エイを貰う
唐突に、エイを貰った。
白い発砲スチロールの箱に、巨大なのが一匹と、中くらいのが三匹いた。
水族館で見るやつだ。
こっちに向かって泳いでくると、思わず声をあげてしまうようなあれだ。
肝が超うまいらしい。
私は、計四匹のエイを前にしたまま、しばらくは途方に暮れていたのだ。
が、こうしている間にも、その新鮮さは失われてしまうだろう。聞けば。今朝、地引網で取ってきたのだという。
私は、もはや、茫然と突っ立っているわけにはいかなかった。
私は、急がなくてはいけない。
エイのために。
新鮮なこの子たちのために、私は、鬼となった。
さあ、エイをさばくのだ。
調べると、どうやら、巨大なのは、ホシエイと呼ばれ、その肝は、フォアグラなどと同等とされるほど希少部位で、とても高価な物と思われた。
中くらいのは、アカエイと呼ばれ、これはこれで、極上の味わいだという。
そして、尾には危険な毒がある。
が、エイをくれた人から、毒は抜いてあると聞いていた。
たしかに、あの長い尾が、すでに包丁か何かで、ぶった切られていた跡がある。どうやら、毒の心配はないらしい。
私は、ひとまず、ホシエイの肝を、ぐちゃぐちゃと体内から取り出した。
もはや、高級レバー。だ。
エイの肝は、ごま油に塩をかけてお召し上がりくださいとのこと。
恐る恐る、箸でちぎって、ちょっとだけ食べてみた。
やばい。なんということか。
食べたことないくらい、うまい。
並のレバーではない。
これは、すごいものを貰ったと、その時、確信していた。エイは、高級魚。さすが、水族館の人気者は違う。
しかし、私は、身を食べなくてはいけなかった。
エイの身は一体、どこからどこなのか。
さばきかたなど、到底分からない。
YouTubeでさばいてる人の動画を見る。
もはや、怪物との格闘である。
気まぐれクックだ。
気まぐれにやるなら、いいが、私は本気だ。
本気クックだ。
本気クックは、エイが持てず、そのぬめりで手を滑らせ、排水溝へ、エイがするりと飛び込んだ。
ああ!と声をあげる。排水溝に頭から突っ込んだ、水族館の人気者。
やばい。これは、誰かに見られたら射殺される。
エイの保護団体から、マークされる。
私は、周りをキョロキョロと見回し、そして、エイを排水溝から救い出すと、「痛くなかったかい?」「もう、二度と話さないよ」と甘い言葉をエイの耳に囁き、そして、おもむろに包丁を取り出したのである。
youtubeによれば、エイはまず、ひれのあたりを、解体しなくてはいけない。
もうなんじゃこりゃ。
わけわからん。
エイを切り刻みながら、俺はなぜか、映画「冷たい熱帯魚」のでんでんさんを、思い出していた。
あるいは、「グエムル、漢江の怪物」の、あの橋の下の登場シーンか。
俺は、鼻歌を歌いながら、エイをさばいていく。
さばくなんて、格好いいものではない。
素人が、エイを、悲惨なことにしている。
これは、もう、犯罪だ。
エイをいじめた罪で、俺は逮捕されるかもしれない。
だって、気持ちは、愛犬家殺人のものだから。
youtubeで見ると、もっと綺麗なんだけどなあ。
そう思いながら、エイの皮をひたすら剥ぎ、そして、煮物にした。
エイの神様、ごめんなさい。
僕にできるのは、ここまでです。
どうやら、ここまでのようです。
楽しい人生でした。
生姜を一緒に煮ても煮ても、臭みが取れません。
たぶん、1日中、酒に漬けとかないとダメだったのか。
エイをナメてました。
水族館の人気者を、ナメきってました。
俺はたぶん、エイの怨念で、殺されるでしょう。
さよなら、みなさん。
俺は、エイの背に乗り、そして、地獄を彷徨うことでしょう。
で、できたのが、これ。
・・・・
なんじゃこりゃ。
このあと、冷蔵庫に入れたら、煮凝りができました。
味は、うまかったです。
日本酒との相性が最高。
朝から始めたのに、気がつけば、外はすっかり夕暮れ。
忘れないよ。エイ。俺のエイ。
1日中、巨大なエイと格闘したあと、まだ白い発砲スチロールの箱に残っている、とれたての三匹の、アカエイを見ながら、私はまた、途方に暮れていたのだった。