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黒田製作所物語 第5話 #創作大賞2024

5 龍虎の契り


 虎一と三井が再会する日から遡ること10数年、2人は勤務していた帝国紡績郡山工場の宿直室で寝支度をしていた。4畳半の畳部屋には布団の他には何もない。機械の故障や事故が生じた時のために通常は一人が宿直勤務をしており、この日は虎一が当番であったが三井が志願する形で2人当直となった。
 宿直の交代は時々あるものの、2人で行うことはほとんどなく虎一は戸惑いながら布団の準備をした。黴くさい布団での熟睡は難しいが、他に娯楽がある訳でもなく、この部屋に入ればラジオか寝るしか楽しみは無い。

 虎一が目で合図をして裸電球を消そうとした時に三井が話しかけた。思いつめた表情をしていた。
「電気を消す前に、ちょっと座れよ」
布団の上で胡坐をかいている姿に徒ならぬ緊張感を感じ、虎一は自分の布団に正座して、三井の言葉を待った。
「召集令状が来た。ここでの仕事は今夜限りだ」
淡々と呟くように話し始めた。虎一に驚きは無かった、戦火が激しくなる中、こうして何人かの工員が召集されていた。そして今日の三井の様子からそのことを察していた。しかし、かける言葉が見つからないまま真っ直ぐに三井を見つめた。三井は手元に置いていた手提げ袋から小瓶と1個の盃を取り出した。
「勘違いするなよ、水盃じゃねぇからな。お前とは生まれも育ちも違うが、ここで4年間同じ釜の飯を食った。お前が職場での先輩というだけじゃなく、お前の仕事勘にはずいぶんと助けられたし気を許せた。礼を言う、ありがとう。袖振り合うも何かの縁と言うくらいだが、俺と虎は前の世では、兄弟だったのかもしれねぇとも思うのさ。だからよ今世でも義兄弟にならねぇか。生き延びていつか今生で一緒に飲もうぜ」
三井の頬を一筋の涙が走った。

 虎一に断る理由は無かった。他社から出向で来た男だったが、少し年上の三井には仕事を習い社会を習い、ずっと慕ってきた。三井が持つ洞察力、大局観の凄さに敬意も抱いていた。言葉に出すことは無かったが(兄が居ればこんな感じなのだろうか)と考えることもあった。また三井の下の名が「龍二」と知った時は、「竜虎」として、相通じるものも感じていたところである。その三井と義兄弟としての盃を交わせることは素直に嬉しかった。2人で過ごす最後の夜になるとしても。
「よく、酒がありましたね」
「賄いのばぁさんに頼んで、みりんを、な」
三井が微笑む。
「お前にだから言うが、この戦争は負けるぜ。けどな、虎、生き延びようぜ。昔の中国の偉い人たちは、
『生まれは違えども、共に死なん』
と桃園で兄弟の契りを誓ったそうだ。が、俺たちはこの戦争を生き延びて、長く生きてどっちが良い仕事をできるか競い合おうぜ。その誓いを守る限り、俺たちは兄弟だ」
三井の顔に涙は無く、生き抜くことを決意した漢の顔をしていた。
「五分の兄弟ですか」
「馬鹿、どう考えても俺が上で四分六だろう、と言いたいところだが、お前の五厘落ちでどうだ」
「合点です」
三井がみりんを注いだ盃を口にしてから虎一に渡す。虎一は顔をしかめた。
「兄さん、群馬の酒もこんなに甘い感じですか」
「馬鹿野郎、今度会う時はちゃんとした酒を飲ませてやる。旨さに驚くなよ。郡山の、田舎の酒とは訳が違うからな」
2人は声無く笑った。
「兄さん、仕事も長生きも負けやしませんから」
「生意気な弟を持っちまった」
いつかまた、共に飲む日を夢見ながら布団に潜り込んだ。
(第5話 おわり)


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