【創作】旅立ち #夜行バスに乗って
こちらの企画に参加です。サムネ画像は「スズムラさん」の作品をお借りまました。
https://www.canva.com/design/DAF-bsmvlYQ/8Mv_yaE29uGzV7gRCRHCmg/watch
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バスが到着し、待合室に居た人々は皆無言で自分の荷物を手に立ち上がった。智恵子が時計を見ると時間は20時55分だった。ほぼ時間どおりに出発できそうなので安心する。
バスから降りてきた運転手は若い女性だった、雨は降っていないものの、遠くで稲光が落ちる中、キビキビとした動作で乗客のチケットを確認し、バスのお腹に荷物を積んでいく。
智恵子も自分のスーツケースを手にバスに向かった。いろいろな想いが心に浮かんできた。
子どもの頃から愛情深く育ててくれた父さんと母さんには、ありがとうでは足りない、感謝してもしきれないくらい感謝している。何の不自由もなく大学卒業まで育ててくれた。
子どもの頃から歩むべき道、人としての道を明るく照らしてくれた。私は素直にその道を歩けばよかった。挨拶を忘れず、真面目に優しく、いつも笑顔を浮かべて過ごす。転ばないように、怪我をしないように歩いてきた。
友だちにも恵まれた、良樹君、恵子ちゃん、仁美ちゃん、そして譲二君。みんな優しくて良い人たちだった。
けど、高校を卒業してみんなが自分の人生を駆けていく姿を見て、なんだか置いてかれてしまったような、焦る気持ちに包まれた。
楽な人生を歩いてきたけど、それは自分の人生だったのかしら。両親が書いたシナリオに沿って「良い子」を演じていただけなのかもしれない。
小さい時に母の本棚で見つけた「ガラスの仮面」という漫画。古い漫画だけど物語に夢中になった。主人公の情熱に胸を焦がされるように「いつか自分も舞台に立ちたい」と願い、高校・大学と演劇部で活動した。
けど、そこでも私は「演劇が好きな子」を演じていただけだったのかもしれない。人生を賭けるような情熱を燃やすことができなかった。
一度だけ自分の、智恵子としての人生を走ってみたい。
このまま地元で就職して、譲二君と結婚して子どもを作り、演劇が好きなおばさんになるのもそこそこ幸せな気がするけれど。そのまま老いて枯れたら人生の終幕で後悔しそうな気がする。
両親が造ってくれた道を外れることは怖いけれど、自分の人生を駆けてみたい、情熱を燃やしてみたい。
お父さん、お母さん、手紙だけ残して家を出ることごめんなさい。東京で住むとこ、バイト先、入る劇団も決めているから心配しないでね。
いつか舞台のチケットを送るから、その時は、二人の娘として胸を張って出迎えるからね。
譲二君、何も言わずに居なくなりごめんなさい。けど、譲二君の顔を見ると気持ちが鈍ってしまいそうなの。どこにいても、いつもいつまでも譲二君の幸福を願っています。譲二君なら、もっと素敵な女性が見つかると思う。
けど、もしも、もしもだけど、再会することができたら、二人で歩く道を探してみたい。
なんて我儘は考えない。
軽く首を横に振り、チケットを見せながら運転手さんの前にスーツケースを差し出す。
「これもお願いします」
「かしこまりました」
運転手の女性は弾けるような笑顔で応えてくれた。この仕事が好きなのだろう。今夜は彼女に運転を委ねて、明日の朝には新宿に到着する。
明日の朝からは、悲劇になるのか喜劇になるのか全くわからない、新しい運命の幕が上がる。
バスのお腹には希望を詰め込んだスーツケース。私の胸には夢が詰まっている。智恵子はバスのステップを上り6Bの席に座った。前の座席と少し離れていて足が伸ばせるのがありがたいと感じたが、前の席の若そうな男性がフードを深く被っているのでちょっと不気味な感じがした。
まぁ、東京に行ったらこういう人たちとも上手く付き合う必要があるんでしょうね。
エンジン音が大きくなり、運転手のアナウンスが流れた。ハキハキしていて小気味良かった。
新宿行きのバスが走り出し、智恵子は新しい人生を走りだした。
(本文ここまで)
申し訳ありません、前に投稿した記事のリライトです。
「あれ、何か読んだことがある気がする」と感じた方、正解です。
実は体調が思わしくなく、あまり遊んでいる余裕が無いのですが、何とか早めに「豆島さんの企画」に参加したく、リライトという脱法的な行為を行いました。
しかも、元になった作品がそもそもスピンオフなので人物設定がわかりにくいという不親切さです。重ねてお詫びします。
#夜行バスに乗って
そして
#何を書いても最後は宣伝
智恵子が登場するkindle作品が、こちらの「会津ワイン黎明綺譚」です。