平成29年司法試験民法解説

第1 はじめに
 試験対策こそが王道。採点者に求められるものを提供するのが正解であって、学問的にどうとか、天才的なひらめきなどは不要。伝わらなければ意味がない。

・優秀・良好・一応の水準・不良とは
法務省から出ている「司法試験における採点及び成績評価等の実施方法・基準について」 において、記載されている。

ここで、令和元年のデータを基に、この基準の意味合いを読み解いてみる。
総合点は、【論文の点数×1.75+短答の点数】で算出されます。
令和元年司法試験の合格者数は、1502人。1502位の総合点は、810点である。
総合点のうち、短答式試験の合格者平均点は129.3点(足きりは108点)。
そこで、短答を合格者平均点を取ったと仮定すると、1502位で合格するには、論文で約389点を取る必要があります。
これを8科目で割ると389÷8=48.6255
となります。ちなみに、389点を取れていた令和元年の受験者は、論文受験者数のうち45.6%でした。
したがって、平均48.625点を論文で取ることができれば、短答が苦手でなければ合格することができます。これは例年傾向として変わりませんので、今後もこの感覚でいてよいと思われます。では、48.625点とは、採点実感の上記表現でいうとどこなのか。
上記表を見ると「一応の水準」に当たることになります。
一応の水準は、平均すると49.5点です【(57+42)/2】
つまり、一応の水準の真ん中をすべての科目でとれれば、少し余裕があるくらいで合格することができることになります。

そして、この問題での一応の水準は
設問1
「良好に該当する答案の例と比べたとき,検討すべき事項 のうち重要部分について考察を欠くものや,検討に不適切な箇所が存在するものである。例えば,Cの反論が認められるために必要な要件として,民法第163条・第162条第2項に規定する要件を挙げずに,判例の「不動産の継続的な用益という外形的事実」と「賃借意思の客観的表現」という要件のみを挙げるものや,時効起算点を本件土地賃貸借契約時の平成16年9月15日とするもの,時効の起算点に関する問題の所在に気付いていないもの等がこれに当たる。」
設問2
「本設問では民法第612条の無断転貸に当たるかどうかが問題となる旨の指摘をした上で,無断転貸の有無について一応の理由を挙げて結論を示してはいるものの,十分な考察を欠き,下線部①と②の違いが意識されていないものである。」
設問3
「甲1土地及び乙土地と甲2土地との違いに関する問題の所在に気付いていないが,借地借家法第10条第1項の各要件に関する解釈や当てはめはおおむね適切にされているものである。」

採点は,従来と同様,受験者の能力を多面的に測ることを目標とした。具体的には,民法上の問題についての基礎的な理解を確認し,その応用を的確に行うことができるかどうかを問うこととし,当事者間の利害関係を法的な観点から分析し構成する能力,様々な法的主張の意義及び法律問題相互の関係を正確に理解し,それに即して論旨を展開する能力などを試そうとするものである。その際,単に知識を確認するにとどまらず,掘り下げた考察をしてそれを明確に表現する能力,論理的に一貫した考察を行う能力,及び具体的事実を注意深く分析し,法的な観点から適切に評価する能力を確かめることとした。これらを実現するために,1つの設問に複数の採点項目を設け,採点項目ごとに適切な考察が行われているかどうか,その考察がどの程度適切なものかに応じて点を与えることとしたことも,従来と異ならない。さらに,複数の論点に表面的に言及する答案よりも,特に深い考察が求められている問題点について緻密な検討をし,それらの問題点の相互関係に意を払う答案が,優れた法的思考能力を示していると考えられることが多い。そのため,採点項目ごとの評価に加えて,答案を全体として評価し,論述の緻密さの程度や構成の適切さの程度に応じても点を与えることとした。これらにより,ある設問について法的思考能力の高さが示されている答案には,別の設問について必要な検討の一部がなく,そのことにより知識や理解が不足することがうかがわれるときでも,そのことから直ちに答案の全体が低い評価を受けることにならないようにした。また反対に,論理的に矛盾する論述や構成をするなど,法的思考能力に問題があることがうかがわれる答案は,低く評価することとした。 平成28年採点実感
以上は、令和元年の採点実感でも全く同じことが言われている。

第2 設問1
Cは,Bが甲1部分を所有することを認めた上でBの請求の棄却を求める場合,どのような反論をすることが考えられるか,その根拠及びその反論が認められるために必要な要件を説明した上で,その反論が認められるかどうかを検討しなさい。なお,丙建物の収去の可否及び要否について考慮する必要はない。
「Bが甲1部分を所有することを認めた上で」→争いなし。
・簡単にBの請求の説明
・考えられる反論
・反論の(法的)根拠の説明
*ここで説明すべき「要件」は,実体法上の要件のことであり, Cが主張・立証責任を負う抗弁事実に限られず,また,Cが主張・立証責任を負う要件事実が何かを論ずることは求められていない。(採点実感2頁)。
・反論の要件の説明→今回はわかりやすく明示したほうがいいだろう
・反論が認められるOR認められない(結論)

1 事案

 2 検討
訴訟物:所有権に基づく返還請求権としての建物収去土地明渡請求権1個
請求原因:①Bは、平成26年9月30日当時、本件土地を所有していた。○
     ②Cは、本件土地を占有している。○
問題文の「Bが甲1部分を所有することを認めた上で」とは、請求原因は争わないという趣旨であることが分かる。

抗弁:占有権原の抗弁
賃借権の短期取得時効(民法162条2項、163条)
・十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。
・所有権以外の財産権を、自己のためにする意思をもって、平穏に、かつ、公然と行使する者は、前条の区別に従い二十年又は十年を経過した後、その権利を取得する。
・気づくポイントとしては、「甲1部分を所有することを認めた上で」と指定されていること、事案が10年以上経過していること、所有権に基づく建物収去土地明渡請求権に対する抗弁といえば、占有権原の抗弁や対抗要件の抗弁などくらいしかないこと、Cには所有意思ではなく賃借意思しかないことなど。
*「条文が第一であり,判例も条文の解釈を行うものであることを肝に銘じてほしい。」(採点実感3頁)
要件163条
①「十年間」
②「自己のためにする意思をもって」
③「平穏に、かつ、公然と行使する」
④「善意」
⑤「過失がなかったこと」
⑥時効の援用(民法145条)

Q要件は網羅的に挙げたうえで、あてはめをすべきか。たとえば、「・・・の要件は、①○○②○○・・・である。」と記載する必要があるか。本問では「必要な要件を説明した上で」とされているのはどう解釈すべきか。
A基本的には要件だけを列挙するような論述方法はおすすめしない。
①要件とあてはめ部分が離れてしまい、読みづらい。丁寧にすると、結局当てはめ部分でもう一度要件について説明することになり二度手間。
②一つでも欠けると、積極的なミスになる。争いがないから記載しなかったという善意解釈も不可能。
しかし、本問のような誘導がされているような場合には、素直に誘導通り、必要な要件は○○・・・である、と論述したほうが無難。

要件①「十年間」
Q起算点はいつか?
→起算点は抽象的には「行使」が開始された時点である。163条の検討なので、162条2項の占有の開始時期を起算点とするのは一応誤りということになる。
 賃借権の行使は、民法601条からすれば「物の使用及び収益」をすることと解釈できる。
 あり得る起算点とすれば、
 A平成16年10月1日:甲1部分(本件土地)の引渡しを受けた時期
 B平成17年6月1日:甲1部分を実際に利用開始した本件工事の開始日
 Bを起算点とすると10年が到来しておらず、時効は完成していないことになる。
 

要件②「自己のためにする意思をもって」
「賃借意思の客観的表現とCの無過失という要件については,その要件に当てはまる具体的事実を【事実】から拾い上げることが求められる。」という採点実感(2頁)の記載からすると、平穏公然、善意については事実のあてはめが不要?

賃借権の時効取得の場合、要件②は「賃借意思」として具体化される。賃借意思は、使用借権や地上権の取得時効と区別するために必要である。
賃借意思は、所有の意思と同様に、①占有所得の原因である権原又は②占有に関する事情により外形的客観的に定められる(最一小判昭和58年3月24日、最二小判平成7年12月15日)。
・最判昭和43年10月8日民集22巻10号2154頁
所論土地賃借権の時効取得については、土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつ、それが賃借の意思に基づくことが客観的に表現されているときは、民法一六三条に従い土地賃借権の時効取得が可能であると解するのが相当である。
なお、客観的表現の対象は賃貸人(無権原者)であるとするのが多数説。

要件①をBの立場にすると、賃借意思の論述は容易。すなわち、Cが注文した請負契約により、甲1土地部分で本件工事が行われたことで、使用収益していることが外形的客観的に表現されている。
要件①をAの立場にすると、甲1部分の外形的客観的状況からでは賃借意思は明らかではない。しかし、CがAとの間で本件土地賃貸借契約を締結したことという事実(事実4.)が、占有取得の原因である権原の発生原因事実にあたるので、この事実を摘示すれば賃借意思は認められるだろう。また、「Cは,約定どおり,Aが指定する銀行口座に同月分以降の賃料を振り込んでいた。」(事実6.)ことも、平成16年10月から使用収益していたことが外部的客観的に表現されている重要な事実なので拾うべきである。

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