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第20章 第一の課題 5

ハリーはチラリとみんなを見た。
セドリックは一回頷いて、バグマンの言ったことがわかったことを示した。
それから、再びテントの中を往ったり来たりしはじめた。
少し青ざめて見えた。

フラー・デラクールとクラムは、まったく反応しなかった。
口を開けば吐いてしまうと思ったのだろうか。
たしかに、ハリーはそんな気分だった。
しかし、少なくとも、ほかのみんなは、自分から名乗り出たんだ……。

それからすぐ、何百、何千もの足音がテントのそばを通り過ぎるのが聞こえた。
足音の主たちは興奮して笑いさざめき、冗談を言い合っている……。
ハリーはその群れが、自分とは人種が違うかのような感じがした。
そして__ハリーにはわずか一秒しかたっていないように感じられたが__バグマンが紫の絹の袋の口を開けた。

「レディー・ファーストだ」
バグマンは、フラー・デラクールに袋を差し出した。

フラーは震える手を袋に入れ、精巧なドラゴンのミニチュア模型を取り出した__ウェールズ・グリーン種だ。
首の周りに「2」の数字をつけている。
フラーがまったく驚いた素振りもなく、かえって決然と受け入れた様子から、ハリーは、やっぱりマダム・マクシームが、これから起こることをすでにフラーに教えていたのだとわかった。

クラムについても同じだった。
クラムは真っ赤な中国火の玉種を引き出した。
首に「3」がついている。
クラムは瞬き一つせず、ただ地面を見つめていた。

セドリックが袋に手を入れ、首に「1」の札をつけた、青みがったグレーのスウェーデン・ショート・スナウト種を取り出した。
残りが何か知ってはいたが、ハリーは絹の袋に手を入れた。
出てきたのは、ハンガリー・ホーンテール、「4」の番号だった。
ハリーが見下ろすと、ミニチュアは両翼を広げ、ちっちゃな牙をむいた。

「さあ、これでよし!」
バグマンが言った。
「諸君は、それぞれが出会うドラゴンを引き出した。番号はドラゴンと対決する順番だ。いいかな?
さて、わたしはまもなく行かなければならん。解説者なんでね。
ディゴリー君、君が一番だ。ホイッスルが聞こえたら、まっすぐ囲い地に行きたまえ。いいね?
さてと……ハリー……ちょっと話があるんだが、いいかね?外で?」
「えーと……はい」
ハリーは何も考えられなかった。
バグマンと一緒にテントの外に出た。

バグマンはちょっと離れた木立へと誘い、父親のような表情を浮かべてハリーを見た。
「気分はどうだね、ハリー?何かわたしにできることはないか?」
「えっ?僕__いいえ、何も」
「作戦はあるのか?」
バグマンが、共犯者同士でもあるかのように声をひそめた。
「なんなら、その、少しヒントをあげてもいいんだよ。いや、なに」
バグマンはさらに声をひそめた。
「ハリー、君は、不利な立場にある……何かわたしが役に立てば……」
「いいえ」
ハリーは即座に言ったが、それではあまりに失礼に聞こえると気づき、言い直した。
「いいえ__僕、どうするか、もう決めています。ありがとうございます」
「ハリー、だれにもバレやしないよ
バグマンはウィンクした。
「いいえ、僕、大丈夫です」
言葉とはうらはらに、ハリーは、どうして僕はみんなに、「大丈夫だ」と言ってばかりいるんだろうといぶかった__こんなに「大丈夫じゃない」ことが、これまでにあっただろうか。

「作戦は練ってあります。僕__」
どこかでホイッスルが鳴った。
「こりゃ大変。急いで行かなきゃ」
バグマンは慌てて駆け出した。

ハリーはテントに戻った。
セドリックがこれまでよりも青ざめて、中から出てきた。
ハリーはすれ違いながら、がんばってと言いたかった。
しかし、口をついて出てきたのは、言葉にならないしわがれた音だった。

ハリーはフラーとクラムのいるテントに戻った。
数秒後に大歓声が聞こえた。
セドリックが囲い地に入り、あの模型の生きた本物版と向き合っているのだ……。

そこに座って、ただ聞いているだけなのは、ハリーが想像したよりずっとひどかった。
セドリックがスウェーデン・ショート・スナウトを出し抜こうと、いったい何をやっているのかはわからないが、まるで全員の頭が一つの体に繋がっているように、観衆はいっせいに悲鳴をあげ……叫び……息を呑んだ。

クラムはまだ地面を見つめたままだ。
今度はフラーがセドリックの足跡を辿るように、テントの中をグルグル歩き回っていた。

バグマンの解説が、ますます不安感をあおった……聞いていると、ハリーの頭に恐ろしいイメージが浮かんでくる。
「おぉぉぅ、危なかった、危機一髪」……「これは危険な賭けに出ました。これは!」……「うまい動きです__残念、だめか!」

そして、かれこれ15分もたったころ、ハリーは耳をつんざく大歓声を聞いた。
まちがいなく、セドリックがドラゴンを出し抜いて、金の卵を取ったのだ。
「ほんとうによくやりました!」
バグマンが叫んでいる。
「さて、審査員の点数です!」
しかし、バグマンは点数を大声で読み上げはしなかった。
審査員が点数を掲げて、観衆に見せているのだろうと、ハリーは想像した。

「一人が終わって、あと三人!」
ホイッスルがまた鳴り、バグマンが叫んだ。
「ミス・デラクール。どうぞ!」
フラーは頭のてっぺんから爪先まで震えていた。
ハリーはいままでよりフラーに対して親しみを感じながら、フラーが頭をしゃんと上げ、杖をしっかりつかんでテントから出ていくのを見送った。
ハリーはクラムと二人取り残され、テントの両端で互いに目を合わせないように座っていた。

同じことが始まった……「おー、これはどうもよくない!」バグマンの興奮した陽気な叫び声が聞こえてきた。
「おー……危うく!さあ慎重に……ああ、なんと、今度こそやられてしまったかと思ったのですが!」

それから十分後、ハリーはまた観衆の拍手が爆発するのを聞いた。
フラーも成功したに違いない。
フラーの点数が示されている間の、一瞬の静寂……また拍手……そして、三度目のホイッスル。

「そして、いよいよ登場。ミスター・クラム!」
バグマンが叫び、クラムが前かがみに出ていったあと、ハリーはほんとうに独りぼっちになった。

ハリーはいつもより自分の体を意識していた。
心臓の鼓動が速くなるのを、指が恐怖にピリピリするのを、ハリーははっきり意識した……しかし、同時に、ハリーは自分の体を抜け出したかのように、まるで遠く離れたところにいるかのように、テントの壁を目にし、観衆の声を耳にしていた……。

「なんと大胆な!」
バグマンが叫び、中国火の玉種がギャーッと恐ろしい唸りをあげるのを、ハリーは聞いた。
観衆が、いっせいに息を呑んだ。
「いい度胸を見せました__そして__やった。卵を取りました!」
拍手喝采が、張りつめた冬の空気を、ガラスを割るように粉々に砕いた。
クラムが終わったのだ__いまにも、ハリーの番がくる。

ハリーは立ち上がった。
ぼんやりと、自分の足がマシュマロでできているかのような感じがした。
ハリーは待った。
そして、ホイッスルが聞こえた。

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