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黒田製作所物語 第4話 #創作大賞2024

4 再会


 昭和31年10月、個人事業主 黒田商店は法人成りし「有限会社黒田製作所」と名をあらためた。とは言え新社屋の建設や新たな設備投資は行わず、今までどおりの作業場、今までどおりの5人で、看板だけを付け替えて今までどおりの仕事をするという静かな船出だった。
「法人にはする、社長には成る。が俺は今までどおり職人として仕事をしたい」
という虎一の方針で、祝花も受けず祝辞も断りお祝いムードは皆無であった。
 いつもどおり作業場ではアーク光が輝き、熱を持つ空気に包まれながら作業が続けられた。それでも専務取締役に就任した和美に「黒田社長」と呼ばれ、朝一番で従業員に挨拶をした際には、緊張が走り武者奮いもした。
(武将が城を持つとは、こういう気持ちなのだろうか)
何も変わらないと思いつつも、責任という重圧を感じずにはいられなかった。唯一人お祝いに駆け付けた大高が持参した物が、虎一と会社、双方の大きな邂逅につながることはまだ知る由もなかった。

 法人成りから3ケ月が過ぎ、世間では松の内の雰囲気が残る1月4日、黒田製作所では通常どおりの業務が始められていた。
「6日も休んだら腕が鈍る。社員に来いとは言わねぇが俺は仕事をするぜ。お客さんを待たせることなく早く納品してやりたい」
という虎一の言葉に異を唱える社員は一人もいなかった。親方だから社長だから意見に従うということはなく、全員が社長と同じ思いを抱きながら仕事に向き合っているように見えた。
 外の寒さとは裏腹に熱気溢れる黒田製作所を、40代半ばと思われる精悍な顔をした男が訪れてきた。この年の最初の客は、一見すると細身に見えるが見るべき人が見ればスーツの上からでも鍛えられた肉体を感じることができた。筋金という言葉が似合う、体を使う仕事で鍛えられた職人が持つ雰囲気がスーツの内部から溢れ出ていた。
「黒田製作所さんは、こちらで間違いないでしょうか」
初めてみる姿、丁寧な口調に、和美は緊張して立ち上がり
「は、はい、こちらが黒田製作所です。社長の黒田は、ただいま奥で作業をしております」
聞かれてもいないのに虎一が中に居ることを伝えた。
「私、三井と申します。お仕事中とは思いましたが、久しぶりに来た郡山でしたので、土地勘が薄いものですから駅から直で来てしまいました。少し時間を調整して、黒田社長の都合が良い時間に出直してまいります」
見た目からしてこの辺りの者ではないような印象を受けていたが、清廉された立ち居振る舞いは、以前東京で勤務していた頃に見た都会の企業人を彷彿とさせた。
「いえ、今、黒田を呼びますので、おかけになり少々お待ちください」
丸椅子を勧めながら和美の胸がざわめいていた。理由はわからないけれど、この三井という男をこのまま帰してはいけない気がしていた。動悸を感じながら作業所に走る。声をかけられ作業を中断した虎一は、和美に対し不機嫌な顔を隠そうとしなかったが、来訪者の名を聞くと、少し思案した後に少年のように目を輝かせた。

 虎一と和美の二人が、小走りで事務所に戻る姿を確認した三井は立ち上がり、虎一の元に駆け寄った。勢いのあまり触れそうなくらいに近づいた虎一も三井も、声を出すことができなかった。話したいこと、話すべきことはいくらでも胸に込みあげて来ていた。しかし、その身を貫くのは

『生きていて良かった』

という歓喜だった。自分が生きていた喜びなのか相手が生きていてくれた喜びなのかはわからないが、全身から生の喜びが溢れてきた。そして、二人が帝国紡績の宿直室で過ごした10数年前の夜に共に思いを馳せていた。永遠のような、刹那のような不思議な時間が二人を包んでいたが、先に我に返った三井が虎一に話しかけた。
「社長就任おめでとう、約束を果たしに来た。群馬の美味い酒を持参した。仕事を終えたら飲ませてやる」
来社時は、実直なサラリーマンの空気をまとわりつかせていた三井が、ちょい悪な感じの地を露わにする。
「宿はどこですか兄さん、仕事を片づけたら直ぐに向かいます」
三井と再会できた喜びが全身に満ちているとは言え、仕事を放りだすことは虎一にはできなかった。
「ビューホテルというところだ」
三井もすぐに話をしたい気持ちではあったが、仕事を投げ出させたくはない。あらためて言葉を交わさずとも、10数年の年月を経ていたとしても、「いい仕事をしよう」と語り合ったことは、二人を繋ぐ大切な約束だった。
「17時半には駆けつけます」
「虎、そう冷たくするな。邪魔はしないから少し仕事を見させてくれ。その後、「奥さん」で良いのかいこちらの女性。この方にも話を聞きたい。それからホテルに一緒に行こう。奥さん、突然で申し訳ないですが、今夜は虎をお借りしても良いですか。虎からの年賀状を受け取り居ても立ってもいられず、連絡せずに訪問してしまいました、申し訳ない」
三井は一枚の年賀状を手にしていた。法人化のお祝いにかけつけた大高が
「昔の仲間にも社長就任の報告をしとけよ」
と、渡してくれた古い帝国紡績の職員名簿を見ながら書いた年賀状だった。その差出人欄に記載されていた「代表取締役社長 黒田虎一、専務取締役 黒田和美」という名前から、黒田和美が「虎の妻」ということを察し、実際の和美を見てそのことを確信していたようである。虎一が仕事の顔に戻り
「あれから10年以上経ちましたから相当腕が上がりました、驚かないでください」
言い残すと虎一は三井に背を向け作業場に戻った。
歓喜の表情は作業材を前にすると、スゥっと収まった。
(第4話 終わり)


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