれじゃねーの?一球捕った位でいい気になんなっつーの。
…もうちょい受けてみろよ、まぐれじゃねーのを証明してもらわねーとな」
「えっ…う、うん!任せてよ!僕、ちゃんと全部捕るからさ!
ほら!さぁこい!!」
そこから10球程投げ込んだがド真ん中とはいえ御園はほとんどの球をちゃんと捕る事が出来ていた。
1月前とは見違える出来で少しだけ驚くと同時に怪訝にもなる。コイツ、どうしてこうまでして…
「んー、久々にそこそこ気持ちよく投げられたわ、今までマトモに受けられる奴ってほとんど居なくてよ、試合すんのはダリぃけど、それだけでも助かるわ」
「…あのさ、桑田くん、正直に言うと、僕は野球がそんなに上手くないんだ…」
「急にどしたんだよ?ンー、まぁ、そうだな」
「あはは、桑田くんも正直だね…うん、他の部員達もなんだけど、実は一旦は野球を諦めた子ばっかりでさ。
希望ヶ峰学園の予備学科に入ったのも中学まで野球ばっかりしてて、それでも野球の推薦が貰えなくて何も無く途方に暮れた中で、何か希望が欲しくて縋って入った子がほとんどなんだ」
「ふーん、つまり野球でダメだったから他の可能性を探しにここに来たってコトか?
まぁ良いんじゃん?野球が全てってワケでもねーんだしよ」
「まぁ、そうなんだけどさ、桑田くんのお陰で成り行きとはいえまた野球をすることになって、少なくとも僕は気付いたんだよね、あぁ、やっぱり野球、好きだったんだって。
他の皆は分からないけど、多分同じ気持ちの子が多い気がする。
それでこの前、桑田くんの球を受けた時に思っちゃったんだ、桑田くんと一緒なら甲子園にだって行けるんじゃないかってね」
「おいおい、止めてくれよ、俺はそんなガチで野球なんてやるつもりは…」
「分かってる!それでもいいから!
…あ、ゴメンね、大きな声出しちゃって…
そもそも桑田くんが全力を出すには全然僕の力は足りてないし、チームの力も桑田くんを除けば甲子園なんて全然なんだけど…
だけど、桑田くんがいるから!一度は諦めた僕達がまた野球の楽しさを思い出して、もしかしたら甲子園に行けるかもって思えたのは間違いなく君のお陰だよ!
君は僕達の希望なんだ、だから…少しだけ、力を貸してくれると嬉しいなって。
…明日のサインだけ決めておいて良いかな?ストレート以外はまだ無理だけどコース位は投げ分けてくれても受けられると思うからさ」
「じゃあ、また明日!試合、頑張ろうね!って、頑張るのは僕の方なんだけど…
時間貰っちゃってゴメンね!それじゃ!」
きびすを返した御園はなんとも嬉しそうに走り出していった。
…チッ、なんなんだよ、勝手に盛り上がっちゃってよ…野球、野球か…俺にとって野球は…
あー、くそ、なんでこんなにもやもやすんだよ、俺はもう、諦めたんだぞ…もう、決めたのに、なんだってんだ…
ジリジリと照り付ける日差しは、いつもより少しだけ、嫌じゃなかった。
少し温まった肩をほぐしながら、自然と身体は走り出していた。
明日、試合だしな、軽くランニングして、とっとと寝るべ。
ダリぃのは、嫌だしな。
続く
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