私が管理本部長だ! vol.5
武士の情けと隠し事 後編
「社長、今日はごちそうさまでした」
支払いを終わらせた社長を外で出迎えた私は、頭を下げてお礼を言った。その私の言葉に続き、竹原と堀も「ごちそうさまでした!」と声を上げた。
「おお」と軽く右手を上げた社長は駅の方向へと向かい始め、私たちもその後に続いた。
*****
「あ、社長、駅はこっちですよ」
すぐ右手にある地下鉄の入口を通り過ぎようとする社長に、竹原が声をかけた。
「あー、、いいんだ。このまま進むぞ」
「・・え、あ、はい。わかりました・・」
社長の気分でハシゴするのはよくあることだったので、私たちは何の疑いもなくその後に続いた。
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駅から歩いて三分くらいだったろうか、たどり着いた場所は大通りから少し外れた小さな公園だった。
「んー、この辺だな」
そう言った社長は、ずっと持ち歩いていた大きな紙袋の中から直径1メートル以上あるゴム製のグシャッとしたものを取り出した。
「竹原、空気入れろ」
社長は竹原に、プラスチックのポンプ状の空気入れを渡した。
状況がよく呑み込めていない竹原は一瞬ポカンとした表情を浮かべたが、
「早くしろ」
と言う社長の一喝で、慌ててすぐに動き始めた。
「堀、あそこの水道にコレを付けて来い」
社長は、更に紙袋の中から取り出した長い青色のホースを堀に手渡した。
「は、はい!」
理解出来ないなりに何かを察したのか、堀は即座にダッシュした。
そして、
「高良川」
と声を出した社長は、私の方を向いてこう言った。
「悪いが、もう少し待ってくれな。お前のリクエストに答えるにはもうちょっとかかるんだ」
*****
そして数分後、そこに出来上がったのは、直径1.5メートルほどの花柄ピンクのミニプールだった。
「・・・高良川、お待たせ。どうぞ使ってくれ」
なるほど。
「お前の要望を叶えるのは大変だったぞ。この程度の用意で申し訳ないが、今回はこれで勘弁してくれな」
一言も発しない私を見て、社長はあからさまに勝ち誇った表情でニヤリとした。
*****
「ん、どうした?喜んでくれないのか?」
あまりにもバカバカしくて発する言葉が見つからない。
「ああ、そうかそうか、忘れてたよ。武士の情けだ。これを使ってくれ」
そう言って社長が取り出したのは、ぴちぴちの海水パンツと着替え用のゴム入りバスタオルだった。
ちなみに、ゴム入りバスタオルは小学生の頃に私も母に作って貰ったことがある。プールの授業の時には必需品だったアレだ。
普通のバスタオルではクラスのいたずらグループにすぐに剥ぎ取られてしまうため、自分のイチモツを片手で隠しながら「返せよ~」と言う羽目になることを防止するアレだ。
私は、それらを私に渡そうとする社長の動きを右手で制した。
「社長」
社長は動きを止めた。
「必要ありません」
そうして私は作務衣の紐に手をかけた。
全裸になりプールの中であぐらをかくまで、10秒もかからなかった。
*****
「社長、今日はありがとうございます」
「・・・う、うむ」
社長は一瞬口ごもった。
「こんな人目があるところで解放感のある行水が出来るなんて想像もしていませんでした。とても気持ちいいですよ。」
「そ、そうか」
「良かったらご一緒にいかがですか?」
私の誘いに対し、社長は行き場の無くなった着替えグッズを少しだけ強く握ってから、
「・・・いや、俺は遠慮しておくよ。お前の解放感を邪魔しちゃ悪いしな・・」
と答えた。
私は管理本部長。
隠し事など、何もないのだ。