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子猫は何処へ消えたの

 2年前の12月8日の昼休みに、姉からLINEが入りました。「福島県動物愛護センター相双支所」で保護されている2匹の猫の写真が添付されており
「先月から情報が更新されてない。怠慢」
と書かれていました。
(それは怠慢ではなく、新しい情報が無いので、更新されてないのではないでしょうか)
と考えましたが、正論を言うことが正しい行動とは限らないこともあると、これまでの経験で考えております。
「役所仕事だからねぇ」
と姉にLINEを返しつつ、画面から滲み出る姉の真意を確認します。
「どっちの子が良いの」
「むぎ君」
光速のレスが返ってきました。
 姉は役所批判をしたいのではなく、
「猫を引き取りたい」
と考えていたのです。正確には
「太郎、猫を引き取りなさい」
ということになります。

 昼休み時間に電話するのは申し訳ないと思いつつも、速攻で「福島県動物愛護センター相双支所」に電話をしました。
「むぎ君を譲り受けすることができるか、教えていただきたいのですが」
「先着順で受付をしていただき、審査で判断します。受付は可能ですが、申込み時と引き取り時、2回来所していただく必要があります」
「私は郡山に住んでいますので、なかなか行けないです。できればFAXかメールで申し込みをお願いしたいのですが」
「駄目です。1回目の来所時にマッチングを行い、その結果も含め判断します」
「(このお役所仕め!と言いたい気持ちを堪え
わかりました。10日(金)の午後なら行けると思います」
と、話しながら頭の中で、金曜の午後に早退するための、これからの仕事の段取りと上司への説明を考え始めた私に、相手からは
今日は来られませんか。私、金曜日はいないのですよ」
(このお役所仕事がー!とは言えず無言)…………….」
「あ、もちろん金曜日でも他の職員で対応しますので、大丈夫なのですが。………….。
 けど、今日来ていただければ、最短で金曜日に譲り渡しできるのです

ズッキューン!

 動物愛護センター職員の言葉から滲み出る真意が補正されて、脳内をリフレインします。
「最短で金曜日に譲り渡しできるのです(早く、この猫たちを助けてあげてください。少しでも早く引き取りしてください。命を救ってください)

 もちろん、純粋な気持ちだけでなく
「早く仕事が減る」
「週末に猫のケアをしなくても良い」
とかの打算的な考えもあるとは思います。しかし、
(早く、この猫たちを助けてあげてください。少しでも早く引き取りしてください。命を救ってください)
 この思いが心に響き、何かの本に書いてあった言葉を思い出します。
『命より大事な業務など無いのです』
(仕事と猫の命、どちらが大切と考えていますか。今日、マッチングに来るくらいの覚悟も無く、猫を飼うつもりですか)
 踏絵を目の前に置かれたような心境になりました。

 補足説明をしますと「福島県動物愛護センター相双支所」というのは、私が住む郡山から約100㎞の距離にあり、阿武隈山地の中の細い山道を超えていくか、高速道路を利用して150kmくらいの道のりが必要となります。
 「ちょっと行ってくる」という距離ではありません。そして、外では雨が降っており、相双やいわき市などの浜通り地方には「暴風警報」が出ています。
(今日、マッチングに来るくらいの覚悟も無く、猫を飼うつもりですか)
心に響く声に、覚悟を決めました。
「これから向かいますので、15時には到着できると思います。その時間でよろしいでしょうか」
「わかりました。対応できるようにしておきます」
 おそらく、電話を切った時の私の顔は青ざめていたと思います。急遽早退するための、仕事の段取りと上司への説明を頭の中で整理します。
 
 マッチングが上手くいく保障も、審査に合格する保障も何もありません。
 何かの本に書いてあった言葉を思い出します。『けど、失敗したところで、もともと無かった話が消えるだけ。ゼロで始まりゼロで終わる。汗をかく価値はある。恥を掻くのもいい。チャンスの神様が現れたのだから逃す手はない。できる限りのこと、動いてみますか』
(元宮ワイナリー黎明奇譚より引用)

 私は仕事を早退し、暴風の相双地区に向かい車を走らせました。

 福島県動物愛護センター相双支所で、職員から一通りの説明を受けた後、マッチングを受ける部屋に案内されました。
(ここは、ただの倉庫じゃないですか)
 という言葉を飲み込みました。ロッカーや機械などの雑多なモノが見てとれます。
 そして、使い古した事務机の上に綺麗とは言えない毛布がかけられた塊があります。係員が毛布をめくると中には小さなケージがありました。ケージと言っても、大きなボストンバックというか、ミニミニテントという感じです。目算では、横80cm×奥行50cm×高さ50cm程度の大きさしかありません。

 その中に、よく似たキジトラが2匹。ウエブに掲載されていたのは11月末の写真でしたので、少しは大きくなっているかと考えていましたが、小柄で痩せています。2匹は見知らぬオッサンを警戒して「シャーッ」をすることもなく、おとなしくしています。赤い首輪の1匹はこちらを見ていますが、白い首輪の1匹は素知らぬ顔で眠っています。
「抱っこしてみますか。むぎを希望でしたね」
(いや、無理に抱っこしなくても良いです。穏やかに過ごさせてください)
という言葉を飲み込み、白い首輪の猫を受け取りました。すると
「間違えました、そっちはピースケでした。こっちがむぎです」
係員は悪びれもせず、小さな命を入れ替えます。2匹とも抱かれることも離されることも嫌がることなく、おとなしくしています。素直な良い子たちのようです。
「職員が出入りして、様子を見にきたりしているので、人馴れしているのですよ。大人しいので飼う時に、苦労は少ないと思いますよ」
「似ていますが、兄弟ですか」
「兄弟では無いと思いますが、保護された時期がほぼ一緒で、それから2匹でずっと一緒に過ごしています。喧嘩することもないので、相性が良かったようですね」
 そう言うと、ピースケを床に放して自由に遊ばせだしました。ピースケは私の足元で、身元確認をするように、フンフン匂いを嗅いでいます。むぎを返すと係員はむぎも床に放しました。むぎは靴にフミフミを始めました。まだ、母猫が恋しいのかもしれません。

 話しをしているうちに、子猫達は部屋の中を動き出しましたが、激しい動きではなく、我が家でリラックスしている風情です。
(倉庫みたいな部屋、小さなケージでも、ご飯があり、仲間がいて、少しの自由があるのは悪くない生活なのかしら)
 果たして、我が家に来るのが良いことなのでしょうか。しかし、ここはずっと暮らせる場所では無いし、暮らすべき場所ではないとも思います。
「引き取り手が無い場合は、どのくらいの期間、ここに居られるのですか」
「県の方針では、概ね3ケ月とされています」
 少し他人行儀な言い方から(ここの職員は3ケ月を過ぎても、命を護るために足掻くのかもしれない)と、願望も込めて理解しました。

 職員が猫たちをケージに戻し、部屋の外に出るよう促されました。最初に説明を受けていた席に戻ります。ちなみに、席といっても、廊下に小さな机と椅子があるだけのオープンスペースになります。猫は倉庫で人は廊下ということに、古くて狭い庁舎で苦労していることが想像されます。
「マッチングの結果も問題無いようですので、よろしければ正式な譲渡申込み書の記入をお願いします。収入面とか、ちょっと失礼に感じる質問もあると思いますが、ご理解とご協力をお願いします。まぁ、私が今決定するものではありませんが、ご自宅の環境等は問題無いと思いますので、できれば譲受に向けて準備をしていただき、早めに来所していただければと思います。
 ただ、むぎはずっとピースケと一緒に暮らしてきましたので、離れ離れになると、暫くの間は落ち着かなくなる可能性があります。泣いたり、ご飯を食べなくなったり。
 また、遊んで欲しくて、人を噛んだりということも予想されますが、受け入れて貰えればと思います。2匹一緒だとそういう心配は無いのですが。
 もちろん、いずれ新しい環境に慣れると思いますので、むぎを受け入れていただければ有難いです。変なお話をしてすいません」
 書類の説明に合わせ助言をしてくれます。猫が好きなのでしょう。

 さて、既に姉の意向は確認済でしたので、係員に尋ねました。
「本局では一匹しか譲渡申込みできないと説明を受けましたが、相双支所では2匹一緒に譲渡申込みをすることは可能でしょうか」
 係員の表情が輝きだしました。
「もちろん大丈夫です。書類をもう一枚書いていただく必要がありますが」
「もちろん大丈夫です。キャリーケースが1個しかないので、借りることができれば助かります」
 倉庫にいるときから、声なき声が心でリフレインしていました。
(猫たちの幸せを考えた場合、1匹だけを引き取ることで良いと考えていますか。2匹飼うくらいの覚悟もなく、今日マッチングに来たのですか

 1匹だけ譲受けした場合、泣いたり、ご飯を食べなくなったり、人を噛んだりということも懸念されますが、残る1匹の処遇を考えると、何もしなかったことを後悔しそうな自分がいました。また、浅薄な知識ですが不在がちな家庭の場合は、2匹飼いの方が猫のストレスが低いという話を聞いたことがあります。猫のためには一緒に引き取ることが良いと思われます。
「譲渡時の費用はもとより、餌代や病院代などの経費が2倍になりますが大丈夫ですか」
(もちろん大丈夫ですとは言えず)黙ってうなずきながら震える手で書類を2枚提出した後、動物愛護センター相双支所を後にしました。

 そして、翌12月9日、我が家に猫が2匹譲渡されるとの連絡がありました。
 ある物語の一節が心に響きます。

 空は青く澄み渡り、天は二人に微笑むような柔らかな光を振り注ぐ。
 新しい職場も、新しい土地も、何も恐くない。私たちはもう一人じゃない。
(恋する旅人から引用)

 
 長いお話にお付き合いをいただき、ありがとうございました。サムネ画像やこの写真のような、2年前の子猫は、もう居なくなりました。

 今は、飼主を踏みにじるような、太々しい猫が2匹です。

ナッツ
チオ

 まぁ、子猫は居なくなりましたが、オッさんと2匹の大人猫は、そこそこ幸せに暮らしていると思います。
 ご飯代とチュール代にヒーヒーしている毎日ですが、2年前に
「2匹を譲り受けたい」
と申し出たことは、
「自分で自分を褒めてあげたい」
と満足しています。
#何を書いても最後は宣伝
 週末に読書はいかがでしょうか?

 なお、今回のお話は過去作のリライトです。
こちらのマガジン「猫を飼いたい姉の話 第5話」をアレンジしました。


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福島太郎
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