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【創作】カイギュウがいた村(第12話)

 翌日、朝ごはんを食べた後は、看護師さんに案内されながら問診を受けたり、血圧とか心電図の検査を受けたけれと、何の問題も無さそうな雰囲気が伝わってきて気持ちに余裕ができた。お父さんが来たらあらためて検査結果を聞く予定だけど、看護師さん「明日には退院できるかも」という呟きは信頼できそうだった。というか、今日の午後から退院して良さそうな気がしたけど、駄目なのかなぁ。お父さんを家に一人で置いておくと、部屋の中がどのくらい汚れてしまうのか心配で仕方なかった。

 午後になり、前の時と同じ様に三人で横並びに座り、工藤先生を待っていた。
 工藤先生は前の時と同じように髪の毛はボサボサで白衣はヨレヨレの姿で入ってきた。いっそ白衣を着なきゃいいんじゃないだろうか。前と同じように淡々とした感じで
「最初に簡単に賢治君の検査結果から申し上げますと、何の問題もありません。小学校五年生の男子児童として理想的な健康優良児で、素晴らしいです。念のため今日も入院を継続していただきますが、明日以降いつ退院していただいても大丈夫です。ここまで、よろしいでしょうか。何かご質問はありますか」
 銀縁メガネの奥の瞳がキランと光ったような気がした。お父さんもお母さんも軽く頷いただけで、何の質問もしなかった。
「それでは、瑞樹さんの検査結果を説明して良いでしょうか。さて…何と申しあげればよいか。医師として極めて説明しにくいのですが、まず原発の直腸癌ですが、CTに映っていませんでした。肺転移もかなり縮小しています、腫瘍マーカーは標準値内に収まっています」
僕ら三人は先生が何を言っているのか全然ピンとこなくて、お互いにキョロキョロと顔を見合わせた後、お父さんが意を決したように先生に確認した。
「直腸癌は治った、ということでしょうか。そして肺癌は小さくなっている、治る可能性が出てきたということでしょうか」
「いいえ、そうではありません」
工藤先生、上げて落とすようなことは止めください。
「少し失礼に感じるかもしれませんが、直腸癌がこんなに急に小さくなるという事例は聞いたことが無いので正直戸惑っています。ただ癌に関しては唐突に状況が変化する事例がありますので瑞樹さんの場合はそれに当てはまるかもしれません。組織検査をした上で再度、他の医師と相談しますが、状態がハッキリするまで抗がん剤は減薬する方向になると思います。場合によっては抗がん剤治療ではなく癌の切除に方針変更するかもしれません。
 また、これはあくまでも私の私見になりますが、肺と大腸と腫瘍マーカーのバランスがおかしいと感じています。もしかしたら肺癌もCTでの見た目以上に縮小しており、今、映っているのは瘢痕という『癌の跡』の可能性もあります。瑞樹さんと御家族の頑張りが奇跡的な症例を起こしていると言うしかありません。いずれにしてもとても良い状態です」
工藤先生は淡々と説明してくれた。
「治る、可能性が出てきたんでしょうか」
お母さんが、絞り出すような声で尋ねた。
「現時点ではお答えできません。しかし、とても良い状態です」
工藤先生は爽やかな笑顔を見せた。

『最後に贈り物を』
声が聞こえた。昨日のことなのに、昔から知っているような懐かしさを感じる声。
「最後に贈り物ってなんだ」
お父さんが誰に言うともなく呟いた。
「お父さんにも聞こえたの」
僕とお母さんの声が重なった。
「お母さんも、賢治も聞こえたのか」
お父さんが大きな声を出したので工藤先生が驚いて目を真ん丸にした。お父さんが工藤先生に慌てて話しかける。
「いや、何でもないです。すいませんでした。では、端的に言えば、瑞樹はとても良い検査結果だった、今後詳しい検査をして方針を決めるということでしょうか」
「そのとおりです。なので瑞樹さんはもう少し入院していただくことになりますが、その方向でよろしいでしょうか」
「はい」
久しぶりに、お母さんの明るい声を聞いた。

 八月になると、郡山市にある東北病院でPETと言われる「小さな癌細胞を見つける検査」を受けた。
 お母さんの体から癌細胞は全く見つからなかった。
(第13話・最終回に続く)


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福島太郎@kindle作家
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