【創作】カイギュウがいた村(第10話)
川上からの捜索隊と川下からの捜索隊が中間地点で一旦合流し、情報交換した後にそれぞれ捜索を再開したとの無線連絡が現地本部に届き、鈴木警部舗は賢治の両親に状況を伝えた。
「一通り河川敷の捜索を行いましたが賢治君を発見できませんでした、力不足をお詫びします。引き続き捜索しますが、発見できない場合は十八時頃を目安に一旦捜索を中断することを御理解いただきますようお願いします。その場合、明日の午前七時から捜索を再開予定する方向で、本署の方で関係機関と調整しており、明日は山郷ダムを中心にダイバー数人が参加する予定です」
「皆さまにご迷惑をおかけし、申し訳ありません」
賢治の父、正吾は深々と頭を下げた。(賢治が助かる見込みは)と確認したかったが言葉を飲み込んだ。それを聞いてしまったら絶望に包まれてしまう気がした。
「あなた、声が聞こえるの。私たちを呼ぶ声」
瑞樹が袖を軽く引きながら正吾に囁いた。現地本部付近では様々な声が飛び交っていたが、誰かに呼ばれているような声は正吾には聞こえなかった。
「あなた、一緒に行きましょう。賢治を迎えに」
「賢治が呼んでいるのか、賢治の声が聞こえるのか」
「ううん、賢治の声じゃないけど、賢治が側にいるって。山郷ダムの向
先にいるみたい」
(せん妄ってやつか)正吾は瑞樹の目を正面から見据えた。癌、抗がん剤治療、賢治の事故、様々な出来事が精神を蝕んでしまっているのかもしれないと感じた。同調するのがいいのか、落ち着くよう諭した方がいいのか。迷いは直ぐに晴れた。
「鈴木警部補、妻を落ち着かせたいので、少し外して良いでしょうか。携帯に電話をいただければ、すぐに戻ります」
鈴木警部補が頷くのを確認すると、瑞樹の肩に手を添えながら現地本部に背を向け、人を掻き分けるようにして車に向かった。
賢治は川に落ちて意識を失った後、全身に温もりを感じながら意識を取り戻した。
あれっ、川に落ちて溺れたはずなのに何で温かいんだろう。もう、天国に着いちゃったの。
「ここは天国じゃないよ、賢治君の体は僕の背中にあるよ、僕たちは川を流されている。意識を取り戻してよかった。岸に降ろしてあげるからちょっと待っていて。あんまり泳ぎが上手じゃないけど、降りやすいところに体を寄せるから」
誰、何の話をしているの、どういうことなの。
「僕は賢治君が見つけてくれた化石の魂、アイヅダイカイギュウって言えばわかるかな。今、賢治君と意識のとても深いところで繋がっているんだ。賢治君が助かるように頑張るからね」
どうして助けてくれるの、僕は何もしていないのに。
「僕を見つけてくれて、光を、温もりをありがとう。五千年以上も暗く冷たいところ、誰もいない世界にいたんだ。けれど君が見つけてくれたから、君が世界を広げてくれて自分の意識を取り戻すことができたんだ」
僕は人間なのに、ステラ―カイギュウを滅ぼした人間の仲間なのに。
「カイギュウはという種は滅んだけど、命は滅んでいないよ。食べられることで他の生き物の命になったり、新しい種に進化したりして繋がれていく、命は永遠の環を創るんだ。僕は偶々、五千年くらい眠っちゃったけど、また、命の環に還るんだ」
命の環に還るって、どういうこと。誰かに食べられるの。
「賢治君を降ろしたら海を目指す。母なる海に還り新しい命に繋げてもらう。いつになるかは判らないけど、海の仲間とゆっくり待つよ」
カイギュウさん、笑っているの。
「嬉しいんだ、自分を取り戻したことも、賢治君を助けられることも」
僕も海までついて行くよ。せめて見送りをさせて欲しい。
「ありがとう、優しいんだね。じゃぁもう少し一緒にいてくれる」
もちろんだよ。
「大きな壁があるね、跳び超えるよ」
カイギュウの大きな体が跳ね、空を飛ぶように山郷ダムを越える映像が心に映った。
僕とカイギュウさんは穏やかに阿賀野川を下りながら色々な話をした。お母さんが癌の治療をしていること、僕が家事をお父さんが仕事を頑張っていること。加藤先生や関根さん、美幸とか優しい人たちに支えてもらっていること。
「賢治君、ごめん。僕が泳げるのはここまでみたい、もう動けないみたいだ。今、岸に体を降ろすよ」
どうして、急に動けなくなったの、体調が悪いの。
「僕が生きていた時に、海だった場所しか動けないのかもしれないね。一緒に海に行けなくて、ちゃんと助けてあげられなくてごめんね。僕はここで眠ることにするよ。けど、もう少しだけ頑張るからね、最後に贈り物を」
カイギュウさん、もう少し話をしようよ。せっかく起きることができたのに、すぐ眠るなんて。海に還るって言っていたのに。
さっきまでの柔らかい温もりがなくなり、堅くて冷たい感触に変わった。カイギュウさんの声は聞こえなくなり、ピヨピヨとひよこが鳴くような声を聞きながら目の前が真っ暗になった。
(第11話に続きます)