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【創作】カイギュウがいた村(第7話)
お母さんが入院してから毎日お見舞いに行きたかったけど、病院の面会時間が厳しくて学校がある平日は全然行くことができなかった。お父さんは仕事の合間に行こうとしたけれど「治療に専念したいから」とお母さんに断られたらしい。後で聞いたら、凄惨というか壮絶というか、とにかく大変な状態で誰にも会えなかったそうだ。
だから退院する今日まで二日間は全くお母さんの顔を見ることができなかった。けど、その時は四日振りにお母さんに会うことができる。朝から嬉しい気持ちでいっぱいだった。そしてこの三日間、予想以上に家事の負担が大きいことを実感してクタクタだったので、お母さんが退院することで家事から解放されるという嬉しさもあった。
病院に向かう車でお父さんが浮かない顔をしているのはちょっと不思議だった。
お父さんが先に入院費の精算をしてから、入院棟のナースステーションの前でお母さんを待っている間、看護師さんたちはとても忙しそうに見えた。お母さんが来るより先に看護師さんが荷物を積んだ台車を置いていった。それから看護師さんは病室に戻り、母さんを乗せた車椅子を押して戻ってきた。そのお母さんの姿を見た僕は、吃驚して声を上げそうになった。体の中で『ヒョエッ』って変な声が響いた気がした。
お母さんはゲッソリと痩せるっていうかスッカリやつれて、髪の毛は短く坊主よりちょっと長いくらいにカットされていて入院前と全然違う人みたいだった。顔は確かにお母さんなんだけど幽霊とか妖怪とかに取りつかれたような顔をしていた。
「迎えに来てくれてありがとう、ごめんね」
声に全然張りが無かった。人間ってたった三日間でこんなに変わるの、ご飯を食べてないの。何で病院にいるだけでこんなに具合が悪くなるの。抗がん剤って体に悪いの、こんな状態で退院して大丈夫なの。いろいろな疑問がグルグルと頭の中を駆け回ったけど、言葉にしちゃいけない気がして黙っていた。
「お母さんお疲れ様、うちに帰ろう。賢治、台車を押してくれるか。大変お世話になりました、ありがとうございました」
お父さんは看護師さんに深々と頭を下げた後、車椅子の後ろに回り込んだ。僕も看護師さんに頭を下げてから台車の後ろに回り込んだ。看護師さんは僕たちがエレベーターに乗り込むと
「お大事にしてください」
と両手を前で揃えて静かにお辞儀をした。エレベーターのドアが閉まると、お母さんは「エグッ」と嗚咽を漏らした後
「ごめんなさい、ごめんなさい」
ボロボロと泣き出し声にならない声が漏れてきた。
「瑞樹、思い切り泣いていい。けど『ごめんなさい』は駄目だ。何も悪いことをしていないし迷惑もかけていないんだから謝るのは駄目。俺と賢治に言うのは『ありがとう』の方が良い。なぁ賢治」
お父さんの言葉に僕は泣きながら頷いて、お母さんに言った。
「お母さん、抗がん剤治療を頑張ってくれて、ありがとう。退院してくれてありがとう」
「賢治の言うとおりだ。お母さん、ありがとう」
お母さんも泣きながら「ありがとう」を何度か繰り返した。エレベーターが一階に着いて、台車と車椅子と僕たち家族で、周囲にたくさんの人がいるロビーを進んだ。治療を頑張ったお母さんを誇らしいと思いながら台車を押したんだ。
お母さんを車に乗せた後、台車と車椅子を病院に戻してから自宅に帰った。途中でお父さんがお母さんに
「何か食べて帰るかい。病院食は美味しくなかったろう」
聞いたけど
「早く家に帰りましょう、今、何を食べても味を感じないの。帰宅して横にならせてもらってもいいかしら」
と辛そうに応えた。退院したらお母さんに
「僕が採取した化石だよ」
とサプライズプレゼントしたかったのに化石の採取が出来なかったこと、頑張ったお母さんを喜ばすことができないことが悔しかった。お母さんが入院している間、家事に時間をとられてばかり、炊事洗濯掃除がこんなに大変だなんてこれまで考えてもいなかった。見えない家事というか、料理をする時も台所で調理をするだけじゃなくて、冷蔵庫にある食材からどんなメニューにしようかとか、下ごしらえ、後片付け、食器洗いの時間とか、いろんなことを考えて行動しなきゃならなかった。洗濯も洗濯機を回すだけじゃなくて、洋服のポケットを確認したり、皺にならないように干したり、畳んでから箪笥に仕舞ったりといろんなことをしなきゃならなかった。これまでお母さんと一緒に暮らしてきて、ずっと見てきたはずなのに、お母さんがしていたことの大変さを全然わかっていなかった。偶にお手伝いをするだけだったり々お手伝いを断ったりしてきて、ごめんなさい、ずっとずっとありがとう。
たったの三日だけで僕はクタクタだった。けどこれからも頑張るからね。
(第8話に続く)
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