フレルのキオク
山のパネテリエに訪れる子供達はみんな、アヒルを触りたがります。落ち葉を拾い、どんぐりを見つけて、小石を投げます。羊はフワフワで落ち葉はカサカサで。
まるで、普段の欲求から解き放たれるかのように、次々と落ちているものを拾おうとして目を輝かせています。
小さな子供が縁石を歩きたがるのは、動物として危険のギリギリの環境で自身の成長を本能的に求めているからと聞いた事があります。
本能的に求めてしまう感触。触れられるものへの興味からはじまる経験と感情。
目では得ることのできない、とても尊いものである様に思います。
石の重さ、クルミの硬さ、動物たちの温もり。
カサカサの葉っぱに、チクチクした花。木苺を摘みたいのにちから加減で潰れたり落っこちたり。
気がつけば身の回りのたくさんの触れる事に感情を動かされている気がします。
当たり前と思っていたこの感触を、現代の生活では、知らないままに過ごすことができ、大人でさえもわかったつもりになっている。少し不安な気持ちになります。
最近では小さな子供も上手にスマホを操り、小さな柔らかな指先でタップして、スライドさせて。お店へ行けば、触っちゃダメよと諭されて。
それは触れることのできないバーチャルの世界のようです。音と映像だけ、ガラスや袋に閉ざされた世界。壊れたり、臭ったり、汚れたりしない、偽物の世界のように思えてしまいます。
ガラスの画面に閉じ込められてしまった無限に広がるその虚像は、その中に広がる世界を想像する暇も与えず、次々と気を引く映像やストーリーが目から耳から飛び込んできます。
見せかけの世の中で
美味しそうな写真でさえも今は機械で生成できてしまう世の中で、信じられる情報として私が大切にしているのは、触れた感覚、手触りの記憶である事が多いです。
特に料理などキッチンに立つときは、触れるだけで伝わってくる事がたくさんあります。
そして、見た目だけではわからない、わかりにくい事が、そっと触れるだけで感じる事ができるものです。
冷たい感じ、柔らかい感じ、湿っている感じ、ザラザラした感じ。しっとりと暖かいパン生地、ひんやり、さらりとした、サブレの生地。
見ること聞くことは、とても大切ですが、もっと触れることを大切にする事で、人間は進化なのか退化なのか、本来の姿に揺り戻されるのではないかと思っています。
ペーパーレス
触れられるものがどんどん少なくなっていく昨今、進化についていけない私は、書籍や新聞、このnoteもそうですが、「紙」が失われている事をとても寂しく感じています。
小さな頃絵本で育ち、表紙の厚紙を開く時の重みと同時に湧き出すワクワクの感情、ページをめくる間に起こる微かな風と香り、紙に囲まれて暮らしている感覚をとても強く意識しています。新聞の折込チラシに触れると、優しい紙、冷たい紙、うるさい紙.,.折り込み以外では、公園に捨てられたシワシワのエロホン...ではなくて...習字の練習につかっていた電話帳や藁半紙とか。
パッケージやラベルのデザインを仕事としていて、その素材を選ぶ際、予算の許す限り沢山の用紙からこのアイテムを世に送り出すための服を選ぶように慎重に選びます。
それは洋服でいう、化繊なのか絹なのか麻なのか、そんなところです。
アイテムと同時にパッケージがリリースされて、それがお客さまに何を伝えられるのか、ずっと気にしていたりします。時には私の知らないうちに勝手に変更されていた事を知ると、本当に残念で価値観が伝わっていない事を嘆いています。
紙のプロ
最近広島でも老舗の紙問屋さんとお話する機会に恵まれました。色々お話を聞きたかったのにいつの間にか私の思いの丈を語り過ぎてあっという間に時間が過ぎてしまいました。紙のプロである問屋さんはどうしても今の時代の消耗品扱いされてしまう一般的な紙の消費量の減少に苦しめられているようですが、本来紙の持つチカラは、そこに印字されたものを伝えるだけでは無い筈です。手軽な布とも言える存在であり、物質としての紙は私達の生活の中に染みついています。
みなさまはお気に入りの紙はありますか?
私はいまだにフランスのマルシェでもらった紙袋などトランク一杯に紙やら紐やら宝物にしています。
そんな私ですから自分の運営しているパネテリエでは資材に、紙をとにかくよく使います。プラ嫌いもありますが、いかに2次元の紙を使い熟すかに、チャレンジしているような気持ちで使用してます。タルトを包む紙、シュトレンのオクルミに見立てた紙、瓶を包む紙、袋もレジ袋有料化前から無料で紙袋です。それに伴い、スタンプやシルクスクリーンなども使いながら、今も包装紙を早く新調しなくてはと色々考えながら過ごしています。
紙の世界、どこかでそんな展示ができる事を楽しみにしています。フレルのキオク展、紙業界のみなさま、協賛募集してます!
そして今日から東京で開催のギフトショーに私のつくったレモンケーキが配布されています。
実際に触れて、食べていただけたら幸いです。
そちらについてはこちら。
単純な触覚だけではない、匂いも、厚みも、硬さも、重さも、そこから起こる風だって、フレルからわかる事がたくさん、フレルのキオクのお話でした。